ミステリーゲームのお屋敷
「えー? あの子、お姉さんなのー? てっきり彼女さんかと……」
「違います」
五人座ってもスペースが余るテーブルなんて初めて見たよ。長方形にどんだけ長いの、このテーブル。
「では、気を利かせる必要は無かったようですね」
「はい。全然ありません」
部屋は部屋でシャンデリアとか調度品とか絵とか、かなり豪華だねぇ。
「あたしらその話題で盛り上がってたのになあ。あーあ、拍子抜け」
「えっと、ご期待通りじゃなくてすいません」
この部屋やお風呂でもそうだけど、このお屋敷、けっこう大きいんだな。曇りで薄暗かったし、オマケの雨で建物の大きさが全然わからなかった。
「全然似てない兄妹だと私は思う」
「それには同意します」
この四人メイドさんたち、仕事しなくてもいいの?
強いけど心落ち着く紅茶の香りと、トロンとしたケーキの甘い匂いが部屋に立ち込める。あまり慣れていないから、ん? って首を傾げるような印象だけど、特別に気になるなぁってほどでもない。
あえて気になるとしたらこの四人のメイドさんたち。
食べているか飲んでいるか以外、よく喋る喋る。誰か食べていたり飲んでいたりしていても、その他が喋るから声が途切れることがなくずっと続いている。
向こうは年上でこっちは年下。しかも俺が年下の男だからってことで、まあ色々と話を訊かれるという状態。
……マジであなたたちメイドのお仕事しなくてもいいの? しかもさっきから超フレンドリーだ、と冷ややかな目で俺は四人のメイドを見る。
「どうたのー? さっきから表情が硬いよー?」
「もしかしてキレイなお姉さんに囲まれて緊張しているじゃない?」
「えー? それホントー、リナ?」
「訊いてみたら」
「ねえー? ホントなのー、キミー?」
「え? えーっと、そういうことにでもしておいてください」
冷ややかな目で職務怠慢しているところを見てました、なんて言えないので。
てか、この嵐はいつになったら止むのかな? ふと、時計に目がいく。古く年季の入ったアンティークな時計の針は一七時を回っていた。
「えー、お姉さん困っちゃうなー。でも年下かー。いいかもー。私好みにバッチリ色々と教えて育てられるしー。ぐふふふふ」
あらぁ、やば、もうこんな時間。親に迎えの連絡も取れないし、姉貴は失神してくたばってるし、どうしよう。まったりとお茶やっている場合じゃないじゃん。
「あー。話し聞いてないなー、キミー」
「え? 何がですか? 好みにしようとするなら一桁台の子の方がいいですよ?」
ショタと言われる子。
「聞いてたのー!?」
「え? ええ」
「ちょ、ちょっとー。恥ずかしいなー、もうー」
恥で済んでいるとはちょっと……。不気味な笑い出てたから、欲望のまま突っ走りそうな不安まで抱いていますよ、あなたに。どうか犯罪だけはしないでくださいね。
「……ねえ、トモミ? この子、〝彼〟に似てない?」
「全然似てないわよ」
「雰囲気よ、雰囲気。トモミの〝彼〟のことをラブっていう気持ちを除いて、雰囲気で語ってよ」
「間に挟んだ『〝彼〟のこと』云々っていらないでしょ?」
「え……? 事実でしょ?」
「否定はしないわ」
「否定されても困るわ。で、どうなの?」
「あっ!?」
「突然何よ、タカコ?」
「どうしたの?」
「この子、カ○ン様に似ていると思う」
「誰? 知ってる、トモミ?」
「――……。ドラゴン○ールの?」
「そう。仙豆を作っていると思われる白猫。あなた、白くなって二頭身になれない? 杖は用意するから」
「なれません」
無茶言うな。
「ねえー。カ○ン様ー?」
「さり気なくあだ名にしないでもらえます?」
「だって名前聞いてないよー?」
白いメイドことノブエさんに言われて、ああそういえば、と。
「レンヤです。湊レンヤ」
「カ○ン様ー」
「めんどうだからカ○ン様で」
「カ○ン様でいいと思う」
「お客様の名前はカリン様ですね。了解しました」
「そうしておいてください」
訂正する気にもならん。
「で、話し戻るけど、どう、トモミ?」
黒いメイドことトモミさんが俺をジッと見てくる。一人が見ると他の三人の視線もこっちを向いて見てくる。
何? {ピー}? 俺を見つめて性的な興奮でも煽る気?
「……確かに雰囲気は似て通ずるところがあるわね。でも、ほんの少しだけ。カ○ン様はまだまだ子供よ」
「さすが〝彼〟に従順なメイド。比べてもやっぱり〝彼〟が格段に上ってわけね」
「変な言い方をやめなさい」
〝彼〟って……あのー、Mr.ナントカさん? えっと、何だっけ? サタンだっけ?
「少しとは言え、トモミのお墨付きを貰うカ○ン様は中々やると思われる」
青いメイドは頭のネジ以外に部品が足りてないと思われる。
「じゃあー、頑張れば〝この屋敷から出られそうだねー〟」
意味深な言葉は聞き逃すわけもなく、俺は少し眉を吊り上げる。
何と?
ニコニコした白いメイド以外の三人のメイドは、素知らぬ表情で口を噤んだ。
「今、何て言ったんですか?」
「〝この屋敷から出られそうだねー〟って」
ニコニコ笑顔を崩さない白いメイド。他三人メイドは、マジで素知らぬ顔を決め込んでいる。
まさかの電話が繋がらない仕業はあなたたちの所為か?
「安心してしてください。何も捕って食べようとかの危害を加えるつもりはありませんから」
黒いメイドは俺を落ち着かせようと冷静に言う。
「あったら困ります」
知らない女四人に{ピー}されるとか、もしくは{ピー}とか、夏の思い出にならん。男子中学生の心に一生の傷が残るよ。
「ただ、この屋敷から出るには、ある〝謎〟を解いてもらわなければなりませんが……」
そもそもあんたらの方が謎だらけな気がする、って言ったらダメか? いや、それは言うまい。もう、あんたらの正体は解ったわ。
「それまで、ミステリーゲームにお付き合い頂けますでしょうか?」
ニコニコ。ニタニタ。フワフワ。とした他、白、赤、青の三人メイドの、これまたむかつきを抱かせるような表情がチラチラと目に映る。
……やるしかない、か。俺はゲンナリしつつ頭を切り替えた。
「如何でしょうか?」
「あの?」
「はい、何でしょうか?」
「〝Yes〟しかない問いは聞くだけ無駄じゃないですか?」
「それは失礼を致しました」
今のところ何かしらの危害を加えられることはないようだし、〝謎〟を解けば屋敷から出られるというのなら、付き合ってやろう。どうせ嵐で外に出ても帰れないわけだし。
「では、内容をお話しします。それから〝ミステリーゲーム〟開始ということで……」
まあ、いざとなったら実力行使して出ればいいこった。
「きゃあぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!?」
反響して悲鳴が屋敷の中に広がる。姉貴の声だ。ああ、あいつのこと忘れてた。
てかよく悲鳴を上げるなぁ、あいつ? 今日二度目だよ、もう。
俺は自分の分のカップを手に取り紅茶を啜る。
「……いいのー? お姉さん、悲鳴上げてるよー?」
「え? ミステリーゲームの内容を聞いて、紅茶を飲み終わったら行きますよ。たぶん」
何処の部屋にいるのかわからんし、今、無駄に屋敷の中を走り回っても疲れるだけ。
冷静にしている俺を怪訝に思ったのだろうか、
「カ○ン様、自己中なタイプ?」
と赤いメイドが訊いてくる。
いやいや違いますよ。
「もし、あの悲鳴に姉貴の命が関わっているのなら、実力行使したらいいだけですから、俺は」
『ミステリーゲームにお付き合い頂けますか?』、とか言っておきながら、そっちが姉気の身の安全を確保していないのなら、こっちは始まったばかりのゲームのルールを律儀に守る必要は無ねぇよ。〝謎〟とか知らん。始まる瞬間に身内が死ぬとかどこの無理ゲーだ。
「へー。クールだねー」
「〝彼〟とは違うタイプでクールってやつだ」
「でも、歯応え十分と思われる」
おもしろい、って顔してやがんなぁ、この三人。こっちはめんどくさいでお腹一杯一杯なのに。
「では、まずお姉様と合流しましょう。それから〝ミステリーゲーム〟の本題をお話しするということで」
「はい、いいですよ」




