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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅴ
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赴く人と見送る人

 

 あんな二足歩行する亀の生物、確かゲームか何かでいた。

 あれ。えっと、あれだ。○メックス。あれに似ている。凶悪そうな顔は映画のガ○ラっぽいけど。

「それがお主の式か。立派じゃのう」

「〝霞染月かすみそめづき〟です」

 いや、名前付けるとしたらガ○ラックスのほうが似合ってるかも……。

「ということはお主も一人前になったというわけじゃな」

「アケトモ。そんな余裕に構えておられますと、怪我では済みませんわよ」

「そうじゃのう。失礼した。さあ、参られよ」

 アケトモさんは立ち上がると、ルリという人を見据えて言う。

 それでもよほど余裕があるのだろうか、構えも何もしない。

 てか、アケトモさん竹刀持ってないけど大丈夫なの? 武器なしであれと戦うの無理があるんじゃ……。

 ガ○ラックスみたいな奴と素手でやり合うみたいな感じは、特撮ヒーローぐらいしかできないと思う。

霞染月かすみそめづき。〝かすみ遠景色えんげしき〟」

 ルリという人が言う。

 亀の怪人の全身から青白い煙のようなもやが広がっていく。

 何あれ? 亀の体臭? しかも、何だか視界が見えにくいな?

 ガラスの結界の向こう側――道場の中はぼやけて視界が悪くなった。

「夏じゃというのに、ちと寒いのう」

 アケトモさんらしきシルエットの人が呟く声を漏らす。

 ホント見えずらい。メガネを外した人の気分かもしれないな、これ。こりゃ、微かに分かる人影のシルエットの動きと声だけしか分からなさそうだ。

 ――ガシッ! ――ドスッ! ――バシッ!

 いきなりものすごい音でやり合ったなぁ……。

 さっきまで確認できていたアケトモらしき人影のシルエットが後ろに吹き飛ぶ。

 道場のどこかで倒れた音が聞こえた。

 うーん、アケトモさんがやられたというのは何となく分かったけど、それ以外はさっぱりかわからん。

「……鉄扇てっせんか」

 鉄扇って、てつおうぎ? 鉄は痛いでしょ……。そんなので殴ったら死んじゃう。ガチのバトルじゃん。

「このかすみの中、よく分かりましたね」

「硬かったからのう」

 硬かったって……それだけで分かるのっ?

「さすがですね、アケトモ。ですが、この視界で私の姿を捉えることができるでしょうか」

 無理だろ、見えないのに。これで見えたら視力のすごいアフリカ原住民たちよりすごいわ。

「うむ、姿を捉えるのは無理じゃな」

 アケトモさん、正直に言わなくてもいいことですよ。

「正直者ですね」

「お主は見えるのか?」

「ええ。これは私が宿した〝霞染月かすみそめづき〟の術。私が見えないわけがないです」

「ほう。そうか。――かかって参れ」

 立場がおかしい。それ、不利な状況の人が吐く台詞じゃない。

「……まだ余裕というわけですね。では、私の舞で楽におなりください」

 ――――――――――――……。

 今度は静かな時間が長い。この視界でどこから来るかわからないというのは恐怖だな。

「なっ……!?」

 ん? ルリという人か?

 驚きに満ちたルリという人の声が聞こえた後、また静かになった。

「……お、驚きましたね……。まさか……私が投げられようとは……」

 投げた? アケトモさん、ルリって人捕まえたの?

「お主、軽いのう? 下手投げで床に叩きつけるつもりが、勢いがつきすぎて投げ飛ばす格好になってしまったわ」

「私が自ら飛んだのですよ」

「ほう。やるのう」

「アケトモこそね。……ただ、ど、どうやって私の姿を捉えた、のですか……?」

「〝視えた〟からじゃ」

 〝視えた〟? どうやって?

「な、なるほど。〝カミノミチ〟。さすが朱鷺尾ですね」

 ああ、よくわからない不思議な力ですね。理解できないけど、もうそれで納得できます。

「降参するのは今のうちじゃぞ?」

「ご、ご冗談を」

「この目暗ましのもやの術は、もうワシには効かんからのう」

 確かに。次、ルリという人がアケトモさんに近づけば、やられるのはルリって人の方が確率が高い。

「〝視えた〟だけでありましょう? 利は私にあるのですよ」

「そうか。期待しておる」

「っ!? 〝かすみ冬景色ふゆげしき――初氷はつこおりノ陣〟!」

 ルリという人が叫ぶ。

 道場内を満たしていたかすみがかったもやが、まるで小さな竜巻がいつくも発生したかのように、一つ一つ引き寄せられて至る所に集まっていく。

 すると道場内は普段の視界良好を取り戻す。

 お? よく見えるようになった。

 ルリという人はガ○ラックスの近くに居て、アケトモさんは……、

 アケトモさんを中心に周りに点在して集まったいくつもの小さな竜巻は、空気中で冷却されて固まった氷柱つららのような形を形成。

 前後左右、無数の氷柱つらら状の矢が宙に浮いてアケトモさんを取り囲んだ。

 アケトモさん、氷の矢で四面楚歌しめんそか状態かよ。絶体絶命じゃん……。

「逃げ場はありませんよ、アケトモ」

「――……」

「私が命ずれば貴方は串刺し。降参するのでしたら、今のうちですよ?」

 さっきアケトモさんが言った台詞そのままを返すルリという人。

 不適に笑みを浮かべて何とも勝ち誇った様子。

「おー。よく見えるようになった。視界良好じゃ」

 そんなものを意に介さず、アケトモさんはキョロキョロと辺りに目を配るだけだった。

 どうしてそう暢気のんき? 策でもあるのかなぁ。

「くっ……! アケトモッ! 貴方、自分が今置かれている状況がわからないのですかっ!」

「分かるぞ。絶体絶命というやつじゃな」

「でしたら降参をっ!」

 ルリという人は声荒げに言い放つ。するとアケトモさんは、

「さて。氷柱つららからつるぎへと変えた建御雷神たけみかづちのかみはどちらかのう」

 問いかけるように言い返す。

「……私の負けだと言いた……」

 アケトモさんは両足を開いて膝を折り、腰を少し落とすと、右足を大きく上げて床を踏みつけた。

 相撲の力士がやる四股踏しこふみ。

 俺は威圧感によって、背筋が張り詰めたように伸びて唖然とした。

「――……」

 ルリという人も吐いた言葉を途中で失ってしまう。その姿は明らかに有利なはずなのに気圧されている。

「さて、お互い見えることじゃし、見合おうか」

「ッ……!?」

 まるで本当の力士のようなアケトモさんの姿――右拳を床に着いてルリという人を黙って一視。

「ぅ……」

 緊迫感が場を埋め尽くす。その空気に飲み込まれようとしているルリという人。

 ふと気づくと、俺たちを守ってくれているガラスのような結界が、消えそうな感じでブレて見える。

 それは、ハギフサという人があまりの緊迫感にその身を震わせているから。別に自分が対峙しているわけではないのに、結界を行っている人が怖がっていた。

 俺とフェルも同じような感じだし、対峙しているルリって人にはもっとそういう気持ちが巻き起こっていると思う。

「心が揺らいでおるぞ? 気合が乗らんか?」

「そ、そんなことありませんっ!」

 ルリという人は兄のハギフサという人のようにならないように、威勢よく叫んだ。

「ワシの方は立ち遅れはせんから、いつでもよいぞ。なあに、お主はただ術を行使すればよいだけじゃ。簡単であろう?」

「くっ……。お、脅して屈服させようというつもりですね。か、駆け引きがお上手ですこと」

 いや、違うと思う。

「お主、阿呆あほうか? ワシを戦地に行かせたくないのじゃろ? じゃったら、ワシを戦地に行けぬ身体にすればよい話しであろう?」

 確かにね。俺がルリという人の立場なら、まずそうするし……。

 ただ、ルリという人が動けば、少しの遅れもなくアケトモさんも動くと思う。

 怖いのはこの絶対有利な状況で、しかもアケトモさんが素手ということを含めて何をするのかわからないということだなぁ。

 ルリという人が自分を落ち着かせようと、大きく息を吐き出し、

かつ!」

 自分自身を叱咤激励しったげきれいした。

「……参ります!」

「うむ」

 ――二人が動く。

「〝霞染月かすみそめづき〟。よ!」

 氷柱つららの矢が狙いを定めた生き物のように、真っ直ぐアケトモさんを襲う。

 怯むことなくアケトモさんは動いた。しかも、〝正面に〟

 その時、〝赤い火の光〟が一筋の軌道を描く。それは突き上げる右張り手。

 一発拍手をしたような音。

 氷柱つららの矢は、アケトモさんの張り手の間にできた風圧のようなものにぶつかり、弾き返った。

「なっ!?」

 うそっ!? 俺もルリという人同様、自分の目を疑った。

 だけどアケトモさんは止まらない。

 氷柱つららの囲みに一人分の穴が開いて出来た正面の空間――絶体絶命の状況の抜け道となる。

 距離を一気に詰め、左手を振りかぶった。

「っ!?」

 後ろに括った黒い髪が風に流されるようにふわりと揺れる。

 アケトモさんの左張り手は、ルリという人の眼前で静止していた。

「ワシの勝ちかのう?」

 ルリという人はぎこちない動作で首を縦に振り、アケトモさんは左手を下ろす。

「うむ。良い勝負であった」

 勝っちゃった……。すげぇ。何かもう不思議すぎてわからないけど、すげぇ。

「ふう。滅多に使わんから、ちと疲れたのう」

「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあん!」

 え? ルリって人、いきなり泣いた!?

「こらこら。何をそんなに泣いておる?」

「だってっ、だってっ……グスッ。義兄様がっ……アケトモ義兄、ズズッ、様が……うわぁぁぁぁ……」

「ワシが悪いのか?」

 いえ、全然悪くないです。条件付き勝負を吹っかけられて、正当に勝ちました。悪いところ一つもありません。

 ただ、それでもルリという人は納得できないってことだけなんですよね。

「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあん!」

 ダメだ。完全に感情が暴走モード。子供のように泣きじゃくってる。

「泣くなあっ!」

「っ!?」

 っ!?

 泣く子を一瞬で黙らせる雷様が落下。

 ど、怒鳴るなら怒鳴ると言ってください、アケトモさん。マジでちびりそうなほど怖かった……。

「あ、あぁ」

 ルリって人、絶対怒られるな、絶対叱られるわ。

「ワシは感心したぞ」

 あら? 褒めたの? なぜ?

「五年前はまだ小さかったお主が、あれほどの術――しかもこんな立派な式を使いこなす術者になっておったとは。よう精進したのう」

 アケトモさんはそう昔を思い出すような表情のあと、優しく微笑んだ。

「アケトモ義兄様」

 感極まってしまったのだろうか、ルリという人はアケトモさんの胸に飛び込む。

 涙声を漏らしながら。

「だから泣くなと言うとるじゃろ」

「アケトモ義兄様、お願いします。どうか、どうか、戦地に行かれるのだけはお止めください」

「――……」

「嫌な予感しかしないのです。どうか。どうか……後生ごしょうです……。お願い……致します……」

「願いは聞けんのう」

「アケトモ義兄様!?」

「ワシはかねてより召集を所望しょもうしておった。軍人としての本分を尽くす。それがワシの本分である。お主にはお主の本分があるじゃろう?」

「――……」

「お主のその陰陽おんみょうの才。この朱鷺尾の家を離れる際に〝告げた言葉〟は偽りであったか?」

「……いえ、そのようなことは……ありません」

「では、それをまっとうせよ。それが、お主が決めたことである」

「――……」

 突き放す言い方だけど、ちゃんと筋は通っている。

 昔、アケトモさんとルリという人の間に何があったかわからないけど、これはアケトモさんが正しいと個人的には思う。

 俯いたまま、ルリという人はアケトモさんから離れた。

「わかりました、アケトモ」

 ルリという人のアケトモさんの呼称が呼び捨てに戻る。

 これは、朱鷺尾と陰陽社の間にある〝何か〟なのだろうと思った。

「……朱鷺尾家ここでの数々のご無礼、申し訳ありませんでした」

「この場の事――術や式の行使は目を瞑ると言うたじゃろ。気にするでない」

「ありがとうございます……」

 ルリという人が頭を下げた。

 表情が見えないからあれだけど、言葉の抑揚から気持ちが落ち込んでいるのだけはわかる。

 少し、痛々しい気持ちが……。

「ハギフサ兄様。参りましょう」

「お、おう」

「では、アケトモ。失礼致します」

 踵を返してルリという人は背を向けて歩き出す。紺色の着物姿の背中がとても悲哀な印象を受けた。

 分かっているんだけど、何かこう……晴れた気持ちになれない。

 俺がモヤモヤした感じを抱いていると、

「〝ルリ〟」

 アケトモさんが、〝初めてルリという人の名前を呼んだ〟。

 ピタッと足を止めるルリという人。

「〝今度〟、朱鷺尾家うちに〝帰郷〟する際はその着物を着て来るがよい」

 それって……。

「その紫みの冴えた青々とした瑠璃色るりいろの着物姿、ルリに良く似合っておる。また見せてくれるとワシは嬉しい」

 俯いたままだけどルリという人が振り返る。

「……よ、よろしい、のですか……?」

「〝家族である義妹〟が帰郷してはいかんという道理はない」

「――……」

 ん? 何だろう? もしかして、〝家族である義妹〟という部分に引っかかっているのかな……?

 頭を軽く左右に振ってルリという人は顔を上げる。

 努めて笑顔を絶やさない表情をしていた。

「そうですね。アケトモ義兄様が戻られた際には、ぜひ帰郷したいと思います」

「うむ。ハギフサと一緒に参れ。今度は塀を乗り越えず、ちゃんと正面からのう」

「そ、それは言わないでください」

 恥らい、赤面するルリという人。

 よく考えてみればハギフサという人も塀を乗り越えたんだよなぁ……。

 動物園のアスレチックで遊ぶクマが思い浮かんでしまった。一瞬、ちょっと可愛いとも。

 いやいや。何を考えているんだ、俺は?

「ハギフサ。ちゃんと妹の面倒を見るのじゃぞ」

「は、はい」

「うむ」

 いや、ハギフサって人弱々しい声だけど、大丈夫なの?

「では、またのう、二人とも」

「はい。アケトモ義兄様もお元気で。あと……」

「ん?」

「行ってらっしゃいませ」

「……行って参ります」

 ルリ、ハギフサという人は深く頭を下げ、アケトモさんは直立不動の敬礼でそれに応える。

 それは戦地へおもむく人と見送る人の別れの挨拶。多くは語らないが、その姿がそれを意味していた。

 ――次に顔を見合わせた三人は本当に、とても晴れやかな顔をしていた。


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