タイムトラベル二日目
タイムトラベル二日目。さっそく頭が痛い……。
今、三点倒立していい頃合いに血が上った後に、前転後転10回×三セットずつしてスイカ割りしろと言われたら必ず吐く。
吐いたらキレイな表現規制が掛かること間違いはない。
あれもこれも原因はアケトモさんだ。未成年にあんなに飲ませるなんて、どういう人だ。
隣でくたばっているフェルを見ればそれはもう一目瞭然だよ。
【フェル? 大丈夫か?】
【――……うん……?】
何、この鈍い生き物? 全然大丈夫じゃねぇな。
アケトモさんに殴られた以上の後遺症が残るなんて……お酒って怖いわぁ。
【レンヤ……】
【どうした?】
【……でそお】
待て待て待ていっ。いきなりはやめいっ。
{ピー}かっ? 胃に溜まったモノが口から出るアレなのかっ? 部屋の中はまずいってっ。キレイな規制表現が掛かるぞっ。
【フェ、フェルッ。苦しいだろうけど、ちょっと外行こうかっ。障子を開ければすぐそこだっ。外の空気に当たれば気分良くなるぞ、きっとっ】
呼吸自体――生物として体内は活動しているのか怪しいが。
【――……】
おいっ! 今の状態で無言はあかんっ!
【フェルッ、行くぞっ! 立てっ!】
俺はフェルの腕を取って立つように促す。
【……たてにゃいですぅ】
【呂律を回せ、アホッ】
二日酔いじゃなくまだ酔ってんのか、お前? そんな気色の悪い語尾つけんな。イメージに合わん。
【おい、立てって】
【むぅりぃ】
部活を見に来る女子に見せてやりてぇ姿だな。カメラが無いのが残念だわ。
いやいやいや。そんなこと考えている場合じゃない。
【ほら、肩貸してやるから。外行こう。なっ?】
【……おんぶぅ】
【ガキか、お前】
【おんぶぅ……】
なんつぅ甘えん坊な台詞を吐く奴だ。二日酔いじゃなかったら蹴っ飛ばしてやりてぇ。
【数メートル先すぐだから頑張れ】
【――……】
デカイ図体したガキを何やかんや頑張って外まで引っ張り出す。外はけっこう太陽が昇っていた。
【よっこいしょ】
縁側で座らせてやる。これで万が一があっても大丈夫だろう。
ひなたぼっこする老人のようにフェルは座って動かなくなった。
【――……】
このまま日光に当たり続けたら灰になって成仏とかしたりしないよな……?
何を考えてんだ、俺は。吸血鬼じゃあるまいし。
俺はフェルの頭を軽くポンポン叩く。
【ぁーーーー。ぁーーーー……】
……変な奇声が漏れてきた。
【あ、悪い】
頭に響いて痛いのだろう。これはそっとしておくべきだな。
よく考えれば、魂だから吐いても関係ないんじゃないかって今更に思う。飲んだ酒はどこに消えたのか疑問だけど……。
「遅い起床じゃのう、二人とも」
【あ、アケトモさん。おはようございます】
白い道着を来たアケトモさんが廊下を通りかかる。
「おはよう。じゃが、とっくに朝餉が済んだ頃じゃがのう。ん? フェルナンドはどうしたのじゃ?」
動かないフェルにアケトモさんは足を止めた。
【二日酔いです。かくいう俺も頭痛いですが】
「何じゃだらしないのう」
いえ、だらしない云々の問題じゃないです。未成年です、こっちは。
「どれ。治してやるか」
――パァンッ!
なっ!?
【痛っ!?】
アケトモさんがフェルの背中を思いっきり叩いた。
ショック療法かよ。叫び声からして痛そうだわ……。
【え? あれ? 俺一体どうしたんだろう? レンヤ?】
フェル、おはよう。
「レンヤも一発いっとくか?」
【結構です。俺はもう大丈夫です】
「そうか?」
【ええ】
痛いのは勘弁です。
「そうかそうか。ふむ。ではのう」
【あ、アケトモさん、どこか行くんですか?】
俺たちの様子を見に来たとかじゃないの?
「スミレから稽古をつけてくれと頼まれておる故、道場へ行くのじゃ」
へー。あの幼児化して、さらにちんちくりんになったスミレの稽古か。
「ではのう」
【あの?】
「ん? 何じゃ?」
【見学させてもらってもいいですか?】
「それほど面白いものではないぞ? よいのか?」
【ええ】
あの頭の構造が残念スカポンタンのスミレの小さい頃って、どんなのかすごく気になる。
【フェルも来るか? 気になるだろ?】
【剣の稽古か。スミレさんのなら見てみたいね】
「スミレ、〝さん〟? 何故、〝さん〟付けじゃ?」
訝しげにアケトモさんの表情が変わる。
あ、これまずい気が……。俺の直感が働いた。
【いえいえ気にしないでください、アケトモさん。こいつ、女の人には〝さん〟付けする癖があるんですよ。大人も子供も関係なく】
「子供にもか? 変わっておるのう」
【そうなんですよ】
と言った後、俺はフェルの首を掴んで顔を近づけ、
【フェル。さっきのはダメだと思う】
小さな声で言う。
【え? どうしてさ?】
【タイムパラドックスだったかな? SFとかによくあるだろ?】
【それがどうしたの? あまり詳しくないからわからないんだけど】
【ド○え○ん知ってるだろ? あれ、あの未来から来た青○ヌキが、過去にいるの○太に色々と世話するから未来が変わるんだ】
【あれ? それって……】
過去を変えるのは犯罪ってあの青○ヌキ自身が言ってる癖に、あいつ自身が犯罪の塊という。
今、俺たちはその立場にあるのだろうと思う。
【さっきの〝さん〟付けの理由を話していけば、あの幼いスミレの未来のことを色々と話さないといけなくなるかもしれない。それだと今後の未来の何に影響するかわかったもんじゃない】
【あ、そういうことか】
【過去に俺たちがいるっていうのは、まあ、もうアケトモさんたちは大体分かっているから仕方ないけど、些細なことは気をつけよう。わかった?】
【うん。気をつけるよ】
「何じゃ? ヒソヒソ話なんぞしおって?」
【いえ、何でもないです。行きましょう】
「ふむ……。では、行くか」
俺たちは後をついて道場へ向かう。
足を踏み込み――。
腹の底から出る掛け声が木霊し――。
振り下ろされて交わる竹刀――。
「せいやあぁぁぁっ!」
それ以外静かな道場で小さな身体が躍動し、
「小手っ!」
軽くいなされて弾き飛ばされる。
始まってから何度も何度も幼いスミレは倒れていた。が、
成りは小さいけど、正直、上手い。あの年頃でこれだけできるんだなぁ、と率直に思いを抱く
「打ち込む際、もう半歩踏み込んでみよ」
「はいっ!」
「ゆくぞ。――……小手っ!」
「っ!?」
小手に強烈な一撃を食らってスミレが膝をついた。
「ゆけるか?」
「いけます!」
倒されても立ち上がる姿に感嘆の思いが込み上げてくる。と同時に、
アケトモさん上手いなぁ、と……。
スミレ自身根性があるし、あれだったら上手くなるはずだわ。アケトモさん自身がとても上手くて相当強いということだな。
フェルも目を見開き、息を呑んで稽古に釘付け。
「やあぁぁぁっ!」
スミレが胴に打ち込み、アケトモさんが難なく防いだところで二人の動くが止まる。
「うむ。少し早いが稽古はこれまでにしよう」
「はい!」
「礼! ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
向かい合う二人は礼をする。
俺とフェルは一気に肩の重荷が降りたように気が抜けた。
実に身に入った稽古だったという感心しか浮かばない。
「スミレ。少し雑念があったのう。気が優れんことでもあったのか?」
防具を外し、汗を拭うスミレにアケトモさんは言い放つ。
あれで雑念あったの? じゃあ、俺たちが剣道部やってることなんて雑念塗れじゃねぇか。
「いえ……」
ん?
「そう気にすることなどではありません……」
今、こっち見た。チラッと俺たちを見た。絶対見た。うん。俺たちが雑念の原因ってわけだね。
そりゃまあ確かに昨日のことがあったから、あの幼いスミレは俺たちに何かしらの警戒はあるのだろうと思う。
「ふむ。そうか」
……アケトモさん。分かっていてこっちを見るのはやめてもらえませんかね?
見学したことに悪い気がします。
「レンヤ。フェルナンド。稽古は見てどうじゃた?」
今こっちに話しを振らんでください。
【すごいです】
フェルくん、答えんの?
【お二人ともとてもすごいです! 正直こんなすごい稽古、初めて見ました!】
「ほう」
【スミレさんもアケトモさんもとても上手いです! 特にアケトモさんの剣は、ものすごく洗練されていて、俺自身、見ていてすごく感銘を受けました!】
すごいすごいのオンパレードだねぇ、フェルくん。
【どうすればそんな風になれるのですか?】
「稽古しておればなれるのではなかろうか?」
てきとー。アケトモさん、ものすごく返事が適当。
【そっか。俺は単純に稽古の量が足りないんだな】
お前で足りないのなら俺はもっと足りないな。
「レンヤはどう思うた?」
【〝上手い〟、〝上手い〟、〝上手い〟。身につきました】
「そうか。――よかったのう、スミレ。二人はお主の腕前を褒めておるぞ」
「え、あ、はい。……ありがとうございます」
ペコリと小さくお辞儀をするスミレ。
「何じゃ? 褒められておるのじゃから、もっと喜んだらよいと思うぞ?」
「ええ、まあ」
うーん……。
スミレは防具をいそいそと片付けつつ、アケトモさんの方をチラチラとみていた。
あー……。
【アケトモさんはスミレちゃんの剣はどう思います?】
「っ!?」
スミレの表情が強張る。やはりか。
「ふむ、そうじゃのう。相も変わらず飲み込みは早い。気持の良い剣をしておる。久々じゃったが、よく稽古を積んでおると思うたわ」
スミレは俯いている。表情は分からないけど、髪の隙間から飛び出た小ぶりな耳が真っ赤だった。
たぶん、顔面全部だろうな。
【そうですか】
「うむ」
なるほど、恋してるってやつかぁ……。そら稽古に身が入るのも当然だわ。
もしかして、アケトモさんがスミレの〝許婚〟?
いやいやいやいや。歳の差いくら離れてんだよ。
アケトモさんは確実に俺より年上。二十歳前後だ。一方、スミレは確実に十いってない。
無理があるだろ、この二人? ないわ。
あるとしたらアケトモさんの兄弟の誰かという可能性。
弟さんがいて、その人とスミレが許婚、とか……。
……どうでもいいから考えんのやめよう。
「さて。レンヤ、フェルナンド。ワシ稽古するか?」
はい? 唐突に何言ってるんですか?
【え、いいんですか?】
待て、フェルくん。俺たち魂だ。防具も着けれんし、竹刀も持てない。
あ、でもスミレは普通に持ってやがったなぁ。分身女もヌイグルミとか持てたし。
〝はた迷惑な幽霊の仕業〟公認ということですね、わかりました。
「レンヤはどうじゃ?」
【あ、はい。いいで……】
「朱鷺尾アケトモッ!」
道場にバカデカイ声が響く。
うるせぇなぁ?
その声に振り向くと、入り口に二人の知らない人が立っていた。
どこの時代の人? と思う女の子と男の人。
あの平安時代っぽい服装は確かアイラが着ていたような……。
「……漂の」
あ、お知り合いですか?
黒い髪を後ろ括り、切れ長の目に少し化粧を施した女の人が道場を一歩、二歩と進む。
「まだこんな小汚い道場で稽古しているのね」
いや、かなり綺麗だと思うよ。七○年後よりかはだけど。
「こんな場所では貴方の実力も程度は知れますが……」
あら? いきなりケンカ売ってるよ、この人。
「そんな貴方に言いたいことがあります。朱鷺尾アケトモ。私めと勝負しなさいっ!」
女の子が指差し、叫んだ。
勝負? ケンカ売ってるんじゃなくて道場破りなのね。
アケトモさんがジッと相手を見据える。相手の女の子はすごく自信あり気な表情を崩さない。
剣道場に道場破りに来たのなら、その雅な格好は無いと思うんだけど……。
さて、アケトモさんは何て答えるんだろうか?
「嫌じゃ」
「えっ?」
「だから、嫌じゃ。帰れ」
アケトモさん、バッサリ切ったぁー。




