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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅴ
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成るようになるか

 

 ――……。

 気絶する前に言っていたアケトモさんが俺たちを起こしに来た。

 ものすごく頭がグラグラして気分が悪い。

 絶叫マシーンに乗れない人が、三回ぐらい乗った感じの気分の悪さがある。

 おっかしいなぁ。俺、今幽霊だよな? 幽霊でもこんなこと、なるの?

 隣を歩くフェルなんかは足取りが危なっかしい。

 まるで二日酔いになった人のような苦悶の表情。お酒飲んだこと無いからわかんないけど、そんな感じ。

「父上様。アケトモです」

 アケトモさんが一つの部屋の前で足を止まる。

「御霊様をお連れ致しました」

「お入りなさい」

 部屋の向こうから声が返ってくる。アケトモさんの声を少し渋くした声だった。

「失礼致します」

 障子しょうじが音を立てずに開く。

 とても穏やかな笑みを浮かべたおじさんが寝たきりで目に映る。

 この人がアケトモさんのお父さんか……。歳は五○にも満たないぐらいか、穏かなおじさんという印象を一番に受ける。

 けど、病気にでもかかっているのだろうか、布団から起き上がるのにアケトモさんの手を必要としていた。

「このような格好で申し訳ない」

 さっき騒いだことに申し訳なさを感じる。

【さっきは騒いでしまってご迷惑をおかけしました】

【す、すいません】

「よいです。ささ、お座りくだされ」

 俺とフェルは少し顔を見合わせたあと、何も言わずアケトモさんのお父さんの前に座る。

 アケトモさん自身はお父さんの傍に控えるように座り、アケトモさんのお父さんは口を開いた。

「私は朱鷺尾家当主、朱鷺尾タケチカと申します」

 ここはやっぱり朱鷺尾の家なんだなぁ、と再度認識した。

「御霊様。名を伺ってもよろしいか?」

【あ、はい。俺、いや、ボクはみなとレンヤです】

【ボ、ボクは千歳ちとせ・フェルナンド・マリアーノ・レドンド・セルナと言います】

 俺とフェルは声が上ずった。ものすごい緊張してしまう。

「ほう……。〝ねずみ〟と〝千哉せんざい〟の者であるか」

【ネズミと洗剤? ですか?】

 俺がネズミで、フェルが洗剤? すみません、さっぱりです。

【どういうことでしょうか?】

 フェルが訪ねる。

「どう、とは? 先ほどのは、湊家と千歳家の〝愛称〟なのだが……。存ぜぬのか?」

【あ、はい。聞いたことはありません】

 俺もありません。しかも愛称にしては関連性がさっぱりなんですが……。

 てか、俺たちの家のことをご存知で?

みなとは〝湊鼠みなとねずみ〟。千歳ちとせは〝千歳緑せんざいみどり〟。という、〝色〟に因んでおる」

【【〝色〟?】】

 あ、洗濯物洗剤のことじゃなかったのね。

 それに俺はキツネ顔って言われるから、どこからネズミという単語が出てきたのか不思議でした。

「それに、〝カミノミチ〟の力が働いておるからそうだと思うのだが」

【〝カミノミチ〟?】

 それ、どういう原理の力?

「それも存ぜぬか?」

【いえ、知りません】

「うむ。そうか」

 そう言うと、タケチカさんは黙って何かを考える。

 ――……。

 え、ええ……き、気まずい、この空気。

 こっちは何のこっちゃわからないし、タケチカさんはずっと俺たち二人を交互に見るだけだし、どうしたらいいの俺たち?

 見えない重圧に視線が泳ぐ俺。フェルも大して変わらないようだ。

「アケトモ」

 待つこと数分――やっとタケチカさんが口開いてくれた。

「はい。父上様」

「確かに御霊様に見えるが、お主の言う通り異質なものを感じる」

「そうですか」

「上手くは言えぬが、〝魂がこの世に馴染んでおらぬ〟ようだ」

 馴染んでいない、と? それって……。

「今、この世の時の流れにおいて、お二人の魂は違う世の時の流れにおる、とそのように私は思う……いや……」

 タケチカさんの目が険しくなる。

「どうされました、父上様?」

「そなたたち、命を失っておらんな」

 アケトモさんも険しい目でこっちを見てくる。

 えっと、いきなり注目されても困りますね。

 つまり異質な感じとは、時をかけちゃった幽霊というか魂、ということでいいのかな?

 俺たち二人の魂は今現在いる時の流れ、えっと、皇紀二六〇二年・昭和十七年。西暦だと1942年に存在している。

 けど、実際の俺たち二人はここから七〇年ほど未来の世で生きていた。

 つまり未来人ならぬ未来人幽霊、と。

 けどけど、命を失っていないらしい。どっちよ?

 俺はかなり迷った。整理が上手く出来ていないから。

 正直、『未来から来た未来人幽霊です』なんて言われたら、俺だったら『帰れ』って即言う。

 未来人幽霊って何だよ。わけわからん。

 俺が判断がつかないでいると、

【あの】

 フェルが口を開く。

【あの俺たち、実は七○年先の未来で生きていたんです】

 あ、言っちゃった。

「七〇年先の未来?」

【はい】

 ……吉と出るか凶と出るか。

「なるほど」

「合点がいきましたね、父上様」

「うむ」

 お、吉だ。というか、すんなりと受け入れてくれるもんだなぁ。

 フェルも安堵の表情を浮かべている。

「合い分かった。アケトモ」

「はい」

「この二人――レンヤくんとフェルナンくんだったか? 二人は屋敷で丁重に持て成してあげなさい」

「わかりました」

 あ? もうお話しは終わりですか?

【あ、あのっ】

 フェル?

【教えてほしいことがあります】

 今日はぐいぐい突っ込むなぁ、フェル。どうしちゃったの?

【驚かれないのですか?】

「……ん、んん……。すまん。後はアケトモに訊いてくださるか……?」

 タケチカさんの顔色が目に見えて悪くなる。

「すまない、二人とも。話は私が後を引き継ぐ故、よろしいか?」

【あ、はい】

 うん、まあ、ご病気なんだろう。タケチカさんにはこれ以上は無理を言えないな、というようにフェルは即答える。

 タケチカさんはアケトモさんの手を借り、布団の中に入った。

「離れの部屋へと戻りましょう」

 俺たちは頷いて応える。


 ――離れの部屋。

「はてさて。何を聞きたい? 答えられることであれば答えるぞ」

 離れの部屋に戻ってくると、アケトモさんはすぐ話を切り出した。

【俺たちが七○年も先の未来から来たというのに、どうして驚かれないのですか?】

 フェルが訪ねる。

「〝カミノミチ〟の力の一つを持つ子孫であるなら、あっても不思議ではないからのう」

 さっきから言っている〝カミノミチ〟とは何だろうか? というか、アケトモさん口調が変わりすぎだな。

 丁寧な物腰で話したかと思うと、スミレのようなおじいさん言葉で話すし……。

【どういうことですか? そもそも、〝カミノミチ〟とは何ですか?】

「〝カミノミチ〟――それは口で伝えるのは難しいのじゃが、言い切ってしまえば神道しんとうの一部じゃな」

【神道の一部?】

左様さよう。それを踏まえた上で〝カミノミチ〟が何であるかと言うならば、〝カミとヒトが関わり、結びついて働く精神的な力〟とでも言うのかのう」

【……宗教的な、力か何かですか?】

 白魔術黒魔術エクソシストみたいな?

「いや、断定はできぬ。神道とは宗教であって宗教ではないからのう」

【……えっと、よくわからないんですけど……】

「ワシにもよくわからん」

 何じゃそりゃ?

 フェルも相当困っているようで、次の口が開かない。

 でもまあ、よく考えれば、朱鷺尾家の人――アケトモさんが言う〝カミノミチ〟という力って、スミレの言っていた朱鷺尾の力ってことになるのかなぁ。

【あの、訊いていいですか?】

 俺はここでやっと口を開く。

「ん?」

【簡単に言ってしまえば、〝カミノミチ〟というのは朱鷺尾特有の力ってことですよね?】

「いんや、違うのう」

 あれ?

【その力を使える古い家じゃないんですか? 朱鷺尾家って?】

「朱鷺尾家は一つにすぎん」

【一つ?】

「うむ。古い古い言い伝えでは、常世思金神とこよのおもひかねのかみ八意やごころを受け継いだ者がおってのう。朱鷺尾家は、その者から広く分かれた末裔の一つと伝え聞いておる」

【とこよのおもいかねのかみのやごころっていうのは……?】

 何ですか?

「常世思金神とは日本神話に登場する〝数多のヒトの思慮を一柱で兼ね備えた神〟。八意とは〝多くの知恵〟という意味じゃ」

【そ、そうですか】

 ん、うん、日本神話ってよく知らないからわからない。

 勉強不足なので、質問したことがとても恥ずかしくて居た堪れないなぁ。

 ……現代に帰れたら勉強してみようっと。

【あの次、訊いてもいいですか?】

 矢継ぎ早にフェルが訪ねる。

【タケチカさんが言っていた、〝色〟とは何ですか? 愛称だと言ってはいましたけど、その、関係性がよくわからなくて】

「ふむ。これも古い古い昔のことじゃが、朱鷺尾の祖先は〝せい〟がなかった。ある時、祖先の誰かが〝ヒトの魂〟に〝色〟が視える者が現れてのう。色がついた魂のことを魂色たまいろ〟と言うんじゃが……」

〝魂色〟? スミレが前に言ってたな。

「そこからじゃな。その〝魂色〟が視える者に、色に因んだ〝姓〟を与えられたのは」

 なるほど。だから幽霊や物の怪の類だけじゃなく。スミレは魂の色、俺は魂の色の糸が視えるわけか。

 おー、あと俺、フェルとも遠い遠い親戚じゃん。どれぐらい離れているかわかんないけど。もしかして案外近いのか?

【……それが視えると、どういったことがあるのですか?】

「ヒトの精神というか、特徴というか、そういうモノを正確に捉え、制御することに長けるようになった。己の魂。他人の魂。魂というものをある程度操ることができるようになったのじゃ」

【そうだったんですか】

「うむ。これは、お主たちがこの時代に魂だけやって来たのは不思議ではないと言ったことにも繋がるかのう」

 不思議なことは不思議なことでいいや理論で納得したということですね。

【あ、もう一つだけ。俺たちは死んでいるんですか? それとも生きているんですか?】

 あ、それ大事。すごく重要。それによって今後どうするか変わる。

「生きておるぞ。父上様が指摘されてワシも喉に刺さった魚骨が取れた気分じゃからな」

【そうですか】

 よかったねぇ、フェル。これで悩むことが一つなくなったじゃないの。

 これで元の時代に帰えれ……、

【あっ】

【ん?】

【フェル?】

【何、レンヤ?】

【帰り方知ってる?】

【あっ……】

 俺とフェル絶句しかならなかった。

「あーっはははははははっ。まあ、長居をしてゆくがよい。うちは困らんからのう」

 お気楽ご気楽な感じで言わないでください、アケトモさん。

 あとあなた、性格が変わっていません?

【ど、どうしようか……レンヤ……】

 うわぁ、お前、もう泣きそうだな。

 フェルくん、相当参ってしまってライフの残量が危ない……。

「そう気にするでない、フェルナンドとやら。どうじゃ、酒でも飲むか? 持ってくるぞ?」

 いやですから、どんなけ性格が変わっているんですか、アケトモさん。

 それに、

【俺たち未成年でしかも魂だけの存在ですよ。飲めませんって】

「気合入れたら飲めるじゃろ?」

 う、ううん、うん……。どうつっこめばいいのやら。

「持ってくるから待っておれ」

 アケトモさんはノリノリで部屋から出て行く。泣きそうな奴と、戸惑う奴を残して。

 うん。成るようになるか。


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