喧嘩は両成敗
十畳ほどの離れの客間部屋に通された俺とフェル。
アケトモという人と自称スミレは夕食を取りに行き、残された俺たちは口が開かず沈黙と静寂に身を置いていた。
ああ、ホントわからん。夢にしては冗談がキツイ。
この離れの部屋の間取り、何度か見たことある。剣道の稽古をしていた道場の近くの部屋だ。小さい頃から何度も見たわ。
決定的、とは断定するつもりはないが、ここは俺の知っているモモカの家――朱鷺尾さんの屋敷で間違いないかと。
時をかける幽霊か……。
たくっ、C級映画監督でもくだらなさ過ぎてこんなん思いつかねぇぞ。もっとマシなもん考えろよ。
【レンヤ……。どうする?】
重い沈黙を振り払うように、フェルが口を開いた。
フェルも困っているのは一緒で、表情は明るくない。
【どうする、ったってなぁ……】
今、俺たち魂だけの幽霊の存在。であるなら、俺たちは間違いなく死んだということ。
どうするもこうするも何もないんだよなぁ。正直、今思い浮かぶことは一つだけなんだよなぁ。
【フェル?】
【何?】
【成仏しよう】
【え……?】
うん、ごめん。呆けるのはわかっていた。
【いやな。今、俺たち幽霊じゃん。だからさ、道理に則るなら成仏するべきだと思う。というか、しないとダメ】
【……ど、どうしてキミはそう簡単に受け入れるかなぁ……】
【いや、死んでるんだもん。潔く逝くしかないだろ。天国か地獄。どっちか】
【俺はそんな簡単に受け入れられないよ】
フェルくんはそうですよねー。
俺は常日頃から幽霊や物の怪に対してそういう風に思っているから、あまり抵抗がない。
むしろ、俺がこの状況になったのに、のうのうと幽霊やってることを俺自身は気にくわん。
スミレによく言ってる手前もあるし。
【悔いが残ってるよ、俺】
悔いねぇ。俺もあるとしたら一つだけある。
【剣道部のこととか……。特に、新橋さんの弟のことは何にできなかったし……】
ああ、そんなことあったなぁ。全然気に留めてなかった。
【部長なのに……部長だったのに……】
【まあ、もういいじゃん? あとはシンタたちがやってくれるだろう】
幽霊になってまでストレスを溜めるようなことやめようぜ。
【だけどなぁ……】
【……そこまで気にすることか?】
グチグチ言っても仕方ないと思うんだけど。
【剣道部員、しかも同じ剣道部員がイジメをやってるかもしれないんだぞっ? 気にするだろっ。俺は部長だなんだぞっ】
【今はもう幽霊ですが】
プラス、今は過去にいます。関与できません。あと、六、七○年待ちます?
【レンヤには俺の気持ちなんてわからないよっ。もう、成仏するって心を切り替えてるレンヤにはねっ】
ああ?
【新橋さんに弟のことで相談されたのに、俺一人では何にも役に立てなかったっ。困っている新橋さんに何一つ解決する手立てを言えなかったっ。情けない俺は、レンヤたちに相談するしかなかったんだぞっ。この気持ち、わかるかっ】
はあ? ……ふーん、そかそか。
俺はフェルに近づいた。
【な、何だよ……】
睨み付けたような眼だけど、タジタジした態度のフェル。
何ビビッてんだよ、お前?
【わかるか、って言ったよな? 悪いけど、俺、その気持ちはわからんわ】
俺が最初に新橋姉から相談を受けたわけじゃないから。
【くっ……!? ……そうだよな。レンヤのような強い奴にはわからないことだよな、こんなことっ!】
けっこう前に俺は強くないって言ったの覚えてないのか、お前?
【そもそも、やってるかもしれない、というだけで、やってる、じゃないだろ? 確定していないのに、何ぶつくさ考えてんだ? アホか】
――ガツッ!
俺の頭部が傾く。頬の少し上辺りに痛みが広がった。
拳を振り下ろし、怒りの形相で睨むフェルの姿が目に映る。
【そうだよっ! 俺はレンヤに比べたらアホだよっ!】
――ドゴッ!
すかさず俺もフェルを殴る。フェルは尻餅をついた。
【グチグチ言ってんじゃねぇよ、スネ○野朗! だからお前はアホなんだ!】
上半身をゆっくり起こすフェル。
【……や、やりやがったなぁぁぁあっ!】
【意味なく吼える暇があるならさっさとやり返してこいっ、タコッ!】
――ドスッ!
【がっ……!?】
座った状態のままフェルの腹に蹴りを入れてやった。
ユラッとした動作で睨みつけてくるフェル。
【もう許さねぇ……!】
【はあ? 先に手を出してきた分際で許すも許さないもないだろ。お頭大丈夫かっ】
【うわあぁぁああぁぁっ!】
フェルが襲い掛かってきた。
殴り、そのままの勢いで俺を押し倒すと、馬乗りになって無我夢中でさらに殴ってくる。
調子乗ってんじゃ……ねぇぞ!
手を伸ばしてフェルの胸ぐらを掴んで引っ張り、前のめりになったところを狙って顔面に肘をブチ込む。
怯んだところで馬乗りから引き降ろしてやった。脇腹に蹴りのオマケもつけて。
【いってぇなぁ、クソッ!】
痛いのはこっちだ。
お前の方が体格も力も勝ってんだぞ。
それで馬乗りになって何発もぶん殴っておいて、肘と蹴りの二発で文句言ってんじゃねぇよ、ボケェッ。
【もう容赦しねぇぞっ!】
【ああ? 許さねぇって言った癖に容赦してたとか、何様だよ、お前?】
【ああっ!?】
【だからムカツクのならゴチャゴチャ言ってねぇで、さっさとかかっ……】
あっ……。
【おい! 何で急に黙ってんだよっ! ビビッたの、ガァッ!?】
――フェルが真横に吹っ飛んだ。
ま、じ、で……。
そのフェルはピクリとも動かない。
やばい……。俺もガクブルってなって指先一つも動けなくなる。
「事情がある故、不安になられるのは致し方ないと思います。つい最近、御霊様に成られたのであれば、それは尚更」
【あ……は、はい……】
蔵で会った時と同じ怖い感覚が俺を支配する。
「じゃが、今、ワシらは夕餉を取っておるのじゃ。そう騒がれると、嫌でも耳に入る。屋敷の者への迷惑も考えて頂けんかのう」
【ははは、はい! そうですね! ご尤もです!】
「――……」
ですからその、人を殺せるような雰囲気を収めていただけないでしょう、か……。
「夕餉が終わったあとに話の場を設けたいと考えております。それまで少しお眠り下さい。起こしに来ます故。よろしいか?」
【は、はい! よろしいです!】
「そうですか。では、御緩りと」
た、助かった、か……。
安堵の気持ちが広がっていく。だが、
ん? 『少しお眠り下さい』?
嫌な予感が暴風雨のように荒ぶる。
「――……」
【ア、アケトモ、さん……。どうしてボクに近づいてくるのでしょうか……】
「喧嘩は両成敗じゃ。一人だけ罰を受けるのでは、いかんじゃろ?」
……あは、あははは。目がマジだ。逃げられないな。
えー、はい。できれば起こしに来られた時、すぐ目覚めれるぐらいの加減でお願いします。
怖いと思いつつ、願いながら俺は目を瞑る。
「その潔さ、好し」
その後は思考がぶっ飛んだ。




