朱鷺尾さん家の蔵
昼をとっくに過ぎ、シンタたちとは途中で別れ、帰り道が同じのフェルと帰っている……のだけども……。
「この時期にイジメかもしれない問題が起きるのは困ったな」
「そうだね」
「来週には大会。下手したら出場が出来ないかもしれないな」
「そうだね」
「シンタとかめっちゃ怒っていたな。新橋姉の前では抑えていたんだな」
「そうだね」
「後輩を疑わないといけないってのも気分悪い話だな」
「そうだね」
「――……」
「――……」
「シンタ、童貞らしな」
「そうだね」
「トシハル、ホモらしいな」
「そうだね」
「ヒサト、あいつは……どうでもいいな」
「そうだね」
「――……」
「――……」
ダ、ダメだ……。
シンタたちと一緒に帰っている時からフェルだけはあまり喋らない。
喋っても生返事を返すだけ。
何か悩んでいるってのはわかるんだけど、そのすまし顔で淡々と普通に返されると、ちょっと訪ねるのを躊躇してしまう。
いつもみたいに分かりやすい顔色をしてほしい。
正直、気まずいんだが……。
もうすぐ家だし、このまま家まで帰ってしまうのも何だかなぁ、と思っていると、
「レンくーん。チーくん」
俺の家の前にモモカがいた。
珍しいお洒落をした私服姿――前にスミレがしていたような可愛らしい格好だった。
「モモカ?」
モモカが小走りで俺たちの許にやって来る。
「どうしたの?」
そんな可愛い格好して? お出かけ?
「ちょうどよかったぁ。二人にお願いがあって来たの」
「お願い?」
「うん。とは言っても、私じゃなくて曾お祖母ちゃんからのお願いなんだけどね」
え? スミレのお願い?
俺は露骨に嫌な顔をした。
「そ、そんなイヤそうな顔しないでよ、レンくん」
「だってなぁ……」
スミレだもん。あの、幽霊の存在になってから、生前の立派な人っていう俺のイメージがことごとく崩れるんだから。しかも、スミレ自身がブチ壊してくるし。
「そんな大変なお願いじゃないの」
「……どんなお願い?」
碌なことではない、という予感しかしない。
「蔵の片付けなんです」
蔵? あ、たしか前に蔵で何か調べ物しているってスミレは言ってたな。
朱鷺尾家の力について、だったかな?
「で、ちょっと散らかりすぎて、一人で片付けきれないから男手としてレンくんとチーくんを呼んで来てほしいって言われたの」
待て。男手が必要なほど散らかすなよ。そもそもスミレが散らかしたんだろ、それは? だったらスミレ一人で片付けろよな。
と考えたのだけど、モモカに言っても意味がないのでやめた。
「レンくん、イヤな顔しないで。片付けを手伝ってくれたら、お礼は私がするよ。美味しい菫餡子のイチゴ大福をお二人にご馳走します」
曾孫にお礼をさせる曾お祖母ちゃん。いいのか、それ?
「ね? お願いできるかな?」
「フェルはどうする?」
「え? ――……あ、ああ。俺はいいよ。帰ってもやることは特にないし……」
うん、そうだな。お前、今何かやってないと、悩みを拗らせそうだわ。
心配でこのまま家に帰らせるの、俺、とても怖い。
「フェルもいいみたいだから、俺もいいよ。というか、行く」
「やったぁ。ありがとう。で、どうしますかぁ? このまま来てくれますぅ? それとも一度家に帰ってから……」
「いや、このまま行くよ。片付けしたらどうせ汗かくから。まあ、汗臭いままだけど、それはちょっと我慢してもらえると嬉しい」
「大丈夫ですよぉ。私、レンくんの汗の匂い、大好きだから」
モモカ、さりげなく自分のフェチズムを公共の場所で言うのやめなさい。
その対象が俺だから恥ずかしいわ。
モモカに呼ばれ、俺とフェルはモモカの家――ミスレがいる蔵に出向く。
【お? 来たか。案外早かったのう】
おめかしをし、メガネを掛けたスミレが埃っぽい蔵の中で俺たちを出迎えてくれた。
「曾お祖母ちゃん、どうして服装変わっているの?」
【ん? こ、これは汗を掻いたのでな】
どうしてそんなすぐバレるウソをつく。幽霊が汗なんて掻かない。
「そうなの? でも、そのメガネ……?」
【め、目が悪いのじゃ。調べ物をするときはこれがないといかんのじゃ】
「でも、ここにある雑誌、私の……」
雑誌の表紙には、メガネ女子なんちゃらかんちゃら、などなど書いていた。
――……。
黙るスミレにモモカがジトッとした視線を向ける。
スミレも現代に毒されてきたというか、順応してきというか。
良いか悪いかはわからないから、流行とかに敏感なのは女性として誰でもあると思うから気にしないでおこう。
というか、二人のやり取り自体気にしたくないから黙っていよう。
「そんなことより片付けをしよう。そのために俺たちは来たんだから」
華麗なスルー能力を俺は発揮する。
【そ、そうじゃな! 片付けじゃ、片付け!】
取り繕うようなスミレ。モモカはジトッとした視線を止めなかった。
女って怖ぇ、と思う瞬間を目撃。
これもこれで気まずいわ。
――……しかし……。
蔵の中は散乱、散乱、大散乱。古い本、使い方のわからない道具、怪しい大小の機械製品などなど。
よくもまあ、ここまで散らかすことができたことに、大したもんだと感心を抱く。悪い意味で。
「で、どれを片付けたらいいんだ?」
手のつけ方がわからん。
【うむ。大事な本類はワシが纏める。片付けてもらいたいのは、本を取り出すためにどけた道具類とかじゃ】
「わかった。フェル? 道具類を一箇所に集めてくれ。その間に俺が置く場所を作るから」
「あ、う、うん。わかったよ」
「じゃあ、私は台所に行きますね。菫餡子の仕上げをしなくちゃ。頑張ってくださいね、二人とも」
トテトテとモモカは蔵から出て行った。
さて、やりますか。
俺はグラグラと安定感の無い梯子を持ち出して片づけを始める。
――……。
制服のまま来て正解だった。
蔵の中は案外涼しいけど、いかんせん暑いことは暑い。片付けをしているから汗がやっぱり酷いことになる。
黙々と片付けをし続け、八割方終わったところで、
「フェル? そっちはどう?」
「え? あ、うん……。纏まったよ。あとは直すだけ」
「そうか」
ちょうどいいな。俺も今置き場所を作った所だし。
【どうじゃ? 済んだかのう?】
「あとは直すだけだよ」
【そうか、そうか。案外早く終わりそうじゃのう。やはり男手があると頼もしいもんじゃ】
「ただ、一つだけ言いたい。次からは考えて物を取り出せよ」
【う、うむ。気をつけよう】
おう、気をつけてくれ。
「さて。フェル? 高い所からやるから、梯子支えてくれないか? この梯子、グラグラして安定感がないんだわ」
物を抱えて登るには落ちそうで怖い。
【ん? レンヤがするのか? フェルの方が身長が高いのじゃから、フェルに梯子に登ってもらって、レンヤが支えればよかろう?】
「あ、え……はい」
【ん? どうした、フェル? 元気がないようじゃが……?】
今頃気づいたのか、お前は?
「今日のフェルくんは元気がないの。だから俺がやるの」
【そうか。夏バテかのう? しっかり食べんといかんぞ、フェル】
「……は、はい」
何を悩んでいるんだろうな、フェルの奴……。
まあ、後で訊けばいいか。
と頭を切り替えて、わけのわからない道具を抱えると、俺は梯子を立てかけた。
「じゃあ、フェル。頼むな」
「あ、ああ」
不安を抱くけど、スミレの力だともっと不安を感じそうなのでフェルを信頼することに。
フェルが支えてくれているから、グラグラがかなりマシになっている梯子を俺は登る。
【気をつけるのじゃぞ、レンヤ】
「おう」
さて、まずは一つ目、と……。
棚に道具を置いた。
「みなさん? どうですかぁ? 終わりましたぁ?」
ん? モモカが来たようだ。
【レンくーん、お久しぶりですね!】
っ!?
目の前に、突如として分身女が現れる。
あ、やべぇ……。
驚いたことで、足を踏み外す。
【レンヤッ!?】
「レンくんっ!」
「え……?」
何とかしようと右手を棚に伸ばす……、
あっ!?
伸ばした右手は棚ではなく、棚に置いてある木箱に触れた。
やばいっ!?
木箱は当然俺の体重など支えることなどできずに――。
盛大にフェルとスミレの慌てる声が耳で聞きながら、二人の上に落ちて気を失う。
目を開けると、蔵の天井が映る。
そういえば梯子から落ちたんだ、とすぐ気づき、身体を動かす。
痛ぇ……と思ったら、なぜか痛くなかった。全然痛くないし、全然どこも怪我をしていない。
あれぇ? と思いながらとりあえず起き上がる。けど……、
――……。
何だか、とても静かだ。
埃っぽくない蔵の中――俺は目をパチクリさせる。高い位置にある格子窓から赤い日差しが差し込んでいた。
もう夕方? あ、フェルとスミレは……。
すぐさま二人の上に落ちたことを思い出し、床に視線を向ける。
フェルがうつ伏せで倒れていた。
【おい、フェル? 大丈夫か? おい、しっかりしろ?】
【う、ううん……。あれ?】
フェルは起き上がり、俺と同じように目をパチクリさせている。
お、どうやら怪我もなく無事のようだな。
次はスミレ。幽霊だから大丈夫だろうけど、一応心配だ。何言われるか堪ったもんじゃないし。
――……。
と、思ったのだけど、辺りを見回しても俺とフェル以外の姿がない。
え? あれ? スミレ?
【どうしたんだ、レンヤ?】
キョロキョロするばかりの俺に、フェルが訪ねてくる。
【いや、スミレの姿がなくてさ……】
あいつどこへ行ったんだ? あと、モモカと分身女もいない。確かに蔵に来たはずなのに……。
「どなたか、おられるのですか?」
少し軋んだ音を立てながら蔵の扉が開き、誰かが顔を覗かせる。
小さな子供と目が合った。
白い半袖シャツに濃い紫色の、モンペ? だったかな? 名前忘れたけど、農業しているお婆ちゃんが穿いているようなモノを穿き、竹箒を持った黒髪オカッパ頭の可愛らしい幼い女の子が立っている。
歳は六、七歳ぐらいか。どことなくモモカに似ている。妹? いや、モモカは一人っ子だ。ということは親戚の子か?
それにしても、ずいぶん古めかしい格好をしてるなぁ。幼い女の子がこういう格好をしているの、テレビや動画で白黒映像としてしか見たことがない。
「ひ、ひ」
ひ?
「人様の蔵で何をしているのですか! 賊ども!」
【え? 賊、ども……?】
【ちょ、ちょっと……?】
俺とフェルは一瞬で困惑した。
「朱鷺尾の屋敷に盗みに入るとはいい度胸です。そこになおりなさい、賊ども。その性根を叩き直してあげます!」
幼い女の子は竹箒を構えた。
凛として姿勢が良く、中々堂に入った構え。ハッキリとこちらを見据える眼は、誰かを彷彿させる。
だけど、ついてこない頭で何が起こっているかいまいち整理できない。
えっと、蔵の片付けをお願いされて、片付けていたら誤って梯子から落ちてしまった。
そして起きたら幼い女の子と出会い、いきなり賊呼ばわり。
なぜ?




