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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅳ
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強く生きて


「ここで会うなんて奇遇ねぇ。予想通りのタイミングでバッチリだわぁ」

 母さんはのほほんとした様子で口にした。

「偶然なのか予測したのか、どっちだよ?」

「後者よぉ」

 わざわざ前者を口にする必要性がまったくねぇのに、こいつはこれまた呆れたことを言いやがるなぁ。

 俺は母さんとこれ以上話すと口を開くのが重くなるような気がしたので黙ること……、

「〝先輩〟の子供さん、ですよね?」

「〝先輩〟?」

 意外な伏兵の登場にできなかった。

 先輩って、先輩後輩の先輩? 誰が? あんなおかしなのほほん人に後輩なんて、どういう冗談?

「レンちゃんとアイラちゃんよぉ」

 あ、もうアイラは家の子供で決定なのね。

「あ、そうだぁ。紹介しておくわねぇ。お母さんの学生時代の後輩、ハトバちゃんよぉ」

 と母さんは答える。

 マジか。これまた世間は狭いものだと実感するわぁ。

「せ、先輩。ちゃん付けはちょっとやめてもらえませんか?」

「えぇ? なぁに、ハトバちゃん?」

 都合良く聞いていないフリをする母さん。

 いや、やめてやれよ。

 こんな母さんの後輩であることにさぞや学生時代に苦労、いや、ご近所ということで、現在進行形も苦労されていることに息子として謝罪の一つでもしたくなる思いを抱いた。

「もういいです」

「ええぇ? いいの?」

 お前はかまってちゃんか? 本当にすいません。息子として本当にすいません。

「先輩のそういうところ、昔から変わらないですから」

「でしょぉ」

 のほほんとした母さんに対して、ハトバさんは苦笑いしている。

 ハトバさんの物憂げな表情から、呆れを通り越した境地に至っている様子が伺えた。

「でねぇ、ハトバちゃん」

「はい、何ですか?」

「ハトバちゃんをここに連れてきた用件なんだけどぉ、〝ケンシンくん〟と〝マリナちゃん〟が今いるから、親子水入らずでお話してぇ」

「え……」

 いきなり本題を出したよ、この人。

「ケンちゃんとマリちゃん……ここにいるんですか……?」

 ハトバさんは呆然とした様子だけど、瞳の奥に僅かな明るみが灯ったような感じで母さんに訪ねる。

「ええ、いるわよぉ」

 二人のことが視えていないハトバさんに対して、何て無茶なことだろう。

 視えていたらケンシンくんとマリナちゃん、二人は悲しい思いを抱かない。

「さあぁ、レンちゃん、出番よぉ」

「はぁっ? 出番っ?」

 俺にどうしろとっ? 説明なしのいきなり丸投げとか、どういう了見?

「ハトバちゃん、私の力、知ってるでしょぉ?」

「あ……。先輩が、昔から霊的な力を持っていること、ですか?」

 あ、この方はご存知の方なのね。

「そう。うちのレンちゃんもねぇ、何の因果か知らないけどその力を持っているのぉ。すごいでしょぉ。だからねぇ、レンちゃんに任せれば、お~るぅおっけぇ~」

 OKサインを手で表示する母さん。思わずスミレに目が行ってしまう。

【ん?】

 あれは遺伝だな。英語の発音の悪さはスミレゆずりだ。

【何じゃ、レンヤ?】

 俺は、何にもない、という意味で首を小さく横に振ると、スミレは少し訝しげ表情で小首を傾げた。

 今はどうでもいいから気にするな。気にするべきは……、

「母さん。任せられてもさ、どうすればいいんだよ?」

 俺は幽霊が視える程度の力しか持ってない。最近になって、また触れるようになっただけだし。

「お願いします。私を、ケンちゃんとマリちゃんに会わせてください」

 ハトバさんに、唐突に頭を下げられた。

 無言で母さんの方を見る。

 母さんがやればいいんじゃないのか? 母さんもそういう力があるんだし。

「レンちゃんならできるわぁ。ふぁいとぉ」

 どうしたらいいのか助けを求めたのに応援された。

 だからどうしろっていうんだ……。できるならとっくにやっているよ。ケンシンくんとマリナちゃんの為だから。

 幽霊が視えない、話せない、触れることができない人に、それらをできる力が俺にもあるらしいけど、肝心の使い方がさっぱりわからない。

 でも、目の前で頭を下げ続けるハトバさん。何とかしてやりたい。本当に困った。

「レンちゃん」

 母さんがそっと俺の背後に回り、俺を抱いて小声で話しかけてくる。

「母さん」

「これはねぇ、レンちゃんしかできないのぉ」

 俺、しか?

「魂はぁ、この世界全てに宿っているものぉ。自然に生まれた全てに」

 え……?

「自然に宿る魂は一つずつ見れば区別されているわぁ。けどぉ。それはただ視覚で見るとそう見えるだけぇ。人も同じ。レンちゃんがいる、お母さんがいる、その事実だけなら区別されているのぉ」

「それって……」

「根っこの部分ではぁ、人も自然の中の一部でしょぉ。魂は繋がっているのぉ。レンちゃんが区別された魂の想いを感じて知ることができるならぁ、レンちゃんだって想いを誰かの魂に伝えて教えることができるわぁ。だってぇ、全てに魂が宿っているんですものぉ」

 言われてみればそうだ。ケンシンくん、マリナちゃん、二人の想いを俺は彼と彼女に会う度に知った。

 それだけじゃない。モモカ、フェル、姉貴、母さん、前まで俺は誰かの想いなんて知らなかった。

 知ろうとしないから。伝えようとしなかったから。

「それにねぇ。今、ハトバちゃんに一番それを伝えることができる人は、あなたなのよぉ、レンちゃん」

 母さんに言われる。

 でも、どうして俺なんだろう……。ハトバさんとちゃんと話しをしたのは今この場が初めて。それほどハトバさんのことを俺は知らない。

 そのことが疑問に残り、母さんに訪ねてみる。

「どうして、俺なの?」

「それはねぇ。あなたのお腹に宿っている赤ちゃんの魂――それがハトバちゃんの〝赤ちゃん〟だからよぉ」

 え……。

「お母さんとハトバちゃんは学生時代からの長いお付き合いだけどぉ、ことこの事に関しては、お母さんは無力。ハトバちゃんの傍にいてあげることはできても、それ以上はできない」

「――……」

「ケンシンくんとマリナちゃん二人の想いを一番知っているのはぁ、レンちゃん。そのお腹の赤ちゃんの魂の想いを知っているのもぉ、レンちゃん。ハトバちゃんの為にそれを伝えることができるのもぉ、レンちゃん。お願い。ハトバちゃんたちを助けてあげて」

「母さん……」

 抱きつかれているから母さんの表情はわからない。けど、泣いている声を聞く。

 ハトバさんに起こった辛い悲しみは、母さんにとっても辛く悲しみ。長い付き合い、近くにいればいるほどそれを強く感じる。

 たぶん、母さんはあの事故からハトバさんの想いを知っていたんだろうな。

 ふと、心の中に流れ込んでくる〝想い〟を感じた。


 ――〝生きたい〟――。


 ――〝産まれたい〟――。


 呟きにも似た何度も感じるその〝想い〟は、お腹――宿る赤ちゃんの魂から伝わってくる。

 ハッと気づいて俺はお腹に触れた。

 スレミは言っていた。『不安になると悪影響がでる』、『母体を損なう』と。

 ハトバさんの辛い悲しみがケンシンくんマリナちゃん二人の事故死。母体に圧し掛かる影響は悪影響以外の何物でもない。

 母体が損なうと、お腹の赤ちゃんはどうなるか……。

 ダメだ。過ぎった考えを振り払い、そんなことを考えるな、と自分に言い聞かせる。

 俺にはできることがあるんだ。ケンシンくん、マリナちゃん、二人の為になることがハトバさんとお腹の赤ちゃんの為なら、そして、母さんの為にもなるなら、一切迷うことはない。

「母さん、大丈夫。俺に任せて」

「……お願いするわねぇ」

 母さんはそっと俺から離れた。

「ああ。――ケンシンくん、マリナちゃん」

 二人を呼び、俺は左手をケンシンくんに、右手をマリナちゃんに差し出す。

 視線が合うと、頷きだけで俺は答えた。

 二人が俺の手を取ってくれる。軽く握る二人――俺は少し力強く握り返してやる。それだけで十分だった。

 応えてくれるように二人も力強く握り返してくれたから。


 ――〝伝えよう。想いは伝わるんだから〟――。


「ハトバさん。顔を上げてください」

 恐る恐る、躊躇いながら顔を上げるハトバさん。悲愴ひそうな想いを抱いた暗い物憂げな表情は、溢れ出る感情で決壊した。

「ケンちゃん……マリちゃん……」

【マ、ママ……】

 マリナちゃんが声を漏らす。

「そうよ。ママよ、マリちゃん」

【視えるの、ママ?】

「ええ、視えるわ、ケンちゃん。視えるし、二人の声もちゃんと聞こえるわ」

【【ママッ!】】

 二人は俺の手を離れ、ハトバさんに飛びついた。

 ハトバさん、ケンシンくん、マリナちゃん、三人の親子は視えている、話せる、触れることができている。

「ケンちゃん、マリちゃん、また会えて嬉しいわ」

【ママ! ママ! ママ!】

【ママ……】

 大きな声で感情を表すマリナちゃん。感情を噛み締めるようなケンシンくん。

 その瞳から大粒の涙を零す三人の涙は嬉し涙だろうか……。

 いや、ただ三人の親子の再会を喜ぼう。それだけで、十分だ。

【ママ】

 けど、ケンシンくんは抱かれたハトバさんから離れる。

 どうしたの? と思ったけど、そのケンシンくんの横顔は、一つ何かを終えた様子が伺えた。

【ママ、強く生きて】

 ケンシンくん……。

「え……」

 ハトバさんは怪訝に驚く。

【ボクたちのことを乗り越えて強く生きて】

【マリナもそうおもう。ママ、つよくなって】

 マリナちゃんもハトバさんからゆっくりと離れた。

「ケンちゃん、マリちゃん」

【ボクとマリナ、事故に遭ってから幽霊としてここにずっといた。そして、毎日ここに来るママをずっと見てた】

【ママが……ここで、ひとりでないているの……ずっとみてた】

【朝も、昼も、夜も。ボクたちのことを想ってここに来ていた。初めは嬉しかった。けど……どんどん顔色が悪くなるママ】

【びょうきになったとおもった】

【心配した】

【しんぱいすると、かなしくなった】

 俯く二人。でも少しだけ。すぐに顔を上げて、

【だから、乗り越えて強くなってっ】

【マリナたちのことで、これいじょうかなしまないでっ】

 ハトバさんに訴えるように言い切った。

 ケンシンくん……マリナちゃん……。

 ハトバさんは声を失ったように何を言えない。

【ねぇ、ママ】

【ママッ】

【もう、悲しい顔をするのは……やめて】

 搾り出すケンシンくんの言葉に、ハトバさんは地面に膝をつく。

【ダメ……】

 顔を両手で覆って崩れ、失ったような声を取り戻した声は、弱さを感じた。

【何度も何度も忘れようとした! でも、ダメなの!】

 ハトバさん……。

 俺は、無意識にグッと拳に力が篭り、

【ダメなの……よ……】

「違う。それは違う」

 呟くようなハトバさんに言った。

 ケンシンくん、マリナちゃん、二人を俺の顔を見る。

「ハトバさん、それは違う」

「違うことなんてないわっ。忘れられない。私は、ダメなのよっ」

「だから違う!」

 俺が声を少し強く言うと、顔を上げ、怯えた小動物のように俺を見上げるハトバさん。

「二人が言いたいことはそういうことじゃないです。二人が言いたいのは、〝忘れる〟ことじゃない。〝受け入れる〟こと」

「受け、入れる……」

「忘れることは、無かったことに繋がります。完全に忘れた時、もう思い出すことはありません。ハトバさん。あなたは命を宿し、育て、痛みを伴って産んだケンシンくんとマリナちゃんを、そう簡単に忘れることができますか?」

 ハトバさんの表情が歪む。俺の言ったことは、ある意味ショックが大きいから。

「受け手入れください。受け止めてください。あなたがそれをしない限り、ケンシンくんとマリナちゃん、そして、〝お腹の赤ちゃん〟は安心することができないんです」

「赤、ちゃん……」

 俺は頷き、続け言う。

「俺のお腹、膨らんでいるでしょ? 母さんが言っていました。このお腹の中はあなたのお腹にいる赤ちゃん、その子の魂が宿っているんです」

「え……」

 ハトバさんの視線が俺の中に注視する。

「どうして赤ちゃんの魂があなたから離れたか、その理由はハッキリとわかりません。だけど、たぶん、あなたが不安に陥っているから離れたんだと思います」

「離れた……。不安だから、離れたというの……?」

「母体がそういう状況なら、赤ちゃんはどうなりますか? その状況で産まれてくると、あなたはどうなりますか?」

 恐らくだけど、赤ちゃんか、母体、どっちかが損なう。いや、どっちも損なう可能性だってある。

「強さを持ってください。そして、お腹の赤ちゃんを産んであげてください。赤ちゃんは、生きたいんです」

【お願い、ママ。強くなって。赤ちゃんを産んであげてっ】

【ママ、がんばってっ!】

 すがりつき、ハトバさんに訴えるケンシンくんとマリナちゃん。

「で、でも……」

 だが、ハトバさんはまだ現実を受けいれることができないのか、その虚ろな瞳には生への灯が抜けているように俺は感じた。

「あなたは二人の母親だろ!」

「ッ……!?」

「二人はね、事故を起こした加害者を憎んでいないんです。こんな小さな子供なのに。だけど未練はありました。家族のことです。でも、受け入れているんです。受け入れて、それでこの子たちがここで何をしているか、知っていますか?」

 戸惑いながら、ハトバさんは首を横に振る。

「この場所で、事故に遭いそうな人たちに危険を呼びかけているんです」

 二人の顔を交互に見やるハトバさん。その表情は、驚きに満ちていた。

「この子たち二人は幽霊です。二人の声が聴こえない、伝わらない人も多いです。でも、それでも呼びかけているんです」

「そ、そうなの?」

 ケンシンくん、マリナちゃんは無言で頷いた。

「し、知らなかったわ……。そんな……そんなことをしていたなんて……う、うぅ……」

「今、知ることができたからいいじゃないですか」

「え?」

「あなたは、そんな二人の母親です。二人に笑われてもいいんですか? あなたは、心が強く、優しい二人の母親。あなたも強い人はずでしょ!」

 俯いたハトバさん。俺は、これで伝わらなければどうしようかと、一瞬迷いが生じた。

 でも、瞬時に振り払って信じる。二人の母親だから。きっと、立ち直ると。

 頬を拭う仕草。涙が零れたのだろう、けど、ハトバさんは泣く声も漏らさず、手で拭うだけ。

 ――そして。

「ケンちゃん、マリちゃん、心配かけてごめんね」

 涙は流れたまま。頬を伝わり、胸元に落ちる涙。その涙が溢れる目――その中の瞳には、凛とした強い灯みたいなものが映っている。

【ママ】

【大丈夫、なの?】

「ええ。もう、もう心配しないでいいわ。ママは、大丈夫だから」

 一先ず良かった。そして、やるべきことがまだある。と思い、

「ハトバさん。赤ちゃんを」

 屈み、ハトバさんに手が届くようにした。

 どうしたら赤ちゃんの魂が戻るかはわからないけど、想いが伝わるのなら、赤ちゃんは自然と母親の許に戻るはず。

 ハトバさんの抱えるような仕草の両手が、俺のお腹に触れた。

「うぅっ」

 思わず俺は声が漏れる。

「痛いですか?」

「いえ、大丈夫です」

 大きく跳ねるような激しい鼓動音。安心からくる無邪気さなのか、活発に暴れている感覚に、俺は戸惑いのようなものを憶える。

 感覚が薄れていくと、お腹の赤ちゃんはハトバさんの両の手に抱えられ、薄っすらとした赤子の姿を現した。

 小さい……。こんな小さな赤ちゃんが、俺の中にいたんだ。

「ごめんね。もう、大丈夫だから、安心してね」

 ハトバさんは赤ちゃんに語りかけ、その子をお腹に包み込む。

 触れて、その中の感触を確かめるハトバさんの表情は、次第に優しい微笑みへと変わっていった。

 もう、大丈夫。俺のお腹も、元通りとなる。

【ママ、よかったね】

「えん。マリちゃん、ありがとう。ケンちゃんも、ありが……」

 ケンシンくんは無言でハトバさんに抱きつく。肩が震えているようで、泣くのを我慢していたものが溢れ出たんだと思う。

【あ、マリナも】

 マリナちゃんも飛びつくように抱きつく。こちらは、すごく明るくいい笑顔で喜んでいた。

「アサギさんの息子さん、ありがとうございました」

「元気な赤ちゃん、産んでくださいね」

「――……。はいっ!」

 そして、ハトバさんはケンシンくん、マリナちゃん二人を強く抱きしめた。

 うん。強く逞しい母親の顔。ホント、綺麗だ。

 そう思ったあと、これ以上は親子水入らず三人の時間、俺は立ち上がって少し離れようとした。

「ありがとおぉ、レンちゃん」

 振り返ると、母さんが頭を下げきた。

「いや、感謝されることじゃないよ。俺にできることだったんだ。だから俺はやった。それだけさ」

「かっこいいセリフねぇ。お母さん、惚れちゃいそうよぉ」

 帰れ。別にカッコつけたわけじゃねぇから。

【さすがレンヤ。一件落着じゃのう】

 スミレ、お前のお陰だよ。お前から話を聞いていなかったら、上手く伝えることができたかわからない。

「ぐすぅ、良かった……。本当に、良かった……ぐすぅ」

 アイラ、良かったんだから泣くなよ。

「うっ! うぅぅ……!」

【ママ!?】

 え、何……?

 振り返ると、ハトバさんが苦悶の表情でお腹を押さえていた。

【ママ、どうしたの!?】

 マリナちゃんの叫び声に答えることもなく、ハトバさんはその場に身を横たえた。

「ちょ、何が起こった!?」

【どうやら、陣痛が始まったようじゃ】

「えっ!?」

【産まれるかもしれんのう】

 もしかして、出産!? こんなところで!? え、いや、ちょ、えぇ、どうしたらいいの!?

「レンちゃん、下がっていていいわよぉ。あとは、任せて」

「か、母さん? でも……」

【ここにはワシとアサギおる。心配するでない】

「あ、う、うん」

「レンちゃんは、病院に電話してぇ」

「わ、わかった」

「はーい、ハトバちゃん。ひっ、ひっ、ふぅ、よ」

 馴れた感じで母さんは言う。ハトバさんもハトバさんで、母さんに合わせてそう口ずさんでいた。

 いや、見ている場合じゃない。携帯だ、携帯。

 手探りで衣服のポケットを弄る。が……、

 携帯、家に忘れてきたぁぁぁ!

 どうしよう!? あ、そうだ!

「アイラ」

「えっ! 何っ!」

 ちょっと驚いた。何でそんなでかい声なんだよ? まあ、いいか。

「携帯持ってないか?」

「携帯!? うん、携帯ね!」

 アイラも衣服のポケットを弄る。

「あっ! 忘れてきちゃったっ!」

 お前もかい!

「どうしよう! どうしよう! そうしたらいい!?」

 知るかよ! ていうかお前、気が動転してんだな。俺も人のこと言えないけど。

「どうされましたか?」

 すると、後ろから声をかけられる。

「あ、あので、っ!?」

 俺は携帯を借りようと、事情を説明しようとしたら、驚いた。

 すげぇ格好……。

 その人は女の人で間違いないと思う。胸の膨らみを見たから。けど、その服装、ファッションセンスはとても奇抜だった。

 金髪の短い前髪と後ろ髪だけ残して全部坊主。アイラと初めてあった時のような目の周りと唇の黒メイク、プラス、口、鼻、耳にはピアスがいくつも。

 か細い体型を包む服装も、原色系の色のプリントシャツにスカート。

 すげぇ格好……。再度、そう思う。

「ん? どうかされました?」

 丁寧な口調――他人は格好で判断してはいけないな、と思い、

「あ、すいませんが携帯をお借りしてもよろしいですか? 妊婦の方が産まれそうでして」

「それは大変ですね」

 女の人は後ろポケットに手を入れ、携帯を取り出す。

「どうぞ。お使いください」

「ありがとうございます」

 携帯を受け取り、急いで病院に電話を掛ける。コール音が鳴っている最中、ふとアイラに目がいった。

 小刻みに震え、大きく目と口を開いて奇抜な女の人をジッと見続けるアイラの姿。

 どうした、アイラ? もしかして、知っている人か?

 と、考えたけど、電話が繋がると、まだ気が動転しつつも俺は今の状況を電話の相手に伝えることで精一杯となる。

 近隣の住人がその場に駆けつけ、下校途中の学生が足を止める中、救急車が到着する間、十字路はちょっと騒がしくなった。


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