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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅳ
39/68

朝のお話会

 

 次に日の朝――。

「ふぁあぁぁあ……」

「レン、大きな欠伸だね? 眠れなかったのか?」

「ああ」

 昨晩、父さんと母さんによる妄想人生プランの垂れ流しで疲労を憶え、しかもこのお腹で安全快適に安眠なんて図太い神経も持ち合わせていない。

 マリナちゃんのことも昨日結局聞けなかったし……どうしたもんかぁ……。

「みんな! 父さん仕事行ってくるぞ!」

 考え事と眠気に誘われつつ、姉貴やアイラと朝食を取っていると、父さんは張り切った様子で仕事に行ってくる宣言。

 俺と姉貴は普段どおり行ってらっしゃいの言葉を返す。

 朝から元気だね、父さん。張り切り過ぎず、お体を大事にして適宜てきぎに頑張ってきて。

 そう思いながら俺はトーストをかじった。

「仕事行ってくるぞ!」

 え? 何で二回目?

 と、よく見ると、父さんはトーストを齧っているアイラに向かって言っていた。

「へ?」

 とキョトンとするアイラ。

「行ってくるぞ!」

 ニンマリとした笑顔だけど、すごい目力でちょっと怖い。しかも眼前だからアイラは余計に怖いと思う。

「い、行って、らっしゃい……」

「うん、行ってくるよ!」

「ひゃ、ひゃいっ」

 変な声を出してアイラは答える。

 詰寄らないであげて、父さん。アイラはビビりなんだから効果的。無意味やたらに怯えさせてどうする。

「そうそう、レンヤ?」

「何?」

「産まれそうになったら父さんに絶対連絡をするんだぞ。陣痛が始まって苦しくなっても絶対に。わかったな」

 ――……絶対ないけど、陣痛で苦しんでも、母さんとかじゃなくて俺が連絡しないといけないの? 無茶な要求だなぁ。俺が父親なら、娘に絶対言えんわ。

「あなたぁ? 遅刻するわよぉ?」

「おお、そうだった。じゃあ、アサギ、行ってくる」

「はぁい。行ってらっしゃぁい」

 父さんは張り切って仕事へと出勤。

 その後ろ姿の背中に、子供への過剰なところは親として頼もしいと思う一方、どうにか俺への勘違いを解いていただけないかなぁ、と複雑に思う。

「父さん、アイラちゃんを家の子だと本気で思っているみたいだけど、どうなんだろう?」

「まあ、たぶんだけど、本気で思っていると思うぞ、姉貴」

 母さんの言うことは冗談か本気かわからないことも多々あるから、あの父さんなら一発必中で信じさせることができそう。

「ふーん。父さんも思っているのかぁ……。じゃあ、ボクもそう思った方がよさそうだな」

「めめ、迷惑だから……やめて」

 僅かに顔を俯けてアイラは、そう言いながらトーストを齧る。

「手厳しいなぁ、アイラちゃんは」

 厳しくない、厳しくない。アイラにも家族がいるの。

「ねぇねぇ、アカネちゃん、レンちゃん? そんなことしていてもいいのぉ? 急がないと遅刻するわよぉ?」

 このハプニングを大きくした当事者が、そんなこと、とか言いやがった。

 普通だったらいつも通りの朝なんだけどなぁ。

「え? あ、もうこんな時間だ。ボクたちも早く食べて行かないと」

「そうか。頑張って勉学に励んでこい、姉貴」

「ん? 何を言ってるんだ、レン?」

「何って、このお腹だよ? 行けるわけがないだろ」

「あ、そうか。妊婦だから学校行くのも大変だもんな。体育とかもできないし」

「そういうところの話じゃないね」

「え? どういうところの話なんだ?」

「その理解力の無さに困ったとしか言えない」

「え? 何だよ?」

 このお姉ちゃん、世間体とか考えろよ?

 男子中学生が不思議なこととはいえ、妊娠しているなんて大問題。

 どう説明するの? 昨日まで普通だったのに。妊娠しました、ぐらいしか説明できる自信ないよ? 不思議なことなんて理解してもらえないだろうから。

「じゃあ、学校どうするのぉ、レンちゃん?」

「仮病で休む」

 この妊娠が元に戻るまで致し方ない。

「仮病ねぇ……。あ、お母さんに名案があるわぁ」

 これは、とても聞きたくない名案だな。

「〝産休〟で休みますと学校に連絡すればいいのよぉ」

 思いついた名案を実行しようと、パタパタとスリッパの音を鳴らして母さんが電話の方に向かおうとする。

「アホ、やめろ」

「えぇぇ」

 えぇぇ、って……何でそう残念そうな顔なの?

「とてもいい名案だと思ったのにぃ。実際にぃ、妊娠しているわけだからぁ」

「アホウ。風邪とか言っとけばいいだよ」

 わざわざツッコまれるようなことをなぜゆえ暴露しようとする。

「それだとぉ、おもしろくないわぁ」

「おもしろくする必要はありません」

「しょうがないわねぇ」

 と言って母さんは学校に電話を掛け始めた。

 しょうがないって何なの? おもしろくすることが前提なの?

 ズレているのは俺? それともこの家族? 俺がこの家の子であるのか本気で疑っていいかもしれない。

「あ、ヤバイ。ボクは行ってくるよっ」

「おお、行ってこい」

 朝から眠気と難儀な人たちの相手で疲れた俺は、立ち上がる姉貴に抑揚のない声で返す。

 けど、姉貴はその場でなぜか立ち止まった。そして、アイラの顔を覗き込む。

 おい、急げよ?

「アイラちゃん、行ってくるよ」

「え? う、うん……行ってらっしゃい……」

「っ……!」

 驚愕顔で身体が震える姉貴。どうしたの?

「レンに言われるほどじゃないけど感動したぁっ。妹っていうのもいいもんだなぁ」

 ニヤニヤと気色の悪い笑い顔を振りまく姉貴。アイラが少しひいている。

 そうか。よし、じゃあ明日から俺は言わないようにしよう。

「あ、感動している場合じゃない。急がないとっ」

 バタバタと姉貴がリビングから飛び出して行く。と、すぐさまリビングの外で、ドンッ、と大きい音。

「痛っ」

 ――……転んだか。おしとやかさの欠片も片鱗もないな、あのボクっ子ちゃんは。

「騒がしい人」

 俺はトーストを齧る。

「いえ、騒がしい人だけじゃないわ。滅茶苦茶な人や、勘違いしている人もいる」

 俺はサラダをほお張る。

「とんでもない人たちだわ、この家の人」

 俺は牛乳を飲む。

「――……。何か答えなさいよ?」

「え? 俺に言ってたの?」

「貴方以外に誰がいるのよ」

 いや、母さんがいる……。と母さんの方を見ると、まだ電話していた。しかも、話で盛り上がっている様子。

 学校の先生を近所の奥さんと勘違いしているのか?

「ほら、貴方以外にいないでしょ」

 俺は摘まめる程度になったトーストを口に放り込んで牛乳を飲み干した。

「聞いてる? 聞いてよっ!」

 アイラはテーブルを叩いて睨んでくる。駄々っ子か、お前は?

 ふと思った。どうしてこいつは俺に対してこんなに強気で、しかも噛まずに喋れるのだろう?

「どうして聞いてくれないの?」

「何ですの?」

「ですの? 貴方、時々喋り方がおかしくなるわね?」

 そっくりそのままお前にそれをお返しします。

「まあ、いいわ。それよりも――」

 いいなら言うなよ。と思いながら携帯を取り出す。

「貴方のお腹のことだけど……って、また人の話を聞いていないっ。何なの、貴方!」

 そう睨むなよぉ。ちゃんと聞いているから。

 携帯をいじりながらでも話はできるの。モモカに学校を休むことを伝えるだけだし。

「赤ちゃんの幽霊がとり憑いているんだろ?」

「え? ええ、そうよ。聞いていたのなら、そう言いなさい」

「で、それで何か?」

「貴方、〝幽霊それ〟をどうするつもり?」

「どうしようっかなぁ」

「どうしようかなぁって……何も考えていないの、貴方!?」

「今のところはね。悪い?」

「悪いわよっ。何も考えていない癖に、私はさっき貴方に威嚇されていたのっ?」

 威嚇なんてしていません。この話題は出すな、という意味で威嚇したの。

 ――……ん? あっ、俺、してたわ。

「テーブルを叩くわ」

 お前もさっき叩いていたよ。

「怖い顔で睨むわ」

 お前もさっき睨んでいたよ。

「人の話を聞かないわ」

 メール送信、っと。

「昨日からホント色々と私に失礼なことを……思い出したら腹が立ってきたわっ」

 何だか、やることやったら眠たくなってきた。昨日あんまり眠ってないし、一眠りしようか。

「って、ちゃんと聞いているのっ」

「うん、聞いてたよ。じゃあ、おやすみなさい」

「なんでやねんっ!」

 ビシッ! とアイラのツッコミが出た。

「キレあるね。上手いね」

「待ちなさいよっ」

「失礼なことは海より深く、空より広く謝罪と反省をするので、許してください。このお腹なので土下座は出来ませんが、これで何とか」

 俺は頭を下げた。

「何でちゃんと聞いているのよ?」

「聞かない方がよかったの?」

「そうじゃなくて、あっ、もうっ、違う!」

「はい。じゃあ、違う話をして」

 アイラは深呼吸をして息を整え、胸に手を当てて心を落ち着かせる。

 聞いてやれば納得するだろう、と俺は眠たげな頭で考えた。

「貴方、そのまま憑かれていたら死ぬわよ」

 またそれ?

「どうして死ぬの?」

「そのお腹の中にいる魂が、貴方の〝霊気〟を奪うからよ」

 姉貴の時も言っていたなぁ。ところで、まず〝霊気〟って何ですの? 日常会話でそういう会話、あまりしたくないんだけど。見る側、読む側のテレビや漫画だけにして。

「奪われたら死ぬのかぁ、困ったなぁ、ホント困ったぁ」

暢気のんきに構えている場合じゃないのよっ」

 と、言われてもねぇ……。何とかできるなら何とかするよ。何にもできないからできないんだけど。

「魂――霊って奴は、放っておけば人々に仇を成す場合があるわ」

 へぇ、そう。

「私はこれまでたくさんの霊を見てきたわ。負の未練を持ち、時にはその未練が強大な力となって人々に害を及ぼす」

 ホント、迷惑な奴ってたくさんいるよねぇ。

「私が魂――霊を滅するのは、迷える霊そのものを救う為と、その霊によって起こる害が人々に及ばないようにする為」

 ああ、そういうお仕事でしたか。

「だから、そのお腹の霊と、貴方が匿っている二人の子供の霊を私に任せなさい。放っておけば、いずれ人々にとって危険な存在となるわ」

 素敵な朝食とはとてもかけ離れた朝食になったなぁ。主に会話が。

 外は久しぶりに晴れた一日の始まりなんだから、もっと気分よくさせてほしいもんだ。夜から雨らしいけど。

「さあ、どうなの? 答えて」

「イヤです」

 さあ、話は終わりなので眠りましょう。俺はイスから立ち上がろうとする。

「待ちなさい!」

「何で?」

 俺がお断りして話が終わったじゃん? 交渉の席なら、それ以上の余地はないよ?

「危険だと言っているのよっ? それでも……それでもどうして貴方は、霊を庇うのっ?」

 必死に、とても必死に訴えかけてくるアイラ。その眼差しは、愚直と言えるほど真っ直ぐで、一切他の思いを感じさせないものだった。

 ――……うーん。何か、アイラは特定の傾向でも持っているのかもしれない。

 純粋な小さな子供が陥る、何かが……。

「庇っているんじゃない。ただ、このお腹とあの二人にはそれが必要ないだけ」

「ひ、必要……?」

「滅する。まあ、成仏させる、させてあげる、ということが」

「意味がわからないわ」

「お前にとって霊はどういう存在なんだ?」

「そ、それは危険な存在よ。言ったでしょ。私はたくさんの霊を見てきた。そのほとんどが負の未練を持ち、人々に害を及ぼすのよ」

「お前の言い分に、このお腹の霊と、あの二人の霊は当ては嵌らないとしたら?」

「どういう……?」

「簡単に言えば、危険じゃない、ということだ」

「はっ? 何を言っているのっ? 霊よっ? 危険に決まっているわっ」

「じゃあ、その証拠を持ってきて?」

「証拠?」

「そう。このお腹の霊と、あの二人の霊が危険だという証拠。単純に霊は悪いから、とか証拠にならないことを言ったら、この話は二度としないからな」

 何かを言おうとしてそれを止め、そして下唇を噛み締め、アイラは押し黙った。

 頭の中では証拠となるものを探しているのだろう、とても悩み考えている様子。

 ケンシンくん、マリナちゃんが幽霊でいる理由を俺はちゃんと知っている。

 お腹の赤ちゃんの幽霊は、姉貴が苦しんだこともあるけど、姉貴が言っていた『産まれたがっている』、『生きたがっている』、という言葉から何かしらの理由があるのだと思う。

 姉貴はそういう思いを赤ちゃんから感じ取った。それがわからない限り、俺はお腹の赤ちゃんが危険だとは〝まだ〟思わない。

「くぅっ……」

 苦虫を口の中に放り込んだような表情のアイラ。出ない答えを必死に出そうとしている。

 まあ、いくら考えても証拠はないよ。お前はこのお腹と、あの二人のことを何も知らないから。知らないのに証拠の答えなんて出ないもん。

「わか……」

 うん? 声が小さすぎて聴こえないんだけど?

「わからない、わ……」

 だろうね。俺も危険じゃないなんて、証拠もないし確実に言えない。そんなものに証拠を見出すこと自体に無理があるからな。

 意気消沈と気落ちするアイラ。

 ちょっと意地悪な質問だったか。どうしたもんかなぁ、と思っていると、閃いた。

 今なら俺が思うことを伝ちゃんとえるかもしれない、と。

「アイラ?」

「ん?」

「ちょっと一緒に来い」

「どこ、に?」

「二階の俺の部屋」

「え?」

 よっこいしょ、と俺は立ち上がる。聴こえているかわからないけど、まだ電話している母さんに一応ごちそうさまと言って。

「行くぞ」

「え、う、うん」

 のそのそと歩く俺の後ろをアイラがついて来てリビングを出る。


 ――リビングを出たところでふと思った。あ、階段があるんだった……、と。

 昨日も経験したけど、これしんどい。お腹にスイカ一玉分の重さが入っているような感じだから、上るのが一苦労。降りるのはまだ若干楽なんだけどなぁ……。

 世界中の妊婦さん、及びそれを経験するであろう女性に尊敬の念を抱くわ。

「先に行け」

 俺はアイラに先に行くように言う。

 アイラが先に上がり、その後について、のそのそ一段一段と階段を上る。

 そんな俺の姿に、

「大丈夫?」

 後ろを振り返ってアイラが声をかけてきた。

 お? 心配してくれるのですか? お前もいつかはこういう経験をするだろうから、心しておきなさいよ。

「まあ、大丈夫」

 そう言うけど、心配そうな目を止めないアイラ。

 上半身がどうしても反り返えってしまうから下半身でバランスを取るのが難しい。下半身に負担が大きそうだな、これ。

「私に掴まって」

「え? いいよ、いいよ」

 お前に掴まったら、お前を先に行かせた意味がない。バランス崩して階段から落ちたらどうするの? 一緒に落ちるよ?

「いいから私に掴まりなさい。そのお腹の中に霊がいたとしても、私は困っている人を放っておけないわ」

 ――……。良い子だねぇ、お前。普通のところもあるじゃん。

「じゃあ、ちょっと助けてもらいましょう」

 俺はアイラの肩を掴む。

 ゆっくりと、ゆっくりと一段一段階段を上った。

 これ、このままずっと続いたらキツイなぁ……。

【お兄さん、お帰りなさい。大丈夫ですか?】

 階段を上りきり、部屋に入ると、ケンシンくんが出迎えてくれた。

 けど、部屋の隅で蹲っているマリナちゃんの方に目を向けると、昨日の状態から変わっていない。

 まあ、朝からわかっていることだけど。早めに話をしないといけないな、と俺は思った。

「大丈夫だよ。それより、ちょっとお願いがあるんだけど」

【何ですか?】

 答えずに俺は後ろに立っているアイラが、ケンシンくんに見えるように身体を少し移動させる。

【この子は昨日の……】

「そう。名はアイラ。可愛い美少女アイラちゃんと呼んであげれば喜ぶ」

「そそ、そんなんで喜へんわっ! アホッ!」

 あ、ごめん。照れ隠しで関西弁が出るんだったな、お前。

【で、お兄さん? お願いというのは?】

「あ、そうそう。このアイラにさ、ケンシンくんたちが幽霊になった経緯いきさつと、どうして成仏しないのか、という理由を話してほしいんだ」

 経緯を話すのは辛いだろうけど……。

【はい、いいですよ】

 え? そんな簡単に了承してくれるの?

【えっと、アイラちゃんだっけ?】

「そ、そうよ」

【とりあえず、座ろう?】

「え? う、うん……」

 ケンシンくんとアイラは正面に向かい合って座る。

 俺は、お腹に負担がかからないようにベッドに座って話を黙って聞こうと思った。

【ボク、ケンシン。あっちにいるのが妹のマリナ。よろしくね】

「よ、よろしく」

【まず、ボクたちが幽霊になった話から話すね。ボクたち、事故に遭ったんだ】

「事故?」

【うん。交通事故。学校帰りに、車にはねられたの】

「え……」

【わき見運転。運転していたのは近所の知っている人だった】

 落ち着いて話すケンシンくんとは対照に、アイラの表情が一気に曇る。

「えっと……その、運転していた人は……?」

【自首したよ。お兄さんがそうさせてくれた】

 アイラがこっちを見てくる。俺は黙って見返した。

【ボクたちが幽霊になったいきさつはこんなところ】

「そ、そう……」

【次に成仏しない理由だけど、これはボクのワガママなんだ】

「我儘?」

【うん。ボクたちが事故に遭った道ね、とっても事故が多いところなんだ】

「それが何の関係が……?」

【ボクね、その道で、事故に遭いそうな人たちに危ないよ、って教えてあげたいんだ】

「え……」

【ボクたちの声は聴こえない人は多いかもしれない。事故の数が減るのは少ないかもしれない。でも、言ってあげれば気づいて注意しながら通ってくれる人もいる】

「――……」

【そういう人たちが一人でも多くなればいいな、とボクは思っているんだ。ボクたちのような人が、これ以上増えてほしくないから】

 屈託なく笑うケンシンくん。アイラの表情にスッと陰が落ち、表情を見られたくないと言わんばかりに俯く。

【話はこれで終わりだけど……、あの、大丈夫? アイラちゃん?】

 小刻みに身体が震え、アイラは鼻が詰まったような嗚咽を漏らしていた。

 体勢に気遣いながら俺はベッドから降り、

「アイラ、どうだった?」

 声をかけると、アイラは顔を見られないように隠したまま俺に抱きついてきた。

 首に腕を回され、俺は体勢が崩れて尻餅をついてベッドにもたれるような形。

 ――訊くのは必要ないみたいだな……。

 抱きついてくる力は強まるばかり。グズグズと鼻を鳴らし、泣き声をあげないように必死に堪えているから。

「ありがとう、ケンシンくん」

【いえ。それよりも、アイラちゃん……】

「大丈夫だよ。時期に泣き止むから」

 アイラの後ろ頭に右手を回して優しく撫でてやる。耳元に聴こえる嗚咽が、少し小さくなった気がした。

 これで大丈夫かな。アイラはもうケンシンくんとマリナちゃんの二人を成仏させようなんて思わないだろう。ちゃんとした理由があるから。

 このお腹の赤ちゃんの幽霊も、そう思ってくれるはず。

【――……やっぱり、お兄さんに……】

「ん? どうしたの、ケンシンくん?」

【あ、いえ……】

 少し様子が変わったケンシンくんは、

【あ、あの? 話したいことがあるんですけど、いいですか?】

 妙に強張った面持ちで訊いてくる。

「あ、うん。いいよ。でも……」

【アイラちゃんが泣き止んだあとでいいですから】

 ケンシンくんの屈託のない笑顔――ふと、マリナちゃんの方を見ると、視線が合うとすぐ外された。


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