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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅳ
33/68

ハプニングの特売日


「私はそこの魂を滅しに来た」

 淡々と告げるアイラという子供。

「レ、レンヤ……」

「レン、くん……」

【燃やされます、射ぬかれます、滅せられます! このままだと私たち、危機的危険な状況になりますっ!】

 分身女、危機的危険な状況はもうなっとるわっ。と心の中でツッコミしたら、ハッとして頭に冷静が戻ってきた。

 でもまだいまいち、整理が追いつかない。順を追って考えてみよう。

 まず、時代錯誤の服装をした子供が突然現れた。名をアイラという。

 そいつは何て言った? わけわからん単語が多かったけど、一つわかるのは『そこの魂を滅しに来た』。

 そこの魂――幽霊――該当者はケンシンくんとマリナちゃん? 分身女はどうかわからん。

 で、次。アイラが懐から出した小さなトカゲが、大トカゲに変身レベルアップ。アイラに命じられたその大トカゲが、わけのわからん火矢を飛ばすと、道路と塀が壊れた。摩訶不思議すぎる。

 ああ? これってもしかして……。

「……ンヤ? レンヤ? レンヤってば?」

「お? 何?」

 フェルが俺のことを何度か呼んでいたようだ。

「何じゃないよっ。どうするんだ?」

「ああ。そのことでさ、ちょっと話があるんだが……」

「こんな時に何言ってんだよっ」

 そう言われるが、

「落ち着け。――なあ、キミ?」

 フェルに一言返してアイラに向かって言う。

「何? 立ち去るの? 立ち去らないの?」

「ちょっと話をしたいんだ。時間もらえるかな?」

「立ち去らないのなら、悪いけ……」

「すぐ済む。待ってくださいっ」

 強行手段か何かしようとしたのだろう、俺は有無を言わせず口調を強めた。

 アイラは真っ直ぐに俺を見つめてくる。曇り一つないガラスのような透明で綺麗な黒い瞳。けど、無機質な印象を受ける。

 見つめ合いが続く。雨だけがこの場に音を鳴らしていた。

 なあ? 『待ってください』って頼んだんだから、早く何か言ってくれない?

「……わかった。待つわ」

 ようやく言いやがった。

「ありがとう。さて、みんな……」

「レンヤ、ホント何やってんのっ」

 いまだにパニくって焦ってんなぁ、フェル。もっと冷静になれよ?

【そうですっ、そうですっ。寿命が縮まりましたよっ】

 寿命はありません、お前は。

「レンくん、私の傘に入って。濡れるよ」

「ありがとう」

「何か考えがあるの?」

 赤い傘を差し出され、俺は入れてもらう。モモカは平静だなぁ。

「ちょっとみんなに訊きたいことがあるんだ」

 ん? とモモカとフェルは首を傾げた。

【訊きたいことがあるのはこっ……】

「俺だ」

【そうですね。はい、そうです。レンくんどうぞ】

 弱いなぁ、お前。本当にモモカの分身か?

「まずさあの子、『魂を滅しに来た』って言っただろ? その魂って誰のこと?」

「それは、ケンシンくんと……」

「……マリナちゃん、のことだと思うよぉ」

【標的はまさか私? 命狙われていますよー、私! ヤバイですー!】

 一応含めておいてやるから、踊るほどあたふたするな。

「次に、トカゲが大きくになったよな?」

「うん」

「そうだねぇ」

【ファンタジーの世界へようこそ。初めからドラゴン退治は難易度が高すぎますね】

 お前の方が難易度高いわ。話の腰を折る奴を黙らせる魔法か道具、今一番欲しいと感じるぞ。

「火矢? みたいなものを飛ばして、道路と塀が壊れたよな?」

【ドラゴンの攻、むぐっ!】

 手を差し出して分身女の口を塞ぐ。これ以上は喋らせません。

「う、うん」

「思わず目をつぶちゃったけど、たぶんそうだと思うよぉ。燃えていたし」

 道路と塀で燻ぶって燃えていた赤紫色の炎は雨によって消えた。でも、壊れた部分は残っている。

 なぁーんだぁ。俺、合ってるんじゃん。

 考えが纏まって俺はアイラに再び視線を向ける。

「済んだ? どうするの?」

「おい、ガキッ。話あるからそっから降りてこいっ」

「え……?」

 無機質だったアイラの黒い瞳が僅かにぶれる。

 あ、つい口が滑っちまった。

「レンヤ。まさか、キミ……」

「あ、あらぁ……」

【ドラゴン使いは神の怒りを買ったようです。なむあみだぶつあーめん】

 落ち着け、俺。まだ冷静。俺、冷静。まだ怒ってないない。

「ああ、ごめん。ちょっと口が悪かったね。話しがあるから、そこから降りてきてもらえないかな?」

「な、何を」

「話しがあるの。降りてきてもらえるかな?」

「私はあなたたちを巻き込みたくない。だからここから立ち去りなさいと言っている」

「うん、わかっているよ。それも含めて話があるの」

 まず、お前にやってもらうことがあるんでな。

「――……」

 アイラは答えない。でも、大トカゲを使ってすぐ攻撃してこないところを見ると、怪訝に思いつつも俺の頼みを考えているよう。

 俺はアイラの答えを待つ。

 ああ、見上げるのしんどい。ちょっと首が疲れてきた。

 何を好き好んで高いところに登ってんだ? 降りるなら早く降りてきてくれない? 言った手前だけどどうでもよくなってきたから、そのままで話したいなら話してやるし、どっちか早くしてくれー。

 と、待つと決めたそばからダレてきたところ、アイラが動く。というか、飛んだ。生身で。

 危ねぇっ! 俺と同様にみんなも驚いた。

 雨でできた小さな水溜りを飛び越えただけのように、アイラは服もその表情も落ち着いて崩さず着地した。羽ばたく大トカゲもアイラのすぐ傍に降り立つ。

 わぁー、すげぇー。あの家、二階建てだぞ? 魂を滅するとかそんなことしないで、オリンピック選手にでもなれよ。

「なな、何者なんだ、あの子……」

「はあぁ、びっくりしちゃったぁ」

【かっこいいぃー。サーカスの人? 私、空中ブランコというものを見てみたいです!】

 俺以外の三者三様の反応。サーカスか、そっちの就職先もあるな。と分身女に同意できた。

「降りてきたわ。話というのは?」

「お手数かけたね。まずやってもらいたいことがあるんだ」

「やってもらいたいこと?」

「うん。壊した道路と塀、直しなさい」

 俺は穴開いた道路と塀を指してそう言った。

「レンヤ! こんな時に何言ってんだよっ!」

【そうです! 話が急斜面すぎて登れませんよ! 平坦な話でお願いします!】

 だって俺はあのガキの言うことを聞くつもりはないから。

 ケンシンくんとマリナちゃんを滅するというのなら、俺は絶対にさせない。あのアイラってガキを殴ってでも。

 でも殴ってボコボコにしたあとで、壊したところを直せ、なんて酷いことをやらせるつもりもない。だから先にこれをやらせるだけだ。

 と説明しようとしたけどやめた。ケンカ決定のこの話は平坦ではないので。

 まあ俺以外はさっさと家に帰ってもらおう。

「キミ、直して。早く」

【スルーされました!】

 スルーはお前の専売特許だと思うぞ。けっこうな確立で俺の話をスルーするし。

「何故、私がそんなことをしないといけないの」

「だってキミのペットがやったから」

「ペットじゃないわ。〝式〟よ」

「数学か季節か? どっちでもいいけど早く直しなさい」

 この壊した道路と塀は誰が直すと思ってんだ? 道路は国からの税で、塀に至ってはその住人の負担だぞ? 立派な器物破損だ、アホ。

「どっちも違うわ。間違えないで」

 まず〝式〟というのがわからん。見た目ペットじゃねぇか?

「ああ、それは悪かったね。謝る。言い直すな。そのキミの〝式〟がここを壊したから、キミが直しなさい。わかった?」

 ペットの責任は飼い主の責任。お前、犬の糞を持ち帰らないアホな飼い主になりたいのか? この先こういうことしたら怒られるぞ?

「〝晩秋くれのはる〟。射よ」

 大トカゲの右の羽から先ほどと同じモノが放たれる。

 炎を纏った火矢――それは俺の首筋を掠めて上空に飛んでいくと、途中で小さな花火のように爆竹音を鳴らして燃え広がった四散。

「レンくん、大丈夫!?」

 制服に焦げ跡が残り、首筋には僅かな火傷でヒリヒリとした痛みを受けた。

「これ以上は話しの無駄。わけのわからないことを言うのなら、あなたたちも一緒に滅してあげる」

 回答が火矢あれで、しかもわけのわからないこと、だぁ……? 

 俺、よく堪えた。うん、よく我慢した。ここはもういいな。

「てめぇなぁ……」

「レンくんに何するんですかぁぁぁぁっ!」

「なぇい?」

 間抜けな声と同時に赤い傘が俺の視界を一度遮ると、目で追った赤い傘は地面に落ちる。

 俺が唖然としていると、素早い動きでモモカが走り出していて、竹刀袋を投げ捨てて竹刀を取り出し、

 ――大トカゲの横面を叩きつけるようにブッ飛ばす。大トカゲは塀の壁まで吹き飛び、地面に横たわった。

 頭から命令されてもいないのに背筋が条件反射で伸びる。首元に真剣を突きつけられたような、そんな感覚を伴って。

 マジかぁ……モモカァ……。

「何するんですか、あなた」

 モモカが少し首をアイラに向け、言い放つ。

 視線を交えたのだろう、アイラは目が大きく見開き、瞳が絞ったように小さく一つの点となる。

 戦慄して、恐怖して、畏怖したその形相。

「何するんですか、あなた」

 もう一度言われたアイラは、足が折れたように身を崩してその場に尻餅をついた。濃い紺色の傘を地面に落として。

「もうしないでください」

 怯えつつ、小刻みに震えるアイラは声を出せずに小さく頷く。

 いやぁ、怖くて強いなぁ、モモカは。あのアイラってガキを威圧だけで圧倒したし、あの大トカゲ一発で……ん?

 大トカゲが、小さくなっていく。元の手のひらサイズに戻った。

 あれは、あのアイラってガキの力の所為か?

「わかってくれてありがとおぉ。あと、レンくんに言われた通り、あの壊したところ直して帰ってねぇ」

 モモカもいつも通りに戻った。

「はあぁぁぁぁ……」

 すると、フェルが大きく盛大な息を吐き出す。

「どうした、フェル?」

「いや、モモカの怖さに息が詰まっちゃって。怖くなかった?」

「めっちゃ怖かった。それは同意する」

 あのモモカは集中力を発揮した時のモモカだ。やっぱ一つのことに集中すると、恐ろしいほどすごいわ。

「レンくん、帰ろおぉ」

 トテトテとこっちに戻ってくるモモカ。これはこれでギャップがあるなぁ。

 でも、俺のために怒ってくれた、それはそれで素直に嬉しいと思う。

「だけどレンヤ。あの子、どうするの? 放っておくの?」

「え? どうしてその質問?」

 あのガキはここで壊したモノを直す。手伝わないといけないの?

「いやだって、また……」

 ああ、あっちのこと。

「とりあえず、ケンシンくんとマリナちゃんは俺の家に連れて帰る。それにあの状態だから、早々に来ないだろうさ」

 放心しているアイラ。あまりの恐怖にへたり込んだままだ。

「もし滅しに来たら、今度は俺直々にブチのめしてやる」

「キレるなよ」

「それ無理がある」

「ダメだ。レンヤがキレたらあの子、病院送りにしそうだ」

「――……」

「そこはすぐ否定してくれよ」

「いや、それも已む無しかなと思っていたんだけど」

「ケンカ自体ダメだ。正当防衛でも、な」

 それもダメなのか? 俺、八方塞がりじゃん?

「約束できるか?」

 しゃーねぇなぁ。手は他にいくらでもあるからいっか。

「わかった。約束だ」

 そう言うと、安心安堵の顔色を浮かべるフェル。優しいなぁ、お前は。

「仲良いですねぇ、レンくんとチーくんはぁ……」

 不機嫌なオーラ出して呟くのやめなさい、モモカ。

 男のフェルに嫉妬していたのはあの時聞いたけど、もうちょっと寛大で余裕のある心を持って。 

【私たちドラゴンをやっつけましたねっ! わんだほーです! ぐれいとです!】

 それとは対照にモモカの分身はアホなことしか考えてねぇなぁ。そう思いながら傘を拾い、竹刀と鞄を持つ。

「さあ、ケンシンくんとマリナちゃん、行こうか? ――分身女、行くぞ?」

【レベルが上がった気がします。魔王を倒すのも夢じゃないですね!】

「じゃあ、このままモンスター退治頑張って」

【え? ちょっと置いていかないでっ】


 フェルとは道の途中、モモカと分身女は俺の家の前で別れた。

「ただいま。ケンシンくん、マリナちゃん、先に入って」

【おじゃまします】

【……おじゃま、します……】

 みんながいたからあまり気にできなかったけど、やっぱりマリナちゃんの様子がおかしい。

 とりあえず濡れた身体のままだと風邪を引く。風呂に入って、それから訊いてみよう。

「母さん? 母さん?」

「母さんならスーパー行ったよ」

 少し開いたリビングのドアの隙間から声。返事を返してきたのは姉貴だった。

「じゃあ、姉貴。悪いけどタオル持ってきてくれない?」

「タオル? 濡れたのか? 傘持って行かなかったの?」

「いや、実はな……」

 さっきあったことを言おうとして口が止まる。

 あんなもん言えない。電波を拾って発信するアンテナに絡まれたとか。

「ハプニングがあって濡れた。このまま家の中に入るのがまずいぐらいに」

「そうなのっ? わかった。すぐ、いや、でもすぐには……。ちゃんと持って行くから待ってるんだよ」

「ああ」

 何だ? すぐに持って来れないことでもしているのか? 何だろう? リビングと玄関すぐ近くなのに?

 ――……。理由が思いつかない。台所があるから、夕飯の支度か?

 ちょっと疑問に思ったことを考えていると、少し開いていたリビングのドアが開く。のそのそと歩く姉貴の姿が現れた。

「ちょっと待ってくれよ、レン」

 おい……? 姉貴のお腹に釘付けになる。

「すぐ洗面所に行ってタオル取ってくるから」

「ちょっと待てっ!」

「ん、どうした?」

「いや、それ……」

 夢か? と思い、竹刀袋のまま自分の頭を叩いてみる。痛かった。夢じゃない。

【お兄さんのお姉さん、〝お腹大きい〟ですね】

 見間違いと考えたかったけど、ケンシンくんに指摘されて違うと断定。

「どうした? レン? ハッキリ言いなよ?」

「あ、ああ……。姉貴? お腹、どうした?」

「ん? ああ、これ。〝赤ちゃん〟が出来たんだ」

 姉貴は大きなお腹を優しく撫でた。

 うーん。ハプニングの特売日なのかなぁ、今日は……。


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