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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅲ
31/68

いと、繋がる


「レンちゃん、急がないと遅刻するわよぉ」

 母さんが玄関の前で、靴を履くにも悪戦苦闘する怪我で不自由な俺を急かす。

 全身打撲の上、オマケに左腕の骨にはひび。ミイラ男には負けるけど、身体中に包帯を巻く無様な有様の俺を。

「忘れ物なぁい? ハンカチ持ったぁ? 携帯持ったぁ?」

「ちゃんと持っているよ、母さん」

 喉を潰してしまっている俺は、しゃがれた声で母さんに答える。

「レン、早く。遅刻する。早くするんだ」

「うるさい。怪我人なんだぞ」

 もう少し労われ。それか放って先に行け。忙しい朝をもっと忙しいようにするな。

「だからボクがいるんじゃないか? 怪我をした弟を手助けするのは姉として重大な役目なんだよ」

 だからもう少し労われよ? 手助けするのが役目と言う割りに一切手助けしないとはどういう了見だ? 口先だけ詐欺か?

「おはようございます。レンヤ? いる?」

「おはようございますぅ」

 唐突に玄関のドアが開いてフェルとモモカの二人が姿を現す。

「どうしたの、二人とも? こんな朝早くに?」

 何の事情も知らない俺は怪訝な声を漏らす。

「だって、レンヤその怪我だろ? だから俺が……」

「私はレンくんの介護に来たんだよぉ」

「え? モモカも?」

「え? チーくんも?」

 示し合わせて来たわけじゃないのかい。というか遅いけど、呼び鈴ぐらい押して入ってこい。

「ダメだよ、二人とも。レンの介護は姉であるボクがす……」

「いえ、レンくんの怪我は私の責任です。だから、私が責任を持って介護します。学校の送り迎えや身の回りのお世話は私がします。さあ行きましょう、レンくん」

 女のように有無を言わせないほど一気に喋って俺の右腕を掴もうとするモモカ。が、その差し伸ばそうとする手を制したのは姉貴だった。

「モモカちゃん。レンの介護は、ボクがやる」

「私です」

「ボクッ!」

「私ですっ!」

 ありのままに起こったことを話すというネタで言えば、姉貴がモモカを睨んで、モモカも姉貴を睨み返す、ただ介護をするだけでそんな一触即発の修羅場的な展開……いや、めんどくせぇからやめよう。

「ここは姉であるボクがレンの介護をしないといけないんだ」

 一切してないからな、姉貴。口先だけ詐欺もここまでこれば立派なモンだと思うところだ。

「お姉さんだとか、それは関係ないです。このレンくんの怪我は、私の所為でもあるんです。だから、私がします」

 『所為、所為』と言ってるけど、モモカの所為じゃないからね。これは俺自身の筋を通した結果だし。

「いや、ダメ。ボクがやる」

「いえ、私がやります」

 どうでもいいが、目の前で暴れるな。俺が立てないだろ。

【お主ら、やめんか。レンヤが困っておるであろう】

「あらぁ、スミレお祖母さまぁ。綺麗ですねぇ」

 スミレ登場――なぜか、セーラー服姿ではなく、淡い紫色のスミレの花模様が入った和服を着ていた。

【そうじゃろ、アサギ。ワシは魂のみじゃからな。魂を変化させることによって服装も簡単に変えることができると気づいたのじゃ】

 着替えの面倒がないのか。便利だな、それは。というか、どっか行くのか?

【ここはワシが人肌脱いでやろう。今日のレンヤの面倒はワシが見る】

 それだけはマジご勘弁。

【何じゃ、嫌そうな顔じゃのう、レンヤ? まあ、よいか。ほれ、行くぞ。今日は日頃レンヤがお世話になっておる先生方に挨拶をしようと思ってのう】

「いえ、来ないでくだ……」

「ダメです。レンくんのお世話は私がします。たとえ曾お祖母ちゃんでも、これは譲れません」

「そうだ。視えない幽霊の人にそんなことは任せられない。いや、視えないからこそ、なおさらだ」

 遮られた俺の声はモモカと姉貴の二人に見事打ち落とされる。

【何を言うお主ら。ワシはこの身をレンヤに奉げたのじゃぞ? ワシが面倒見んでどうする?】

「この身を捧げるっ! レンくん、曾お祖母ちゃんと何をぉ……!」

「レン! どういうことなんだっ!」

「あらぁ、まあぁ。レンちゃん、そんなことスミレお祖母さまから言われたのぉ? アカネちゃんにモモカちゃんの二人もいるのにねぇ。お母さんも混じろうかしらぁ」

 とうとう母さんも入ってきたぁ……。

 ガヤガヤとピーチクパーチク言い合いをする光景にほとほと呆れを抱く。でも、すごい光景だとも思った。

 姉貴はスミレが視えない。なのに会話しているように見える。スミレは姉貴の声は聴こえるけど逆はないのに。モモカと母さんが姉貴の通訳代わりか。

「レンヤも大変だね」

 強烈な三人に存在を消されていたフェルが呟くように言う。

「「【で、誰にしてほしい(んだよ)(の)(じゃ)! レン(くん)(ヤ)!】」」

 よくもまあハモらせれるほどこの短時間で連携が取れたな? ていうか話が終わったのか? それとも、終わらせたのか? わからないけど、三人は俺にズズズと迫ってきた。

 うーん、どうするか……。誰に手を貸してもらおう。

 血の繋がったブラコンの姉貴。親戚で妹にしか思えないちんちくりんのモモカ。幽霊であり、お世話になったこれまたちんちくりんの実際年齢八十以上のスミレ。

 うーん、形相が怖い。鬼のようだ。――これは、全部なしかな。

【ここは、私の出番ですね】

 うん? と思い、少し見上げると〝消えた〟はずの女が浮いている。

 スミレの前例を知っている俺と母さん冷静で、視えない姉貴は不思議顔。それ以外は驚いて固まってしまった。

【どうして? という顔ですね】

「いや、してないぞ」

【説明しましょう】

 話を聞けよ、お前。

【私、魂火でできた存在なので、復活することができるんです!】

 説明これだけ。ポカンとする面々。モモカはものすごく恥ずかしそう。間違いなくモモカのアホの部分だ、こいつ。

 鼻息荒げに勝ち誇った女。視てみると、モモカと結ばれている赤い糸の間で、両手小指が結ばれている。よくよく考えると、車両の連結部分みたいである。

 感動の対面――とはいかず、またややこしいのが増えた、と思うのはどうしてだろう。

【というわけで、レンくんは私が面倒見ましょう】

【却下じゃ】

「却下です」

「よくわからないけど、ここは絶対に却下だよ」

 姉貴、わからないのにすごいな。というかこの女はモモカ自身でもあるから、モモカからしたらどっちでもいいんじゃないか?

【何でですか! 私だってレンくんの傍にいたいです!】

 女が反論してまたギャースカと口論を始める。

 収集がつかん、と考え、痛い身体にムチ打って立ち上がる。

「フェル、手を貸してくれ」

「ん、うん、いいけど……。いいのか、あれ?」

「じゃあ、何とかして?」

「無理だよ」

「知ってる。だから放置する。――じゃあ、行ってくるよ、母さん」

「行ってきます、おばさん」

「はぁい。行ってらっしゃぁい」


 歩く速度が遅い俺に合わせてフェルが歩調を合わせつつ、夏を前にした暑さが身体に堪える登校道を辿る。

「なあ、レンヤ?」

「何だ?」

「レンヤがさ、幽霊を初めて視たのっていつ頃?」

「何でそんなの知りたいの?」

「俺と同じで視えるレンヤは、どう思っていたのかなぁと思って」

「ふーん。そうだなぁ……あれは三歳ぐらいだったか」

「えらく小さい頃だね? 憶えているの?」

「憶えているよ。血だらけのオッサンが俺にとり憑いたから」

「え? 血だらけ?」

「そう。『死にたくないー』しか言わないんだ。死んでるくせに。あまりにも背後で繰り返すから、キレて文句を言った」

 あんなアホがいたからだな。俺が理不尽なこととかにキレるようになったのは。

「なんて子供だよ」

「確かになぁ。普通なら泣き出すんだろうけどなぁ」

「で、そのあと、どうしたんだ?」

「何回かキレて文句言ったけど、いつの間にかどっかいった。何だったんだろうなぁ、あれ?」

「いや、訊かれても」

 たぶん、予想では母さんが何とかした気がする。

「というわけで、それ以上のことはない」

「そ、そうか……。レンヤはやっぱり強いな。俺とは大違いだ」

「いや、異常だからだろうさ」

「異常な強さってやつだろ、それ」

「上手い言い返しをしてもご褒美はないよ」

「いらないよ」

 俺とフェルは苦笑し合った。

「で、これから剣道部はどうするんだ、部長?」

「厳しくやる。何人か辞めることになっても」

「あ、そう」

「訊いておいて、それだけ?」

「その答えは予想通り。一応の確認」

 これで今まで通りの部活をするつもりなら、もう一度スミレに説教してもらえと言うわ。

 と考えていたところで、

「ッ……!」

 身なりは朝の忙しい母さんと同じような服装の女性とぶつかりそうになる。

「すみません。ちゃんと前を見てなくて……」

「すみません」

 俺とフェルは咄嗟に頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそごめんなさい」

 女性の人も頭を下げ、何事もなく横を通り過ぎて行く。俺は横目でその姿に目を引かれた。

 体型は普通なのにお腹が不自然に膨らんでる? 妊婦さんか?

「どうしたの?」

「ああ。さっき人、妊婦さんだ」

「そうなの? それならぶつからなくてよかったよ」

「だな」

【おにいさんだ。おはよう】

 ちょうど十字路の近くだったらしく、山吹さん家の兄妹が声をかけてきた。

【お兄さん、おはよう】

「おはよう、ケンシンくん、マリナちゃん」

【学校ですか?】

「うん、そうだよ」

【いいなぁ。マリナもおにいさんたちといきたいなぁ】

【お兄さんたちは学校へ行くんだよ。めいわくを言ったらダメだよ、マリナ】

 ケンシンくんはマリナちゃんに言い聞かせるけど、ケンシンくんはあまり浮かない表情。マリナちゃんを見ても可哀想に思う。

 その理由は、二人はもう学校へ行けないから……。

「いいよ。一緒に行こう」

【え?】

【いいの?】

 女やスミレが来てんだ、ならこの二人が来てはいけないということはない。

「ああ、いいよ。フェルもいいか?」

「うん、いいよ。よろしく。えっと……」

【ケンシンです】

【あたし、マリナ】

「よろしくね、ケンシンくんにマリナちゃん」

 やけにあっさりとフェルは承諾したなぁ、と思うのと同時に、フェルが屈んで二人に挨拶する姿を見て、何かが視えた。

 〝糸〟――黄色と緑。二色が螺旋のように絡んだような〝糸〟。

 フェルとケンシンくん、マリナちゃんの指に結ばれているのを。

 これって、俺だけに結ばれるものじゃないのか……? 何なんだ、これ?

「「【【レン(くん)(ヤ)!】】」」

 声に振り返ると、四人が走ってやって来る。随分と時間かかったなあ、と俺はやっぱり呆れる。

「酷いよ、レン!」

「そうです。先に行っちゃうなんて」

【ワシらをおいてけぼりにしたこと……】

【許しませ……どうしました?】

 ――〝糸が繋がっている〟――。

 フェルとケンシンくん、マリナちゃんと同様、二色――それぞれ、俺と繋がる糸の糸同士が混じってみんなが繋がっている。

 あ、そうか……。前に話していたスミレの話を思い出した。

 〝魂色〟はその人の魂を表している。

 黄色がケンシンくん、マリナちゃん。赤がモモカと女。紫がスミレ。緑がフェル。橙が姉貴。

 これは、魂同士の心が糸として人を結んでいるということ。〝人と人の繋がり〟。

 自分の小指に結ばれた糸を見つめて思う。

 人は多くの人と出会って暮らしている。魂同士で理解し、理解されて繋がっているそれは、縁や絆といった想い。人と人の間にある大事なもの。

 家族。幼馴染。親友。この〝糸〟は、それを俺に教えてくれているようだった。

「どうしたんだい、レンヤ?」

 フェルが俺の顔を覗きこむように訪ねてくる。

「あ、いや。何でもない」

 これからも多くの人と出会う。その都度、俺は自分を偽らずに人と〝糸〟を繋げていこうと思う。この色々な〝想い〟を俺に与えてくる〝糸〟を。

「遅刻する。行こう」

 俺は綻ばせて笑みを浮かべ、〝人の繋がりが視えるこの力〟――いらない自分の力に初めて感謝した。


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