叩かれてすっ呆けられた
モモカと真剣勝負をした次の日から、フェルは学校を休んだ。
あとから聞いた話だと、後輩の誰かがフェルとモモカのどちらが強いか話していて、モモカのほうが強いだろう、と話していたところをフェルに聞かれていたらしい。
その話を知って俺は、マジでいらんことをしやがるなぁ、とイラついている状態。
友達や後輩、先生でさえも声を掛けられることを躊躇するような雰囲気を振り撒いて過ごしている。
ただ、モモカだけがそんな雰囲気を気にせずいつも通り俺と接してくるに参っていた。
登校も下校もモモカはやってくる。悪いことをしたから俺は謝らないといけないのだけど、顔を合わせるだけでどうしてもさらにイラつきが大きくなる。
そんな状況が三日続いた。
真剣勝負から四日目の学校の放課後――今だにモモカに対して謝れない俺の気分を、違う意味で察したモモカが、『ごめんなさい』と何度も謝ってきた。けど、それはより一層の悪循環が俺の中で生まれる。
謝るのは俺の方なのに……。
でも謝罪の言葉どころか、口さえも開けなかった。
結局俺はモモカを無視し、部活をする気も起こらず家にまっすぐ帰る。
自室に入り、いつものように鞄を机に置いたところで、
【レンヤ。お主、最近様子がおかしいぞ】
ケンシンくんとマリナちゃんの遊び相手をしているスミレが訪ねてきた。
「何の変哲もないいつも通り。気のせいだから気にすることはない」
【その態度では気にしろと言われているようなもんじゃ】
「見当外れの心配だ。お節介の無駄骨」
【いいや。レンヤのその態度は、〝何らかの問題を抱え込んでいる〟ようにしか見えん】
「……見えんのか? へー、どうやら疲れ目になっているようだぜ。目薬でもさしておけ」
【その必要はない。そうにしか見えんからのう】
「――……」
【それに娘の態度も気になることが多い】
一緒に遊び相手をしていた女の表情が目に判るように曇る。
女はこの三日間一切学校に着いてくることはなく、スミレたちと一緒にいた。十中八九、女から推測しただけじゃねぇか。
【四日前、何があったのじゃ?】
「何もない」
【嘘を吐くではない。レンヤの顔には何かあったと書いておるぞ】
見透かしている、というような眼を向けてくる。女の所為だ、と内心で舌打ちがでた。
【レンヤ? 申してみよ? ワシが聞いてやるぞ?】
ズズズと正座のままこちらに近寄ってくる。
その瞳は真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐ。ハッキリ言って、今の気分には心地悪くてイラつかせるのに十分なものに感じた。
「……別に、何もない」
【別に何もないってことはないです! あなた、フェルさんの親友でしょ? それにモモカちゃんのこ、あっ、す、すみません! 何もない、です……】
――……。謝るならなぁ、最初から口走るな、アホがっ!
【なるほどのう。フェルのことに加えてあの曾孫にも何かした、と。察するところ、フェルのことは部活動でのことで、モモカのことは……】
「それ以上喋るな。それ以上推測するな。それ以上考えるな」
【ふむ。娘よ? すまぬが、その子たちを連れてこの部屋から出て行ってもらえんかのう?】
「何する気だ、スミレ」
【レンヤと話しをするので、二人きりにしてほしいのじゃ。頼みを聞いてくれぬか、娘】
スミレはオドオドしている女にそう頼み込む。
「おい、無視か? ケンカしたいならハッキリと言え。誰が居ても関係ないぞ」
【娘、話が終わるまでの間じゃ。その子たちと部屋の外で待っておればよい。なぁに。暴れてもちょっとだけじゃ。心配はいらぬ】
「てめぇは何様だ? 無視決めこんで勝手にしてんじゃねぇぞ、こらぁ!」
机の上に置いていた鞄を掴むと、無造作に投げつける。壁に当たり、大きな音を立てた鞄は中身が飛び出し、教科書やら何やらが床に散らばる。
ケンシンくんやマリナちゃんがいる前で、俺はキレた。
【あまりこの子たちの前で怒るではない。怯えているであろう】
ケンシンくんとマリナちゃんの二人に目を向けると、二人は怯えた様子で俺を見ている。マリナちゃんが今にも泣きそう。けど、
「それがどうした! 俺の許可得ずに何を勝手なことしてやがる!」
「凄い音がしたけど? それに怒鳴り声も……。どうした、レ……」
「あぁん?」
俺が納まらない怒りをブチまけていると、部屋の扉が開き、姉貴が顔を覗かせる。
よくよく人様の邪魔をするアホが多いなぁ。
「……レ、レン……」
「何だよ、その顔? 俺の顔に何かついてんのか? ていうかてめぇ、勝手に人の部屋に入ってくるな! ブチのめすぞ!」
「えぇぇ……」
【レンヤ! やめよ!】
やめろ……、だぁ?
怯える姉貴に睨みを利かせながら近づこうとする俺に、スミレが後ろから言い放つ。俺はゆっくり振り返ると、
「耳元で飛び回るハエのようにうるせぇなぁ、てめぇは? {ピー}にでもたかってろよ。あぁ、ケンカ売ってる目だな、それ。俺にそんなにやられてぇらしいなぁ」
ぶれない真っ直ぐとしたスミレの眼光を見て、竹刀を手に取った。
「よし。ブチのめしてやる」
【今のレンヤには無理じゃ】
「無理? へー、それはいい度胸だぁ。集合しろ。俺が直々に成仏させてやる」
「まあぁ、レンちゃんのお部屋、すごい修羅場ねぇ」
部屋の扉の方向――{ピー}のように次から次へと湧いて出てきやがる。
「おい、{ピー}。気色の悪い声を俺の耳に入れんじゃねぇよ。さっさと出て行け」
「まあぁ、お母さんに向かって酷いわぁ。これは、ちゃんと躾をしておかないといけないわねぇ」
「あぁん? 誰が誰を? できるもんならやっ……」
パーンッ! と乾いた音が耳元に炸裂。いつの間にか、顔が右を向いていた。
小さなジリジリとした痛みが次第に大きくなって左頬に広がり、ゆっくり顔を正面に向けると、母さんはいつも通りのほのぼの顔。振りぬいた右手。何をしたかといえば俺を叩いた。
――叩かれた。
それだけ理解すると俺は竹刀を振り上げ、微笑みを浮かべた母さんの顔めがけて……、
「――……。あらぁ、レンちゃんどうしたのぉ? その竹刀でお母さんを叩かないのぉ?」
振り下ろせなかった。
「どうして振り下ろせないと思う、レンちゃん?」
振り下ろそうと何度も何度も力を入れているのに震えるばかりでそれ以上動かない。
「な、何で……何で……」
どうして振り下ろせない!
「それはねぇ、今回はレンちゃんが〝悪い〟からよぉ」
俺が悪い……。俺が……。悪い……。
「〝スミレお祖母さまぁ〟、すみません。レンちゃん、普段はとても優しい良い子なんですよぉ」
【うむ。わかっておる。それより〝アサギ〟。気にするべきはお主の娘と、後ろにおる子たちじゃ】
「な、なぁ、何で……」
何で普通に話してんだだよ? ここで俺の中に冷静な部分が戻ってくる。
「そうねぇ。レンちゃんにはぁ、色々とお話ししないといけないわねぇ。――アカネちゃん? 自分の部屋に戻っててちょうだい」
【娘? 娘はその子たちを連れて部屋の外に出ておれ】
「何で普通に話してんだよ?」
俺の問いに、
「これからお話しはたくさんするわよぉ」
「はい?」
すっ呆けた笑みに怒りが沈静化するのと同時に、頭痛を感じずにはいられない、頭の整理が追いつかなかった。




