魂色と約束
氷水を入れた袋を後頭部に当てる。
「っつ……」
ひんやりと冷たい感覚が熱をもった痛みにジワジワくる。
相当間抜けな格好であることに機嫌は良くないと言っていい。
【この二人はとりあえず大丈夫じゃのう】
ケンシンくんとマリナちゃんは、多分、気を失っているのだろう、落ち着いた顔で眠っている。
幽霊だけど一応ベッドの上で寝かせることに。ケンシンくんの頭部がいつの間にか治っているのなど、色々と疑問に思うところではあるが……。
「スミレ、話しを聞かせてくれ?」
【うむ。とは言うもののワシの記憶はそれほど多くはない。わからぬこともある。答えられる範囲でよいか?】
「ああ、それでいい。あの化け物の正体が何なのか、とかわからないことを聞くつもりはない。俺の質問は一つ。さっき言っていた〝たまいろ〟について」
【〝魂色〟とは魂の色】
「魂の色?」
【そうじゃ。生物は魂魄。精神的な〝魂〟は肺に宿り、肉体的な〝魄〟が肝に宿り、この世の体を成す。魂は死んだ者である幽霊のみを指すのじゃ。〝魂色〟とは、その魂が放つ色のこと】
「……それは証明できるものか?」
【できん。これを視ることができるのは、ワシの生前からの力であるからのう。ワシ以外、おらんと思う】
嘘をついている風には思えない。放つということは、オーラみたいなものか? 俺にも似たようなものが視えるからわかるつもりではあるが。
【じゃが、〝魂〟。命ある者はこの色で染まっておる。良い者も悪い者も区別なく。ちなみにワシの〝魂色〟は〝紫色〟。それが魂じゃから、それがないと幽霊として存在もできん】
「スミレは〝紫色〟だけど、この二人は違うのか?」
【〝魂色〟は人それぞれ違うのう。この二人は、〝黄色〟――少し赤みを帯びた〝山吹色〟のような黄色をしておる】
「〝山吹色〟?」
【うむ、そうじゃ。人と同じ人はおらぬ。赤の他人が似ている色を持つ場合もあるが、魂の性質は同じではない。その者としての人格や外見が違うようにのう】
なるほど。十人十色という言葉みたいなものか。
「その魂、それが無事だからケンシンくんの頭は元通りになったわけだな」
【レンヤは頭が良いから話しが早い。その通りじゃ。ワシやこの二人の子供の外的容姿を形成しておるのは〝魂火〟。源である〝魂〟から溢れる火が形成しておる。鬼火というものがあるじゃろ? 火の玉がユラユラとするもの。あれは、生前の形を形成できないで燻っているものの〝魂〟なのじゃ】
「なるほどねぇ。一つ質問を追加していいか?」
【うむ。答えられることならば】
「スミレは、どうしてそんなことを知っている?」
【これは〝朱鷺尾〟の家が関係しておる】
「〝朱鷺尾〟? モモカの家が?」
【〝朱鷺尾〟の家は今で言う易者か占い師か……まあ、そのような霊的な力を持っており、古くからそういう生業をしてきた家なのじゃ】
スミレはモモカの家の分家だったな。
「その話しについて、詳しく話せるか?」
【いや、無理じゃ。ワシが生前の頃の記憶も合わせてもこれだけ。〝朱鷺尾〟については、それは古い話しじゃからのう。先ほど話した内容も真かどうかもわからぬ。時が経つにつれ、その力を持つ者は少なくなったからのう】
確かにこの便利な世の中で、摩訶不思議だけど役に立たない力を伝える意味は必要無い。
何が楽しくて物心つく前、小さいガキの時からイラつくもんをたくさん見ないといけないって話だ。
ただ、〝魂色〟――スミレは紫色、ケンシンくんとマリナちゃんは黄色、この色は俺とこの三人を結ぶ糸と同じ色。偶然にしては出来すぎ。
考えたくないけど、魂色はこれらと何かしら関係があるかもしれない。もしかしたら赤色と紫色の糸を切る方法があるかも。今度、ちょっと調べてみるか。
【話しは終わりました? さっぱりチンプンカンプでしたぁ。はあ~】
知っても雑学の内には入らないからな。こんな信じられない話を披露したら頭がおかしい奴と思われるわ。
【ですが、あの化け物さん、また襲ってくるんでしょうか? そう思うと私、怖くて心配で夜も眠れません】
【あの黒い者、獣の幽霊じゃろうか。それとも真に妖怪の類か。初めて視たのう。しかし、魂だけの幽霊を食おうなどとさっぱり意図がわからぬ】
多分、わからないけど〝幽霊〟だけを狙っているような感じがする。スミレに襲い掛かり、俺を無視して女を狙った。俺が竹刀で叩いても俺には何もしてこなかった。普通、やられたらやりかえしてくるものなのに。
幽霊か妖怪かどっちかわからないが、早い話、この現代社会で不気味なことをするなと言いたい。今度見つけたら必ずブチのめしてやる。
「とりあえず、ケンシンくんとマリナちゃんはここに居た方がいいかもしれない。また、襲われでもしたら大変だ」
【うむ。そうじゃ、な。しかし、今思い出して思うが……レンヤ?】
「ん?」
【驚いたぞ。怒ってあの黒い者に立ち向かっていこうなどと……。もし次に遭遇しても、一人で立ち向かうことはやめるのじゃぞ】
「無理」
【お、おい、レンヤ】
「無理だ。次にあいつと遭遇したら、俺は絶対あいつをブチのめすよ」
【やめよ。この件に関してはワシが何とかする】
お前に任せてどうなることでもないだろう。それに、
「俺が怒っている理由な、あいつがケンシンくんとマリナちゃん、二人にしたことに対して怒っているんだ」
ベッドの上の二人に目を配る。
事故で亡くなり、幽霊としてあの場所で良いことをしている二人が、どうしてあんな理不尽な仕打ちを受けないといけない。
【それはわかっておるが、しかし、危険じゃ】
【スミレさんの言う通りですよ、あなた。相手は化け物なんです】
女は詰め寄って俺の腕を掴んできた。
「だから?」
【だから、って……。だ・か・ら! 危険なんですよ! 危ない化け物なんですよ! デンジャラスなんですよ! 死んじゃうかもしれません!】
【うむ、娘の言う通りじゃ。生身の肉体であるレンヤが関わるのは危険が大きすぎる】
「じゃあ、俺が死んでいればいくらでも関わってもいいのか?」
【そうではないが……。だが、しかしじゃなぁ】
【あ、危ないから危ないと言っているんですよ!】
お前らは俺の保護者か何かか? ママ、トイレ行きたい、とかいちいち子供が親に言うみたいな感じで何事も報告されたいのか?
「しつこい。あいつへの怒りはなぁ、あいつをブチのめすことでしか納まらないんだ。これは俺の我侭だが、けど、絶対に譲らない」
じゃないと、ケンシンくんとマリナちゃんの二人は安心して〝約束〟を守ることができない。
ううぅ……、と唸るスミレと女が俺を凝視してくる。犬みたいだな、お前らは?
「文句あるなら、言え」
いくらでも聞いて、いくらでも言い返してやるから。
――俺の視線とスミレ、女、二人の視線がぶつかり合う。
睨み合い、というか、俺としては何か言ってくるのを待っている側なんだが……女の奴は目を背け始めていた。
スミレの方をチラチラ目配せしている。もう他人任せか?
【ふー……。レンヤの気持ちはわかった。好きにするがよい】
根負けしたのだろう、息を吐き出したスミレは視線を違う場所に流して言い放つ。
【なっ! ス、スミレさん! そんなことダメですよ!】
真っ先に俺から逃げたくせにどの口を出すんだ、この女。
【じゃが、極力は危ないことはせんと約束してはくれぬか?】
スミレの奴、一応釘は刺すようだ。
【そ、そうですね。そうですよ。危険な目に遭うのはダメですけど、極力危険なことはしないと約束してください】
お前らは俺に譲る気があるのか、ないのかどっちなんだ?
危険な目に遭うのは俺じゃなくて、お前らの方が危険だと俺は思う。狙われるとしたら〝幽霊〟の身であるお前らの方かもしれないのだから。
だが、これは言わないでおこう。根拠もないし。スミレはそうでもないが、女の場合は恐怖心を与えるだけだ。
「……ああ、はいはい。わかった。極力はしないようにするよ」
【うむ、そうか】
【よかった。一安心ですね】
と顔を見合わせている二人と約束を一応取り付ける。約束はしたが、危険の判断基準は俺自身が決めるから文句を言ってきても聞かないけどな。
翌日――。
昨日、目覚めたケンシンくんとマリナちゃんに詳しく話しを聞いたが、二人はまったくわからないままいきなり襲われたという。
あの黒い奴、マジで{ピー}か? と思わずにいられなかった。
とにもかくにも、二人には安全のため俺の家に居てもらうことも説明。万が一のために、スミレが家に残ると言ってくれた。けど、
【ああ、怖いです。こうして昼間ですけど、いつ、あの〝黒い化け物〟が襲ってくるかと思うとたまらなく怖いです……】
学校での授業中――女も家に残ればいいのに俺についてきた。しかも、俺の半径三メートル圏内から離れようとしない。
【あなた、あなた! 何かあったら助けてくださいねっ! ねっ!】
口癖のように俺に言ってくる。どうしよう。今すぐしばきたい。