剣道部はこんな感じ
――翌日。
女+スミレにとり憑かれたまま俺は今日授業を受け、放課後部活前にフェルに呼ばれた。
訊いてくるのが遅いけど、訊かれることはわかりきっていたから、女とスミレに先に体育館に行くように言い、フェルの後について人気のない校舎裏の隅に。
「どういうことなんだ、レンヤ? スミレさん、成仏したはずじゃないのか?」
「訊いてくるの遅かったね?」
「いや、初めに見た時に訊こうと思っていたけど、何だか混乱してわけがわからなくなって……。いや、そんなことはどうでもいい。どうしてスミレさんがいるんだ?」
俺はフェルに昨日聞いた話をしてやる。と、
「そう、なのか……」
「そう。昔話にあるタヌキの恩返しらしい」
「ああ、そうなんだ……」
――ダメだ。タヌキじゃなくてツルなのに、こんな簡単なツッコミさえもできないほど理解が追いついてないらしい。俺も昨日のスミレの言ったことはさっぱり理解できなかったけど。
「まあとりあえず、気にしなくてもいいし、気を使うこともないってことだよ」
「う、うん。そっか。うん。でも、律儀だな、スミレさん」
「そうだな」
けど、律儀とかそういうことはいらないんだけどなあ。問題が増える一方だから求めてもいないし。
「とりあえずいつも通りにしていてくれ、フェル」
「わかったよ。じゃあ、戻ろうか」
軽くフェルに頷いて体育館に向かう。
体育館の入り口にてチラホラと目に付く女子生徒たちに、今日も多いな、などと思いながら体育館に入る。女とスミレが壁際で見ており、フェルは二人だけに分かるように会釈した。
「さあ、稽古を始めよう」
と部長であるフェルの掛け声が響くと、駄弁っている部員たちが重い腰を上げる。
――こっちはこっちで面倒くさいなぁ。男子女子ともに部員はやる気が目に見えてなくなっているし、女子部長までもう体たらくか。モモカぐらいが稽古前の精神集中みたいなことをして静かに待っていた。
川原で一人稽古していたほうがマシな締りの無い部活動が始まる。
部活休んで川原行こうかなぁ……。
【フェルは、部長とやらに向いておらんのう】
学校から帰ってきて、物足りない稽古の穴埋めをするように川原で一人稽古をしていると、スミレが口にした。
それは言うなよ、と思いながら素振りをする竹刀を止める。
【今日の稽古を見ておったが、前よりも一層酷かった。無気力の塊が稽古をしておる】
俺は竹刀の構えを解き、スミレと女の近くにあるベンチに腰掛ける。
「だろうな。俺も稽古不足だからここで稽古しているし」
【よいのか?】
「よくはない。けど、これは俺が率先してどうかしようとも思わない」
【フェルが言わないといけないこと、か?】
「それもある」
【でも、どうしてそんな無気力になっちゃったんですか? 初めて見たときは、すごく精力的に稽古を行っていましたよね?】
女の質問にスミレが、そうなのか? という目を向けてくる。
「〝問題があってその前に原因があるから〟」
【さっぱりわかりません】
「無気力っていう問題があって、その問題が起きる原因があるってことだよ」
【えっと、無気力っていう問題があって……その問題が起きちゃう原因があって……これ、なぞなぞですか?】
「もう考えるな、このアホ女」
【だってわからないですよ、こんなの!】
【娘、少し黙って聞いておれ】
【なぁっ! スミレさんまでそういうこと言う! 酷いです!】
「お前、いいから黙れ」
はい……、と少し項垂れて大人しくなる女。
【まずは〝原因〟を訊きたいのう】
「〝原因〟はフェルだ」
【何でフェルさんがっ!】
「おい、コラァ。一々、話を止めるな」
【はい、すみませんです。私は聞き耳をたてるコンクリートの壁です。コンクリートの壁は何も喋らないです。コンクリートの壁は硬いです】
【え、えらく打たれ弱いコンクリートじゃがのう】
女の落ち込みがかなりすごかった。
【で、話を戻すがどういうことじゃ、レンヤ?】
「部活の練習中、部活もしていない女子生徒の数が目立っただろ? あれはフェルに憧れて遠巻きに見ている連中なんだ」
【そうなのか? ただの稽古じゃというのに、なぜこんなに集まっておるのか疑問ではあったが……。じゃがしかし、だとしてそれが何なのじゃ?】
「簡単に言うと、アホな理由で入部するアホが多いってこと」
【詳しく言てくれ】
「入学したての一年生――男子の場合は見に来る女子の多さに、〝剣道ってこんなに女の子に人気があるんだ〟。女子の場合はフェル本人を見て、〝あんなカッコいい人とお近づきになりたいな〟。などと、アホな幻想を持つ奴がいるってこと」
無言で黙ってしまうスミレ。
「今年も新入部員は多い。去年も多かった。けど、去年は中間テストの時期には数人を除いて辞めた。剣道に限らず、運動系の部活動はしんどいからな」
それが当たり前なんだけど。
【なるほど。剣道が人気あるのではなく、フェルが人気あるというわけか】
「ああ。俺が一年や二年の頃、部長や先輩たちはけっこう厳しく稽古をやっていた。けど、フェルが部長になってからはそういうのが一切ない。それがスミレの言う、フェルが部長に向いていないという話しに繋がる」
【それはレンヤとか他の者がやればいいのではないか? なぜフェルを部長にしたのかがわからんのじゃが?】
「フェルを部長に指名したのは前の部長。前の部長が何でフェルを部長に指名したかという理由は、フェル本人にそういうことをやらたいってフェル以外の俺たち今の三年に言ったんだ」
【ふむ。そういうことか。その前の部長の子の気持ちはわかるのう。フェルは昔から優しい子じゃからな。じゃが、その優しさは脆くて弱い心でもある。それを克服しなければいかんというわけじゃな】
「まあな」
【あ、あのー、ひひ、一つ訊いても、いいですか?】
おずおずとコンクリートの壁、もとい女が手を挙げて訊ねてきた。
「何?」
【えっと、ですね。あなたはそれでいいんですか? もし、フェルさんが厳しくやって、後輩さんたちに憎まれでもしたら……】
「憎まれ役は俺や他の三年もやる。というか俺が部長だったら、まずやる気のない奴は辞めさせる。真剣にやらないんだったら部にはいらないから。俺や同級生の剣道部員は大体同じ気持ち。辞めた奴らと違って、何やかんや二年以上一緒にやってきた仲間だからな」
【はあ~】
何、その溜め息? というか、その煌いた表情は何なんだ、女?
【そうですよね! 私、そこまでわかりませんでした! 憎まれ役を引き受けるなんて、あなたや他の三年生の方もすごく良い人です! 私、感動しちゃいました!】
いや、筋を通した普通の話しだろ、これ? 感動しねぇよ。
【レンヤの言う〝原因〟はわかった。じゃが、これは〝問題〟と一緒ではないのか?】
「いや、別だよ。〝原因〟があって〝問題〟が起きる。その〝原因〟から生まれた一つの要因が間にあるの。それは前に女子の部長が新一年生と試合して負けたってこと。その勝った新一年生がモモカだったってこと」
【モモカが、か……? あのお喋り好きの泣き虫甘えん坊の曾孫が〝試合〟を、のう……】
「まあ、そういうことがあったんだ」
【剣道をやっておった子たちからしたら、それはやる気が下がるのう】
【あれ? それだと、女子剣道部員の方にしか当て嵌まらないんじゃないですか?】
「いや、女。これは男子女子両方に当て嵌まるよ。女子の部長は実力も相当あるんだ。そいつが入部したばかりの新一年生に一瞬で負けたんだ。前まで小学生だった奴に。見てて普通どう思う?」
【……天才美少女、現る……?】
美しょ……? いや、まあいっか。
「そう思う奴もいるかもな。モモカの実力は、剣道部じゃ一番。全国でもトップクラスだと俺は思う」
【マジですか!? さすが天才美少女です!】
お前みたいな思考を持った部員ばかりだったらどれほど楽だろうか。
【ふふ、うふふ、天才……うふふ、美少女……ふふ】
妄想にトリップした表情で女は笑みを浮かべた。
何でこの女気持ち悪い顔してんの? 別にお前のことでも何でもないのに?
【一年生はともかく、それを目の当たりにして、真面目にやっておった二年生の部員たちに弱さが生まれたのじゃな】
「そう。しかも、元々剣道に対してアホな理由で入部した奴らがいるから、やる気の低下は伝染病のように部内に広まった」
壁にぶつかることなんていくらでもあるのに。俺なんかぶつかりまくなのになぁ。
【じゃが、このまま放っておいてよいのか? レンヤたち三年は夏の大会が終われば引退であろう。時間があまりあるとは思えんぞ?】
「だろうね。俺の推測だと、三年の男子数人はそろそろ限界ギリギリだろうし、小学生から幼馴染のフェルとモモカの仲をどうこう勘ぐるアホもいるだろうし、と色々悩みの種が多いなぁ……まあ、今考えの面倒くさいけど」
【それは面倒くさいの一言で片付けてはダメであろう?】
「いいんだよ」
【ん?】
「アホな奴はな、地雷を見つけてそれが何なのか知らずに踏むんだ。どういうことが起きるかわからない、どうなるか知らないからアホなんだ。だから、爆発して痛い目に遭ってほしいと思う」
収束しようと突き詰めた時、その痛みを大きくしていたのは自分だとわかるしな。
【――……。レ、レンヤ、おお主、少し怖いのう……】
「けど、一番手っ取り早い方法だぜ?」
スミレは一歩二歩と後ずさる。冷や汗を流した蒼白な顔色は引き攣っっていた。
「まあ、フェルがきちっと筋を通せば一番良い選択。何せ俺は、味方するだけで済む」
起こらないことに越したことはないのは事実だからな。
【そ、そうか】
「もう遅いから帰るか。おい、女? いつまで夢見てやがる? 帰るぞ」
と立ち上がりながら未だにトリップしている女に言う。
【私、天才美少女なんです!】
「アホ女は成仏してください」
俺はそれだけ言って歩き出す。
川原を跨ぐ線路の鉄橋――頭上から無機質な映える明かりを辺りに照らし、静けさを誤魔化す音の余韻を残して電車は走り去って行く。
【あ、ちょっとっ! 待ってくださいよー!】