図書室と体育館外での出来事
翌日の放課後。生徒が少ない静かな図書室にて一応調べ物に励む。
女は日課になっているフェルの熱心なストーカー行為。今は俺とスミレの二人。
周りから見れば俺一人だけだから、二人だけというのも御幣だけども。
【どうじゃ? 載っておるか?】
戦後に全国の学制改革が行われ、生徒数の増加によってこの中学校が新設分校されたのが四〇年代後半。
それから十年余りの卒業記録をザラッと調べてみたのだが……、
どうしてか、スミレの弟さんはどこにも〝載っていない〟。
「スミレ? 弟は本当にいるのか?」
【何を言っておる? いると言っておるから、こうやって探してもらっているのじゃぞ?】
幽霊の記憶は曖昧な部分がある可能性あり。あの女などは昔の記憶を一切持っていないし、そうなるとスミレの場合は記憶の勘違いということもありうるか。
【もしかして、載っておらんのか?】
「うん。載ってない」
【どうしてじゃ?】
「俺に訊かれても知らん」
【そんな、どうしてじゃ……】
ただまあ、記録を調べている最中にスミレの存在自体は確認できたのは確か。
スミレの卒業年度の記録を取り出し、一枚の白黒写真のページを開ける。
「見てみろよ、スミレ」
【うん? 載っておったのか!】
「スミレが載っている」
と白黒写真に写る一人の女子生徒を指差す。
【何をしているのじゃ! ワシのことはどうでもいいじゃろう!】
「そっくりだなぁ、と思って」
【当たり前であろう】
「まあ、この写真より、実際に見た方が綺麗。うん、美人」
【なっ! そそ、そのような戯言……やめぃ……】
消えていく語尾を残し、モジモジと恥ずかしがって顔を背けるスミレ。
その態度はやめてくれ。恥ずかしいのか? それとも本気でやめてほしいと思っているのか?
俺は写りの悪い色あせた白黒写真と比べて思っただけなんだが、ともう一度白黒写真に視線を落とす。
【うぅぅ。もう、そんなに見るでない!】
スミレの両の手が伸び、強引に卒業記録を奪うと懐に抱えて後ろを向く。どうやら本気で恥ずかしがっているよう。
【レンヤの阿呆】
呟くような声で言ったんだろうけど、静かな図書室ではよく聴こえた。
誰かさんの為に調べてやっているのに阿呆かよ。
しかしまあ、スミレは載っていても弟さんは載っていないところを考えると、スミレの弟さんは実在しない、記憶の勘違いという路線も顧慮し、勘定に入れておくべきか。
「とりあえず今日はここまでにして次の手を考えよう。そろそろ、俺も部活に行かないといけないし」
【う、うむ、そうか。レンヤは部活動があったのう。すまんな、時間を使わせてもらって】
「いや、いいよ。俺は部活内でも結構、融通が利くポジションにいるから。気にしなくてもいいさ」
【そ、そうか。あ、ありがとう、レンヤ……】
人気が少ない放課後の図書室で、幽霊の女の子と二人っきり。彼女は、恥じらいながらもその潤う小振りな唇からお礼の言葉を口にする。
いや、スミレ。変な雰囲気を出すの、やめてくれない?
体育館にスミレと共にやって来ると、外でモモカと女子剣道部の部長が何事か話していたのが終わった時だった。
女子剣道部の部長が教室に入って行くのを見て、
「どうしたの?」
と体育館に入ろうとするモモカを呼び止める。前に女子の部長を打ち負かしたってフェルから聞いていたから少し気になって。
「あ、レンくん」
「モモカ、何を話していたの?」
「あのね、日曜日に部活をお休みしますって言ったの」
日曜日? 明後日……。ああ、アレか。
「日曜日は曾お祖母さんの三回忌だったね」
「そうなんです。明日の夜から準備で大忙しなの。朱鷺尾の家の親戚がたくさん来ますから」
「そっか」
曾お祖母さんだから、子供に孫に曾孫、もしかしたら曾々孫もいるかもしれない。
俺もだいぶお世話になった人だからなあ。お墓参りぐらいはしたい。と考え、
「ねえ、モモカ?」
「はい、何ですかぁ?」
「よかったらでいいんだけど、僕もモモカの曾お祖母さんにはお世話になったからさ、お墓参りをさせてもらいたいんだ。いいかな?」
「あ、だったらレンくんも来ます?」
「それはいいよ。三回忌だから、他人の僕が行くのもまずいでしょ」
「そうですか」
「お墓がある場所だけ教えてもらえるかな? フェルと一緒に二人で行ってくるよ」
「チーくんもですか? お二人がお参りしてくれるのなら、曾お祖母ちゃん、それはきっと大喜ですよ」
フェルなら必ず行くと言うだろしね。
「じゃあ、あとでメモに書いて教えますね」
「メモ?」
「はい。宗家である朱鷺尾家のお墓、同じ場所にたくさんの分家が入り乱れてあるので、間違っちゃいます」
いや、それはいくらなんでもないだろう。自分と同じ苗字の人のなんだから。それよりも宗家と分家って……。古くからある名家ってそういうもんなのか。
と考えつつも、一応、
「うん。ありがとう」
「外で何をやっているの、二人とも?」
会話終わりに防具を着たフェルが外に出てきたところ、訪ねてくる。
「あ、フェル。すぐ練習に入るよ」
「チーくん。レンくんが良いお話があるそうです」
「良いお話? 何かな?」
その言い方、独身女性にお見合い話を持ってきた母親みたいだよ、モモカ。
「モモカの曾お祖母さんのお墓参りに行かないか、っていう」
「お墓参りか。それはいい考えだ」
「モモカは日曜日に三回忌だから、僕たち二人で、という話」
「いいよ。すごくお世話になった人だからね。俺は行くよ」
「じゃあ、詳しくは帰りにでも」
「そうだな」
と、ここで話しをちゃんと終わらせ、体育館に入ろうとすると、
【〝トキオ〟? 〝ときお〟? 〝朱鷺尾〟?】
スミレが同じ単語を連発している。けどそれは怪訝で、何かに引っかかる風な様子でいた。