見知らぬ女子生徒と校舎裏で
ここ数日程、女はフェルに変な感覚を与えないように間合い、距離を取ってジロジロチョロチョロとしていた。
フェルの遠巻き連中が見たら、間違いなく文句言われて袋叩きにされかねない行為なんだが、惜しいかな、あの女は幽霊。俺が注意しても女の頭は鳥よりも物覚えが悪い。
フェルに迷惑をかけないことだけを祈りつつ、どんな些細な被害でも出したら、あの女にストーカー規制法を適用させてやろうと考えていたのだが……。
体育館での練習中、〝見知らぬ女子生徒〟が入ってきた。
何だ? フェルの遠巻きの一人か?
前髪が一つに纏められて広いデコが光り、横髪が長い後ろ髪と一緒に菫の花飾りの簪で留められていることに変わった髪型。
セーラー服を身に着けているところを見ると、どことなく古風な雰囲気を色濃く感じさせる女子生徒。
誰? と思いながら眺めていると、彼女はゆっくり歩いて練習中の剣道部員がいる体育館ど真ん中に移動。誰も気付かないことにあの女と同じ類かと嫌な見当が付き、視線だけで追うことに。
切れ長で眼光鋭く、冷徹な印象を与えるけどどことなく気品があって美人な部類に入る。背丈が少し小さいから中一、中二ぐらいか。年下だろうけど、モモカのようなちんちくりとまでとはいかない。大人ぶったちんちくりという感じ。
女子生徒は体育館のど真ん中で腰に両手を当てて周りを見回したので、目を合わせたら終わりだ、と思い至って視線は違うところに。
女子生徒の視界から俺が外れたのを確認し、再度目を向けると、
【何ですか? あなた? キャー!】
俺だけに聴こえる大きな声で悲鳴を上げ、フェルの周りでジロジロチョロチョロしていた女はジタバタしながら着物の衿を捕まえられていた。
幽霊の中に、ストーカーを取り締まる風紀委員でも存在するのか? いや、風紀委員の仕事はそんな仕事ではなかったはず。
などと思ったら、何事か話し合いをする女子生徒と女。女が俺を指差すと、女子生徒がこちらにキッとした目を向けてきた。
ああ、目が合っちまったぁ……。あの女、あとで集合。
ドスドスと足音を響かせるような足取りで女を引きずりながらやって来る女子生徒。
【おい、貴様】
見上げているくせにえらい上から目線。
うーん、できればちょっと人気のないところに行こうか、お前。
【貴様は視えて 聴こえておるのじゃろ?】
睨み付ける眼光に鋭さが増す。どうやらお怒りの様子だけど、怒られる理由がさっぱりわからない。
【貴様らに言いたいことがある】
聞きたくないけど、お前には文句が言いたくなってきた。
【おい? 聞こえんのか? 返事をせんか?】
ちょっと待て、こら。あとでどんな返事でもしてやるから。と内心イラつきながら、
「フェル?」
「ん? な、何だ?」
「僕、ちょっとトイレ行ってくるよ」
「あ、ああ……。わかった……」
少々怪訝なフェルに了承を取る。
気にせずに小手と面を外すと至って普通に俺は体育館の外に向かい、女子生徒は女を引きずりながら俺の後をついて来た。
――何時だったか、女に文句をブチまけてやった校舎裏。
【貴様、名は何と申す?】
「まず、お前から名乗れ」
【何じゃと?】
女子生徒の表情が、雰囲気がより一層険しくなる。けど、そんなの関係ない。
「人に名前を訪ねるときは自分からしろ」
【貴様、言っておることは間違っておらぬが、その口の利き方はなんじゃあ!】
「口の利き方の問題は関係ない。俺が間違っていないなら、お前が間違っているということが問題。お頭が足りているか?」
【良い度胸をしておるな、貴様】
「褒めくれてありがとう。何かくれんの? 何もいらないからさっさと成仏して。俺、部活動に戻りたいの」
【――……】
女子生徒は押し黙るが、衰えない眼光はそのまま。地面でへたり込んでいる女は怯えている。どうでもいい。
【ワシの名は肥後スミレ。貴様の名は?】
成仏しろよ、お前。とイライラしながら思うけど、礼儀を弁えてきた手前、無視するわけにはいかなくなった。
「湊レンヤ」
【湊レンヤ?】
首を少し傾けて考え込む様子の女子生徒。
【湊レンヤ、とな……。貴様の名、何だか聞き覚えがある気がするのう】
俺はお前のことは一切覚えがないけどな。
【それより、貴様。貴様ら剣道部とやらは弛んでおる!】
「はあ?」
何言ってんだ、こいつ?
【ずっと見ておったが、何じゃあの生ぬるい稽古は! それに声も全然出とらん! 腹から声を出さんか! 腹から!】
はい? お前、新しい顧問か? 幽霊が顧問とか斬新だわ。学校も思い切ったことやりやがったなあ。というか、
「お前、部外者だろ? 関係ないんだから口を出すな」
【部外者ではないわ。この学校の卒業生じゃ】
だからセーラー服なのか。一体何十年前の卒業生だ。
「今現状で関係していないんだったら無関係の部外者だ」
【何じゃと】
「お前はこの学校の卒業生。ということは俺の先輩。だけどな……」
【後輩じゃったら口の利き方ぐらい直さんか!】
「お前は人の話を最後まで聞けないのか? 俺がまだ話している最中だろ?」
【う、うぐぅ……】
口をへの字に閉じるスミレ。
俺の言っていることのほうが正しいだろ。言い返すことができないんだったら最初から黙れ。
「幽霊のお前が言っても意味はない。剣道部員の誰一人にも伝わらないからな。それに今、剣道部が弛んでいるというのは、俺はわかっている。でも、どうするかは部長が……」
【知っているんじゃたら、何故貴様は何もせんのじゃ!】
再度、話している途中であることに、プチンと頭の中が切れる。
「てめぇは{ピー}の{ピー}か?」
女子生徒の顔面が真っ青蒼白のドン引きに変わった。
「一回、てめぇの脳ミソはトイレに行って、{ピー}から捻り出した{ピー}と一緒に流してこい」
陸に揚げられた魚みたいに口をパクパクする女子生徒。
「俺が話している最中だろ? てめぇ、{ピー}にも劣る{ピー}の幽霊だな。{ピー}は{ピー}ばっかりで困るんだよ。{ピー}は{ピー}の中で{ピー}してろ」
衝撃――羞恥――憤怒。三面変化。
【き、貴様っ! よくそんな下品で侮辱的な言葉を! そこになおれ! その腐った性根を叩きなおしてくれるわっ!】
「いい歳こいたババアがいつまでもこの世で迷子になるな。さっさと成仏しろ、{ピー}」
【貴様!】
スミレが激昂して左手を大きく振りかぶり、風を切る音さえもないのにその左手の平手は俺の右頬を見事に叩いた。
【はぁ、はぁ】
こいつ、〝はた迷惑な幽霊の仕業〟ができるのか。幽霊に叩かれるとか、初めての経験だ。
尚も屈辱的な怒りを込め、悔しさの涙を溜めたスミレの瞳が俺をギロッと睨む。
「――……」
もういいや。言いたいこと言ったし、関わりたくないから戻ろう。俺は踵を返すと、
【貴様、どこへ行く! まだ話は終わっておらんぞ!】
「終わったよ。お前が手を出した瞬間にね」
【何じゃと?】
「やることないんだったら、早く成仏しろよ。バイバイ」
俺は体育館に戻るため歩き出す。
この世の中、全世界に存在する幽霊が、あの兄妹のような子たちばかりだったらいいのになぁ。
そんな、無いものねだりをしてしまう。




