親友の悩み
小手を外し、面を外して大きな息を吐き出す。
角材の格子窓の間から、夏日の日差しが漏れるだけの喧騒から離れた静かな剣道場。
俺とフェルは壁際で正座し、床に広がる程よい涼しさに気持ち良さを覚えながら吹き出る汗が冷えないようにタオルで拭く。
「久しぶりにやってみて、調子の方はどうだった?」
「フェルから見てどう?」
「テスト明けや部活に出られない日もあるレンヤは腕が鈍っている。すぐに一本を取れた」
昔、人の勧めで近所の川原で一人稽古していたけど、最近は色々とあってサボっているからなぁ。
「だけどそれ以外に違うような、おかしい感じがある」
正解だよ、フェル。日頃の行いは悪くないと一応の自負はしているのに、ここ最近は絶賛不調キャンペーンの真只中だ。
「感覚的にしか言えないが、レンヤの心が乱れているような気が……」
まったくもってその通り。乱している奴が俺と君の五メートルほど左隣でこちらを凝視しているからね。
「よくわかるね、フェル」
「レンヤのことは大体わかるよ」
「さすが親友だ」
いったいどこを見ているんだ、というようにフェルは目を逸らす。
「レンヤ、お前……」
「何?」
「そんな堂々とよく言えるな?」
「長い付き合いだからね。僕は、君ほど信用できる人はいないよ」
「……そ、そうか……。あ、ありがとう……」
照れている所為か、それとも運動したあとだからか、耳まで真っ赤にしているフェルの姿に俺は笑みがこぼれる。
「そろそろ終わろうよ? モモカも待っていることだし……」
立ち上がろうとする俺の腕を不意にフェルが掴んだ。
「ん? 何?」
「なあ、レンヤ……。ちょっと……話があるんだ……」
するとフェルは辺りに視線を配り、誰もいないことを確認すると躊躇しながら、
「Pienso que no soy conveniente para mí, un director (俺、部長には向いていないと思うんだ)」
――……それ、話しにくい話題だな。
「Es tal una cosa; ha él (そんなことないよ)」
「No, a.. qué es imposible hacer, yo (いや、無理だよ、俺には)。Todo el club del kendo es con problemas como él es (このままだと剣道部全員に迷惑がかかる)」
「Pienso demasiado (考えすぎだよ)」
「Pero yo quién no puede pegar el Momoka es director …… (でも、モモカにも勝てない俺が部長なんて……)」
モモカは強いからね。中学になってからモモカと試合をしたことがないからわからないけど、練習を見る限り、昔と変わらずやっても、剣道では勝てる気がしない。天性の素質にあの集中力が加わったモモカの強さは尋常じゃないから。
「Mientras estaba ausente de las actividades del club por el negocio del concilio del estudiante, el director de la muchacha se ha derrotado (君が生徒会の用で部活を休んでいる間、女子の部長が負けてしまったんだ)」
あらら。部員のやる気、モチベーションが落ちただろうね。それとだから、言語をこっちを選んだのか。
「El juego había terminado por un momento (勝負は一瞬で終わったよ)」
なるほど。それを見て、君自身に焦りが出た、と。君は、そういったものを内にドンドン溜め込む節があるから、感じなくてもいいプレッシャーを自分自身で作ってしまうね。
「Es.... por el poder del hombro un poco más (もう少し、肩の力を抜きなよ)」
「Pero……(でも……)。Si tal un estado continúa; menos el número ...... inmediato en una reunión del verano, yo (こんな状態が続けば、夏の大会ですぐ負けてしまうよ、俺)。¿No se pone impaciente? (君は焦らないのか?)」
フェルは正座の姿勢のまま俺に向く。
そのフェルの表情は不安と焦り、奥底にあるのはモモカの剣道の強さに対する劣等感で塗り固められていた。
気持ちはわらかなくもないが、俺は大会でも三、四回勝てればそれでいいと思っている。〝剣道をする理由〟、その姿勢が君とは違うからね。
「¿Los kendo se olvidaron de haber sido enseñados.. qué no era una cosa para competir para victoria o derrota? (剣道は、〝勝ち負けを争う為のものじゃない〟、って教えられたのを忘れたのかい?)」
ハッとした表情でフェルの視線が落ち、俯いた。
「El kendo es un corazón y una cosa para fortalecer un cuerpo (剣道は心と身体を鍛えるためのもの)。Debe hacer su kendo (〝君は君の剣道〟をすればいいんだよ)」
「¿Es. para que?…… (そ、そうか……)。Es para que (そうだな)」
フェルの表情が曇り空から一変して、晴れ晴れとした空のようになった。どうやら吹っ切れたようだ。
「Gracias (ありがとう)。Un sentimiento aclaró gracias a gracia (お蔭で気持ちが晴れたよ)」
「Es bienvenido (どういたしまして)。Un amigo íntimo (親友)」
ドキッと照れたフェルに、俺は静かに微笑みかける。と、
「レンくん、チーくん? お二人とも、お稽古は終わりましたかぁ?」
白いワンピースに赤色チェックのカーディガン姿のモモカが剣道場の入り口から入ってきた。
「今、終わったところだよ、モモカ」と俺はすぐに答える。
「ちょうどよかった。四阿でおやつでも食べましょう。疲れが癒えますよ」
とても無邪気な笑顔――モモカは甘いものが好きだからな、と思う。
「Olvídese de la historia de un poco mientras hace (さっきの話は忘れて)」
「Lo entiendo (わかった)」
フェルと俺、二人の距離だけで聴こえる小さな声で最後に話す。
けど、どうしたものか……。フェルの気持ちは晴れて何とかなったけど、剣道部員の面々がなぁ……。
「レンヤ、着替えてご馳走になろう」
「あ、うん。そうだね」
それはおいおいと考えるか、と俺は着替えるため剣道場を後にする。