ペットがいる日常? いや、怪奇現象がいる日常。
ゴールデンウイークが明けて数日。中間試験の最中ということで部活動がなく、午前で学校が終わると真っ直ぐ家に帰ってきた俺は、母さんから、
『朝にレンちゃんのねぇ、お部屋をお掃除しようと思ったらぁ、何だか周りに置いてある物が勝手動いたのよぉ。何かぁ、動物でも内緒で飼っているの? ハムスター? 良かったらぁ、お母さんにも見せてぇ』
とボケボケとした感じでこう言われた。
あれは一匹として数えたらいいのか? それとも一頭? 一羽とかか?
というか内緒で飼った覚えはないし、飼えるような可愛いものでもない。ペットじゃなくて化け物だから。
餌や散歩といった面倒が掛からない分、それはそれでいいかもしれないが、存在自体が迷惑極まりないからトントン、いや、圧倒的に面倒だわ。
さて、あのアホは何をやらかしたのか、と階段を上りながら頭の片隅しか使いたくないこと考えて部屋の扉を開けた。
【あ、おかえりなさい、あなた】
この台詞、ちょっとおかしく考えれば家に帰ってきた旦那に向かって奥さんが言う台詞に聴こえる。
【ちょっと見てください、これ。これですよ、これ】
と女は手に持っているぬいぐるみを見せびらせてきた。
これ、視えない人にはぬいぐるみが宙に浮いているようにしか見えないんだろうな。
俗に言う〝ポルターガイスト〟。はた迷惑な幽霊の仕業というやつ。
【暇だったんで、何となく色々していたらこれです。すごいでしょ! 私、物に触れるようになったんです!】
赤ちゃんが立った、みたいな言い方するな。お前と赤ちゃんを比べたら、赤ちゃんの方が数億倍すごい。あと、暇で色々するな。迷惑だ。
【すごくないですか! 私、幽霊なのに物に触れるんですよ!】
二度も同じ意味合いを言うな。そんなスキル、お前は一切使えなくて結構だ。
でも、待てよ……。俺はふと疑問に至り、女に近寄っていく。
【ほらほら!】
女は小さな子供のように嬉しそうにはしゃいでいる。
そこへ、上半身を捻り、腕を大きく振りかぶり、拳に力を溜めて、
【すごいでしょ! こんなこと、他の幽霊さんにはきっとマネできま……】
女の顔面に目掛けて思いっきり右拳を振りぬく。
【せん……よぉ……】
見事に俺の右フックは女をすり抜けた。
「チッ、ダメか」
こいつが物に触れるんだったら、いけるかなぁと思ったんだが。あの兄妹にも触れられなかったし、やはり昔のようには無理か。
【ななな、何で殴るんですか! いきなり!】
「え? 俺、そんなことしていない」
【舌打ちして『ダメか』と言っておきながら平然と嘘をつかないでください! 私を殴ろうとしたでしょ!】
「勘違いだ。お前に右フックをブチ込んでやろうとしただけ」
【同じです! それは、お・な・じ・です!】
「へー、そう」
【しれっとした顔で。あなたの性格は恐ろしいですね】
「俺はお前がやっていることの方が恐ろしいわ」
【私が恐ろしいですって? どうしてですか? 言ってみてくださいよ?】
どうしてこいつは、自分がどういう存在か、ということを忘れるかなぁ。
俺は鞄を机に置き、椅子に腰掛ける。
「お前は人には視えないよな?」
はい、と頷く女。
「そんなお前がぬいぐるみを持っていたら、人はどう思う?」
【えっと、人は私のことが視えない。で、私がぬいぐるみを持っていたら……普通ですよ?】
「普通じゃねぇよ。人に視えないお前がぬいぐるみを持っていたら、ぬいぐるみが独りで動いているということだろ。それは普通じゃねぇよ」
【あ、それは確かに普通じゃないですね】
「そうだろ」
【そうですね。すみません。また一歩、怖い幽霊に近づくところでした】
大多数の人にとって、お前の存在自体が怖いわ。
【あ、そういえば。普通じゃないで思ったんですけど、何であなたはぬいぐるみなんて持っているんですか? しかも、こんなに?】
と言って棚に並べられたぬいぐるみを指差す女。
ぬいぐるみが部屋にあることが普通じゃなかったら、どういう部屋が普通の部屋なんだ? というか、
「前から思っていたが、お前の話は脈絡がないな」
【そうですかね? で、どうしてなんですか? もしかして少女趣味的な……え! そういう趣味があるんですか?】
「何を想像した、何を? 至っておかしいことは何もない。それにそれは全部、姉貴が作ったものだ」
【あなた、お姉さんがいらっしゃるんですか? 初めて聞きました】
あ、訂正していなかったな。まあ、どうでもいいや。
【すごいですねー、あなたのお姉さん。縫い目なんてものすごく綺麗。なぜか赤い糸で縫っていますけど。でも、とてもよくできています、このネコ】
「それ、クマだ」
【え?】
「姉貴が言うには、それはクマだ」
【えぇぇぇぇ! これ、クマ! だって、あの、その、ええぇ……?】
「とてもスリムボディなクマだろ? 冬眠したらそのまま永眠だよ」
【特徴とかほとんどネコなのに……。あ、これは絶対にわかりますよ】
と言って棚に手を伸ばして一つのぬいぐるみを手に取る女。
【カラスですね。ほら、黒くて羽がちゃんとあります。今まさに羽ばたこうと羽を少し広げていますよ】
「モグラ」
【はい?】
「モグラらしい」
【――……う、うそ……】
信じられないという顔してんなぁ。これを渡されたときの俺の内心と同じだ。
「嘘じゃないぞ。本人が渡すときに言ったんだから」
【つ、次です! 次こそ絶対に当てます!】
何? 姉貴が作った、姿かたちと動物名が一致しないぬいぐるみが何なのかを当てるゲームでもやってんの? 一生賭けても無理だぜ。
【爬虫類ですね。緑色です。長い舌を出してヘビのよう。けど、騙されません。手足があります。これはトカゲでしょう!】
「ドラゴン」
【みみっちいです!】
「ああ、みみっちいな」
【次! これは間違いないでしょう。背中が黒色でお腹が白色。嘴と羽。今度こそ鳥ですけど、これは飛べない鳥。まさしくペンギン!】
「クジラ」
【どうして!】
「似ても似つかないのになぁ。どうしてだろう」
【次! 次こそ当てます! これです!】
女が手に取った瞬間、あ……、と思った。
【次は絶対に間違いないと思いますよ! 服を着ていますけど、そういうキャラクターとして作ったと思います。犬のような耳ですが細い目であることから、ずばり、キツネ!】
「それ、俺」
【完敗です……】
ズーン、と手と膝を着いて四つん這いで落ち込む幽霊ってシュールな光景だな。何が悔しいのかさっぱりわからないけど。
「うん、まあ、もう大人しくしとけ、お前。明日でテストが終わるし、その次の日から俺の傍にいろ」
暇だからといって色々と騒ぎや迷惑を起こされるのもかなわん。
【また学校に行けるんですね、私? やりました!】
「勉強するから、黙ってくれないか」
【あ、すいません。わかりました】
女はぬいぐるみを棚に戻し、代わりに漫画雑誌を手に取ると寝転がって読み始めた。
……さっき言ったこと、もう忘れてやがる。とため息。
可愛いくて癒されるようなペットじゃなく、一般人にとって不気味な怪奇現象を起こす存在が隣にいる。
考えてもしょうがないので、放っておいて明日のテストに向けて俺は勉強を始めた。