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『第一話 カッパのみぃ子襲来!〜10年ぶりの転校生は、どう見ても河童でした〜』

キーンコーンカーンコーン。


朝のホームルームを告げるチャイムが、過疎化の進む村にひっそりと佇む『過疎化村立・限界中学校』に鳴り響いた。


3年A組の教室では、生徒たちが思い思いに時間を潰している。


その教卓の前では、担任の鈴村みこし先生が、何やら忙しそうに教卓をバンバンと叩いていた。


その手に握られているのは携帯ゲーム機。


画面からは派手な戦闘エフェクトの音が漏れ、先生の視線は完全にゲームの世界に釘付けだった。


「はーい、みんな静かにー! デイリーミッションの途中だけど連絡でーす!」


鈴村先生はゲーム機から目を離さないまま、適当に声を張り上げた。


「今日は我が『過疎化村立・限界中学校』に、なんと10年ぶりの転校生が来まーす!」


その言葉に、教室が一気にざわめいた。


「うおおお! 転校生だって!?」


モブ太郎が驚きの声を上げる。


「この陸の孤島に人が来るなんて奇跡だわ! 廃校寸前の我が校に救世主降臨よ!」


モブ子も興奮気味に叫んだ。


その瞬間だった。


ガシャァァン!!


教室の引き戸が、何かの事故でも起きたかのような凄まじい音を立てて開いた。


そこに立っていたのは、一人の少女だった。


頭の上には、ツヤツヤと光り輝くお皿。


そして、その周囲には不自然なほど滑らかな頭皮が広がっている。


彼女の名前は、田口カッパーフィールドみぃ子。


通称、みぃ子。


誰もが振り返るような超絶美少女でありながら、その顔には狂気的なまでの満面の笑顔が張り付いていた。


「みなさぁ〜〜ん! こ〜〜ん〜〜に〜〜ち〜〜はぁ〜〜〜〜!」


少女は両手を広げ、教室全体に向かって元気いっぱいに挨拶した。


「今日からこの限界中学校にやってきましたぁ、田口カッパーフィールドみぃ子ですぅ〜〜! よろしくお願いしまぁ〜〜す!」


みぃ子が深々と頭を下げた。


その瞬間、頭のお皿のフチから、水のような液体がポタポタと床に滴り落ちた。


教室の時間が止まった。


まるで少年漫画に登場する特殊能力でも発動したかのように、全員の動きが完全に凍りついたのである。


誰もが彼女の頭部に視線を奪われていた。


明らかにお皿が乗っている。


しかも、どう見ても河童っぽい。


いや、そもそも頭髪がない。


しかし、今は令和。多様性が重視される時代である。


容姿や身体的特徴について安易に言及することは、何らかのコンプライアンスに抵触する可能性がある。


それが分かっているからこそ、誰も何も言えなかった。


モブ太郎は、ガタガタと震えながら小さく呟いた。


「……あ、あれは……カッパ……? いや、それとも深刻な若年性脱毛症、あるいは頭頂部が著しく……」


「バカ! やめなさい!」


隣にいたモブ子が、慌てて両手でモブ太郎の口を塞いだ。


「今の時代、個人の容姿や身体的特徴を安易に指摘するのはルッキズムや各種ハラスメント、最悪の場合は何かしらの強烈なコンプライアンスに抵触して、私たちの将来が法的に一発失格になるわ! 多様性の時代よ! いいから全員、あの頭部には触れるな! 見て見ぬふりをするのよ!」


教室に、再び重苦しい沈黙が訪れた。


その静寂の中、モブ太郎とモブ子の脳内では、常人には理解できないほど高度な心理戦が繰り広げられていた。


(……クッ……! 動けねぇ……!)


モブ太郎は心の中で叫んだ。


(こういう時、一体なんて言えばいいんだ……! 完全に思考がロックされてやがる……!)


一方、モブ子もまた、猛烈な勢いで思考を巡らせていた。


(普通よ太郎! 普通! 普通に接すればいいのよ!)


(……いや、待てっ……!)


(普通って何だ……!? 普通の定義って何なのよ……! 普通……普通に……ああっ、考えれば考えるほど『普通』が分からなくなってきたァァ!!)


モブ太郎も、ようやく一つの答えにたどり着いた。


(そうだ……! 今は令和……! 多様性の時代……!)


(多様性ってことは、あの頭部を『イジっちゃダメ』ってことだよな……!? 容姿をネタにするなんてのは前世紀の遺物……! 地雷……! 踏めば社会的に即死を意味する禁忌ッッ……! 触れない方がいいに決まってる……!)


しかし、モブ子は別の可能性に気づいていた。


(……いや、でも太郎……! 触れないのはそれはそれで……!?)


(目を逸らすこと自体が、逆に彼女のコンプレックスを浮き彫りにする最大の拒絶……! 無言という名の、最も冷酷なハラスメントになり得るわ……っ!!)


(蛇口ッ……!)


モブ太郎の脳内で、何かが弾けた。


(閉まらない蛇口のように湧き出る矛盾……っ! 触れたらルッキズムで一発退学……! 触れなければシカトという名の差別行為……! どっちに転んでも……破滅ッ……! 詰みだっ……! オレたちの未来はここで……ジ・エンド……!!)


こうしてクラスのモブたちは、コンプライアンスという名の深淵に沈み込み、蛇に睨まれた蛙のように震え上がっていた。


その時だった。


教室の後方から、まったく迷いのない声が飛んできた。


「よろ〜! 一緒にアゲてこー!」


声の主は、令和ギャルのるなぴだった。


彼女は何の躊躇もなく、みいこに向かって手を振っている。


「な、なにぃ……!?」


モブ太郎は目を見開いた。


(圧倒的衝撃……!)


モブ子も思わず息を呑む。


(速い……!! 迷いがない……っ!!)


モブ太郎は、ようやく悟った。


(そうだ……普通でいいんだ! コンプラの檻に怯える必要なんてなかったんだ!)


(あれがギャルだ……!)


(オレより一回り以上バカそうなギャル……オレの恩人だ!!)


(危険や好機と全力で向き合うことを恐れ、逃げて、安全な檻の中で自分の言葉すら隠していた。そんな自分がいやだった!! でも、直せなかった。なのに!! オレより一回り以上バカそうなギャルが、オレの檻を壊してくれた!!)


(生きてお前に言う!! ありがとうと!!!)


「王直属と戦う気かよ!!!」


るなぴが即座にツッコミを入れた。


「あとナチュラルにクソ失礼だな! 誰が一回り以上バカなんだよ!! 途中から鉄骨渡りそうなマンガみたいになりやがって! モブキャラがでしゃばりすぎだろ!」


その時、教室の隅で一人の男子生徒が、みぃ子をじっと見つめながらブツブツと高速で独り言を呟き始めた。


自称・学生名探偵。


江ロ川コカン(えろがわこかん)である。


「……ピーンときた。間違いない」


コカンは眼鏡を光らせた。


「あの頭部の滑らかな円盤状の皮膚組織、およびキュウリを欲しがりそうな顔。彼女は日本の未確認生物、河童である可能性が極めて高い……」


そこで一度、言葉を切る。


「しかし、これは単なる外見的特徴だけで判断してはならない。私は名探偵として、彼女の正体を科学的に解明する義務がある。そう、学術的な調査という大義名分があれば、彼女の生態を徹底的に観察することが可能ッッッ! これは人類の科学の発展のためなのだ……」


「おい、そこのクソ眼鏡!」


るなぴが即座に反応した。


「スケベな独り言感想文を長々と垂れ流すな! 気持ち悪いわ! 今すぐ黒の組織に連れ去られろ!」


「ふっ、推理の邪魔をしないでくれたまえ」


コカンは髪をかき上げ、勝ち誇ったように笑った。


「要するに、彼女が河童かハゲてるかどうかはどうでもいいのだよッッッ! 私はただ、合法的に彼女を覗きたいだけなのだよッッッ!」


「おまえは卒業まで学校にいる気がしねーな! 絶対捕まんだろ!!」


そんな騒ぎをよそに、みぃ子は満面の笑顔を浮かべたまま、るなぴの前までふわふわと歩み寄ってきた。


「わぁ〜、あなたとっても元気ですねぇ〜。お友達になってくれますかぁ〜?」


「えっ! あ、いいよ。こっち座りなよー」


るなぴはあっさりと答えた。


そして、教卓の方を振り返る。


「……って、先生! 席どこですか!?」


担任の鈴村先生は、相変わらずゲーム画面から目を離していなかった。


「あー、はいはい。席は適当に空いてるところ座って。今、ギルドの総力戦が佳境だから話しかけないで。全員、適当に自習ね」


こうして、10年ぶりの転校生の受け入れは、担任の圧倒的職務放棄によってあっさりと完了した。


2.個性豊かな限界中学校


休み時間。


みぃ子は、あっという間にクラスの女子たちに囲まれていた。


るなぴやモブ子たちと楽しそうにおしゃべりをしている。


その様子を、教室の物陰からじっと観察している男がいた。


江ロ川コカン(えろがわこかん)である。


「なんというコミュ力……。一瞬で馴染んでいる……」


コカンは悔しそうに歯ぎしりした。


「るなぴもモブ子も、みぃ子になら銀行口座の番号を教えてもいいって顔でしゃべってやがる。チッ……俺より遥かに愛され能力が上なのが最高にムカつくな」


彼はみぃ子の頭部をじっと見つめた。


「あの頭の皿、実はダイソーで買った100円の小皿を瞬間接着剤で頭皮に直貼りしてるだけの、かまってちゃんなんじゃないか? そうに違いない、ククク……」


その時だった。


「へっくしゅん!!!」


近くの席にいたモブ太郎が、盛大なくしゃみをした。


すると、その隣にいた男子生徒が突然、凄まじい反応を見せた。


超絶怖がりの豆田(まめた)。


通称、マメである。


「う、うわぁぁぁぁ!!」


マメは床を転げ回りながら絶叫した。


「た、たすけてぇぇぇくれーーー!!!」


あまりの恐怖に全身をガクガクと痙攣させ、そのまま床に倒れ込む。


白目を剥き、叫びすぎたせいか声まで急にカサカサになっていた。


「ただのくしゃみでダイナマイト爆発したみたいになってんじゃん!」


るなぴが呆れた声を上げる。


「怖がりすぎだろマメ! 早く起きろ!」


その様子を見ていた一人の女子生徒が、困ったような、笑っているような、何とも複雑な表情を浮かべた。


オタク女子の詩歌(しぃか)。


通称、しいちゃんである。


彼女は眼鏡の位置を直すと、やけに丁寧な敬語で凄まじい早口を披露し始めた。


「あ、あの、心理学および行動科学の観点から言わせていただきますとですね? マメ君のその過剰な反応は、過疎化による極限の孤独感がもたらした環境依存型の被害妄想、すなわち古典的な『カプグラ症候群』の変種であり、脳内の扁桃体が完全に焼き切れている証拠です。私には一目で分かります、ええ、間違いないです!」


「待って!」


るなぴが慌てて口を挟んだ。


「なんか強そうな漢字の病名並べてるけど、扁桃体焼き切れてたらマメ普通に死んでんじゃね?!」


「……えっ?」


しいちゃんは、ハッと我に返った。


途端に顔を真っ赤にし、急に俯いて激しくもじもじし始める。


「あ、あれ? 違いましたっけ……?」


彼女の声が小さくなっていく。


「あ、私、また大して詳しくもない医学用語を並べ立てて知った風な解説をしてしまいました……。なぜ私はいつも、周囲から『物知りだ』と思われているという根拠のないプレッシャーに負け、己の知識の浅さを露呈するような虚飾の言動に走ってしまうのか……。もう恥ずかしくてロックマンみたいに爆散したいです……もじもじ……」


その瞬間、教室の後方から見ていたコカンの顔が、突然ニヤリと歪んだ。


「……ククク、発見してしまった」


彼はまたしても独り言を始めた。


「あの詩歌というオタク少女が、自分の知ったかぶりを恥じて悶絶しているあの『もじもじ』。あれは、実に……なんというか、『かわいい』」


コカンは眼鏡を押し上げた。


「そう、このワタシはすべての女子に対してエロやカワイイを見いだす探偵! そして、あの健気で哀れなもじもじの本当の価値に気づいているのは世界で俺ただ一人……。俺しか知らないあの子の可愛さだぜ。勝った……完全なる勝利だ……にやにや……」


「なんも勝ってないから!」


るなぴが即座に叫んだ。


「気持ち悪いだけだから! 人として圧倒的最下位だから!地球人類最底辺だから!」


そんな騒がしい教室の真ん中で、一人だけ異様な雰囲気を漂わせている男がいた。


のり弁のような太眉を持つ、真面目な日本男児。


その名も、SASUKE。


無口な男である。


しかし今、彼は『梅干しを食い過ぎた般若』のような恐ろしい形相で、ガタガタと激しく震えていた。


「……お、おいSASUKE!?」


るなぴが異変に気づいた。


「どうしたのよ!」


SASUKEは答えない。


ただ、ひたすら震えている。


(……屁が出そうだ)


彼の脳内では、極限の葛藤が始まっていた。


(だが、学校の教室という密室で音が鳴ったら恥ずかしい……!)


(できれば無音のすかしっぺで出したい。しかし、臭いでバレたらそれも恥ずかしい……!)


(しかも超絶美少女の転校生が来た初日に屁をこいたら、俺は卒業まで『屁こき』として彼女に記憶されてしまう!)


(それだけは……それだけは絶対に避けたい……!)


SASUKEは必死に肛門括約筋を締め上げた。


しかし、考えすぎたせいで脳のキャパシティーは限界を迎えていた。


そして――。


「は、ハウあッッッ」


ブウゥゥゥゥッッッッ!!!


教室中に響き渡る絶望の爆音。


SASUKEは『梅干しを食い過ぎた般若』の顔のまま、あまりのショックに涙を流した。


そして、たった一言だけ絶叫した。


「なんでやぁぁぁぁ!!!」


「なんでやぁぁぁぁ!!!じゃねぇわ!!」


るなぴが叫び返す。


「みぃ子転入初日だぞ! どんな歓迎のあいさつなんだよ! あと、なんで関東人なのに大阪弁なんだよ!!」


「なんでいつもこうなるんやぁぁぁぁ!!!」


「うるせーしクセーな!! なに食ったらこんなクセー屁出せんだよ!!」


その一方で、みぃ子はというと。


「アーハハハハ!」


腹を抱えて爆笑していた。


あまりにも楽しそうに笑い転げるその姿は、なんか周りをほっこりさせた。


その時である。


教室の隅から、ドンキホーテのテーマソングのようなリズムで、激しく机を叩く音が響いた。


ドンドン! ドンドン!


そして、遅刻してきた一人の男子生徒が教室に入ってきた。


人気ラッパー気取りのヤンキー。


黒乳首の源太である。


「ん、チェケラ? そこは俺の席だぞ。おまえ新入りか? ここは俺のナワバリだぜ、チェケラッチョ!」


「令和のこの時代に『チェケラッチョ』て!!!」


るなぴが呆れたように叫んだ。


「ヒップホップ知らないじじいが創造するステレオタイプのラッパーの具現化かよ!!」


源太は、るなぴのツッコミを無視し、みぃ子の前に立ちはだかった。


「新入りよ! 覚えとけ! 俺の名前は源太! ラッパーネームはAK69000(エーケーろくまんきゅうせん)!」


彼は自信満々に胸を張った。


「AK69より全然数字が上だから俺の方がスゲェェんだよ!」


「いやAKの数字はドラゴンボールの戦闘力じゃねえから!」


るなぴのツッコミをよそに、源太はみぃ子に向かって指を突きつけた。


そして、突然ラップを始めた。


「Yo! Yo!


お前の頭の皿、マジでペラペラ!俺のライムはまるでゲリラ!ここじゃ俺はまるでゴリラ!お前を倒して勝ち誇るベラベラ!


限界突破! 俺がトップだ!


アーーイ!」


「アーーイ!じゃねぇわ! 急にバトんな!!過疎村というガチのダンジョンでフリースタイルすんな!」


るなぴが叫んでも、源太は完全に無視している。


「チェケラ……!!」


彼はみぃ子にメンチを切り続けた。


ちなみに、訳すと怒っているらしい。


しかし、みぃ子は少しも怯まなかった。


「まぁ〜! とっても素敵で元気の出るお歌をありがとうございますぅ〜!」


彼女は満面の笑顔で手を叩いた。


「源太さん、とってもお優しい方なんですねぇ〜!」


「……あ?」


源太の動きが止まった。


「いや、俺は別に、お優しくなんか……」


急に顔が真っ赤になっていく。


「チェケ……チェケラ……」


どうやら恥ずかしいらしい。


源太はそのまま大人しく自分の席に戻っていった。


「チェケラで感情表現するタイプのキャラなのかよ!!!」


るなぴのツッコミが教室に響いた。


3.限界中学校の放課後


場面は変わり、夕方。


キーンコーンカーンコーン。


帰りのホームルームを告げるチャイムが鳴った。


教卓の前では、担任の鈴村みこし先生が、今度は教卓を足でドンドンと激しく蹴っていた。


その目は血走り、スマートフォンの画面には『GAME OVER』の文字が虚しく光っている。


「はい全員注目ー!」


鈴村先生が、死んだ魚のような目で生徒たちを見回した。


「ギルドの総力戦、最後の最後で通信エラー起きて全滅したから先生のメンタルは今、限界集落以上に限界でーす! なので帰りの連絡は1秒で終わらせまーす!」


「せ、先生……!」


モブ太郎がおそるおそる手を挙げた。


「転校生のみぃ子さんの歓迎会とか、今後の連絡とかは……」


「そんなことより先生の石(ゲーム内通貨)の補填の方が大事でーす!」


鈴村先生は即答した。


そして、ふと思い出したようにみぃ子を指差す。


「あ、あと田口カッパーフィールドさん!」


「はぁ〜い!」


「あなたの頭のお皿、さっき自習中に3回くらい『ボチャッ』て変な音立てて水こぼれてたよね? 教室の後ろにある雑巾で床拭いてから帰ってねー!」


「はぁ〜い! 分かりましたぁ〜!」


「それじゃあ解散! 先生はこれから運営に補填要求のお問い合わせメール送るから話しかけないでねー!!」


鈴村先生はスマートフォンを猛烈なスピードでフリックしながら、嵐のように教室を飛び出していった。


「帰りの挨拶までゲームの愚痴かよ!!」


るなぴが呆れ果てた声を上げる。


「職務放棄の限界突破だろあの三十路!!」


「わぁ〜〜! 先生、とってもお忙しそうですねぇ〜!」


みぃ子は相変わらずの満面の笑顔だった。


「毎日が刺激的でみぃ子、ワクワクしちゃいますぅ〜〜!」


「ポジティブの方向性が狂気なんだよなぁ!」


るなぴは苦笑しながら、みぃ子の頭のお皿をちらりと見た。


「ほらみぃ子、床拭くの手伝ってあげるから早く帰ろ!」


「ありがとうございまぁ〜す!」


こうして、みぃ子はるなぴと一緒に教室の床を拭き始めた。


4.夕日に染まる限界集落


放課後。


限界中学校の校門前には、過疎化の進む村を赤々と照らす夕日が沈みかけていた。


生徒たちが、それぞれの帰路についていく。


「……生き延びた」


モブ太郎は、疲れ切った顔で空を見上げた。


「転校生が来た時はコンプラの荒波に飲まれて人生終わるかと思ったが、なんとか無事に帰れる……!」


「本当ね……」


隣を歩くモブ子も、深くため息をついた。


「でも、多様性の時代っていうのは、あの頭部のお皿を『見ないふり』することじゃなくて、るなぴみたいに『そんなの関係なくバイブスで絡む』ことも重要なのかもしれないわ……」


そんな二人の後方。


電柱の陰から、みぃ子を凝視している男がいた。


もちろん、コカンである。


「……ククク、今日の調査で分かったぞ」


彼はブツブツと独り言を呟き始めた。


「彼女が歩くたびに、スカートの裾からチラリと覗くあの絶対領域。あれはカッパの皮膚組織というよりも、人類の奇跡、すなわち『至高の太もも』であると! 明日からは虫眼鏡だけでなく、家庭科室から拝借したコンパスも駆使して、あらゆる角度から彼女の生態(太もも)をミリ単位で計測してやる……!」


「いますぐ警察に突き出すぞ! お前は明日から檻の中だよ!」


るなぴが即座に叫んだ。


「あと家庭科室から備品をパクるな!」


その横では、しいちゃんが顔を真っ赤にしてノートを胸に抱えながら、もじもじと歩いてきた。


「あ、あの……るなぴさん、みぃ子さん……」


しいちゃんは、申し訳なさそうに二人の前で立ち止まった。


「さっきは、その、浅薄な精神医学の知識をひけらかして、クラスの空気を著しく停滞させてしまい……本当に、その、申し訳ありません……」


彼女はノートをぎゅっと抱きしめた。


「今夜は自宅で扁桃体を中心とした恐怖回路を学ぶため『エモ-ショナル・ブレイン: 情動の脳科学』や、あと妖怪を学ぶため柳田國男の『妖怪談義』や『カッパの生態に関する民俗学的考察』の論文を10本読んで猛省しますので……もじもじ……」


その様子を見ていたコカンが、突然ニヤニヤと笑い始めた。


「……ククク、これだ」


彼は頭を押さえながら、またしても独り言を呟く。


「この自己肯定感の低さからくる『全方位謝罪もじもじ』。物知りマウントをとってついついイキッてフカしてしまい、もじもじ謝罪する。これがオタク少女の極上のスパイス。この尊さに気づいているのは、やはり世界で俺ただ一人……俺の圧倒的勝利だ」


「だからお前は一ミリも勝ってねぇっつってんだろ!」


るなぴの怒号が夕暮れの校門前に響き渡った。


「早く精神科行って扁桃体焼き切ってもらえ!」


その時だった。


遠くから、異様な姿勢の良さで自転車を全力でこいでくる男がいた。


太眉のSASUKEである。


「ギギギギギ……ガタガタガタガタ……」


SASUKEは、まるで何かに取り憑かれたような表情で自転車を走らせていた。


「おいSASUKE!」


るなぴが声をかける。


「なんでまた『梅干しを食い過ぎた般若』みたいな顔して走ってんだよ!」


SASUKEは答えない。


ただ、ひたすら自転車をこぎ続けている。


(……ダメだ)


彼の脳内では、再び絶望的な葛藤が始まっていた。


(さっきの爆音屁で肛門括約筋のストッパーが完全にバカになっている……!)


(今ここでサドルから少しでも浮かしてしまえば、第二波、いや、第三波の『実を伴った破壊兵器』がこの村に投下されてしまう……!)


(止まったら負けだ! 止まったら男の尊厳が消滅する……っ!!)


しかし、運命は彼に味方しなかった。


道路にあった高低差のある凹みに、偶然にも自転車の前輪がハマってしまったのである。


ガクン!!


その衝撃で、SASUKEの体がサドルから離れた。


そして、ケツが浮いた。


「ブフォォォ!!!」


短く、しかし確かな音が夕暮れの過疎村に響き渡った。


「なんでいつもこうなるんやぁぁぁぁ!!!」


SASUKEは涙を流しながら、夕日に向かって全力でダッシュしていった。


「だからなんで大阪弁なんだよ!!」


るなぴが叫ぶ。


「早く帰ってクソして寝ろ!」


もちろん、彼女はSASUKEが本当にクソをしたことなど知る由もなかった。


そんな中、ドスドスと重い足取りで歩いてくる男がいた。


肩にはラジカセ。


頭には斜めに被ったキャップ。


ヒップホップの知識が平成初期で止まってるじじいが考えたステレオタイプのラッパーの具現化みたいなやつ


源太である。


「ん、チェケラ……?」


源太はみぃ子を見つけると、低い声で話しかけた。


ちなみに訳すと、「おい、新入り」である。


みぃ子は、ふわふわと振り返った。


その顔には、相変わらず満面の狂気的な笑顔が浮かんでいる。


「あぁ〜〜! 源太さん! さっきの素敵なお歌の続きですかぁ〜〜?」


「……っ!」


源太は一瞬、言葉に詰まった。


そして急に顔を真っ赤にすると、視線を泳がせながら早口のラップ調で喋り始めた。


「Yo、Yo!


お前、帰り道、気をつけろよマジ!この村の夜は暗いぜガチ!サグなイノシシ出るぜガチ!俺の優しさマジでガチ!


プライスレス、アーーイ!」


一呼吸置いて、源太は小さく呟いた。


「……チェ、チェケラァッ!」


ちなみに訳すと、別に心配して言ったわけじゃないんだからね、という意味らしい。


源太は、ものすごい勢いで赤面しながら走り去っていった。


「ツンデレのラッパーとか属性過多で胃もたれ止まらねぇわ!!!」


るなぴが頭を抱えた。


その一方で、みぃ子は嬉しそうに微笑んでいた。


「うふふ、源太さんって本当にラップでおしゃべりする楽しい方ですねぇ〜」


そして、村の方を見渡す。


「この学校、とっても賑やかでみぃ子、毎日が楽しくなりそうですぅ〜!」


「……ま、退屈な限界集落がちょっとは面白くなりそうだし、いっか!」


るなぴは、夕日に照らされた村を眺めながらギャルマインド全開で笑った。


その隣では、みいこが相変わらずの満面の笑顔を浮かべている。


過疎化が進み、廃校寸前となった限界中学校。


そこにやってきた、10年ぶりの転校生。


ギャルに、変人に、怖がりに、知ったかぶりのオタクに、屁を我慢できない男。


そして、チェケラでしか感情を表現できないヤンキーラッパー。


そんな彼らの日常は、今日から少しだけ騒がしくなる。


いや、少しどころではないかもしれない。


彼女彼らの異常に最高でイルでドープな日々が幕を開けたのだった――。

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