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婚約者が同僚騎士の肩を抱いて「こいつは男友達みたいなものだから」と言ったところ

作者: 青漣
掲載日:2026/08/15

男友達、と男友達みたいなもの、だとだいぶ違うよねぇ、というお話。

 それはエルシティアが婚約者のメディスタンと4ヶ月ぶりに会った日で、しかも会う約束を取りつけたわけでもなくティーサロンの一室で行われた茶会を終えて馬車に戻ろうとした時に出くわしてた、なんてタイミングで。

 そしてメディスタンの第一声が。

「違う、浮気じゃないんだエルシィ、マリィはそう、男友達みたいなもんだから!」

 彼より小柄な私ほどの身長の騎士の肩を抱いて出会い頭にそう言い放ったので、ほとんど反射的に侍女を父の元に走らせそうになった。用件はもちろん婚約解消についての相談である。

 合図を出しかけた手で扇子を開いて誤魔化して、その陰で深呼吸。茶会の後なのでギャラリーが出来てしまっている。どうあれ明日から噂になるのは避けられないような。

 メディスタンも騎士服だからまだ勤務中かその帰りか。なのにその子の肩を離すでもなく、抱かれている方もまた振り払うでもない。短く切ってはいるが黒い髪は艶やかで、私のような亜麻色やメディスタンのような金茶が多いこの王都ではよく目立つ。瞳は貴族でもやや珍しい紫、髪のようにはっきり目立つわけではないけれど合わさると異国の美めいた華があり、女騎士に多いきりりとした顔立ちではなくどこか甘さのある童顔。

 まぁ私より美人というか、可愛い系統と言うべきかしら、と妙に冷静に思った時。


「落ち着けメディスン、俺は『ようなもの』ではなくお前の男友達だ」

 薄紅色にぽってりとした唇からバリトンボイスが飛び出して。

 空気が固まった。


 この国で親しい相手を呼ぶ愛称は、呼ぶ側の男女で形が変わる。

 メディスタンを「メディスン」と呼ぶのは男性なのだ。

「それで、メディシー?……あの、凄まじいクマが目の下に巣を作っているけれど、お話できるかしら?」

「エルシィぃぃぃぃ」

 ティーサロンに逆戻りして茶会の時よりも小さい個室を借りて入った瞬間、美少女顔バリトンボイス騎士から剥がれたメディスタンがこちらに引っ付いてきた。離れそうにない彼をとにかくソファ席に私ごと座らせる。何事もなかったように椅子を引いて彼から解放された騎士が座る。4人がけのテーブルなので侍女も座らせた。

 彼女はうちの寄り子貴族の令嬢なので身分としても同席するのに問題もない。個室と言っても大きな窓もあればドアにもガラスが嵌め込まれていて、廊下はサロンの給仕がよく通る――という、やましいことをしていないと言い張れるけれど声は漏れない状況を作れる都合のいい個室を活用しつつ、メディスタンを引っ付けたまま卓上のベルを鳴らして給仕を呼んで、4人分の飲み物を頼んだ。

「むりやだもうやだエルシィ……もう俺騎士やめるぅ……」

 エルシティアの腹に顔を埋めて胴に腕を回し、膝枕の体勢でひしとしがみつくメディスタン。貴族の子息としてはスキンシップが激しめなのは彼の通常運行ではある、が、今日は一際ひどい。メディスタンは子爵家の出身だが三男であり、既に騎士として出仕しているので身分の扱いは子爵家縁者の平民か、ある程度出世すれば一代騎士爵がもらえることになっている。ので、まぁ、貴族としての社交が必要ない分多少のお目溢しはされるが、外でやれば婚約者同士でも流石に見苦しいと言われる接触。

 だがストレスを溜め込んだメディスタンは誰が何をどう言おうがある程度落ち着くまでは絶対離れてくれない。エルシティアはもう慣れた。侍女も慣れたもので椅子に座る時にスカートを広げてドアのガラスからちょうどエルシティアの膝とメディシエルの頭を隠すようにしている。侍女の隣に座った見知らぬ女騎士、もとい男の騎士も、状況は把握したという顔で飲み物を持ってきた給仕にさりげなく銀貨を握らせた。口止め料だと理解しているこういうことにはよく慣れた給仕はごゆっくりお過ごし下さい、と深く礼を取って部屋を出ていった。


「メディシーがご迷惑をおかけしたようですわね」

「いえ、彼は頼れる相棒です。むしろ婚約者殿に心配をおかけするような状況になって申し訳なく思っております」

 形ばかり果実水を口にしてからエルシティアが軽く会釈すれば、騎士がやはり深みのある声で応えて深く頭を下げた。黙っていればやはり美少女と見紛う姿だが、声を聞くと流石に外見がそうでも女性には思えない。

 男友達のようなものってなんですの。男友達でしょう。

 先程彼が言ったのと同じことを思わず心の内で繰り返すエルシティア。

「私はマリス=アラムド。メディスンと同じ隊に所属しています」

「まぁ、でしたら侯爵家の」

「後妻の子ですので名を借りているようなものです、お気になさらず」

 あっさりと言いながら、けれど侯爵家に相応しい美しい所作でカップを傾けた。令息の所作は同じ爵位の令嬢より幾分整わなくても許されるが、彼のそれは侯爵令嬢にも劣らない――ふと、エルシティアの中でぴたりと思考のピースが嵌った。


 メディシエルが所属しているのは、騎士団の中でも諜報を担当する隊である。訓練生の頃から顔が良く、エルシティアから見ればお調子者の性格も人当たりがよく話術に長けているということで、配属時には「やだやだやだ! 俺諜報部に行くくらいなら辺境行くからエルシティアお願い着いてきてぇ!!」と必死に抗おうとしたものの拒否権なく諜報部に引き抜かれた。どうせメディシエルと結婚すれば嫡子ではないエルシティアも平民になるので辺境に共に行くのは構わないが、本人がどれだけ嫌がっても諜報は訓練のみならず資質がものを言う世界らしく辺境への配属願いは却下というかなかったことにされたらしい。

 諜報部は秘匿性の高い任務も多く、常にというわけではないが時折は今回のように数ヶ月顔も合わせられないようなこともある。婚約者であろうと妻になろうと任務内容は明かせないが、そういうものだとわかっていればエルシティアは待つことはできる。仮に浮気の隠れ蓑に使おうものならその地点で婚約破棄する気は満々だったけど、そうでないならメディシエルが普通に帰宅出来る時期に一気に打ち合わせを進めたりこちらで準備をできるだけ整えたり、メディシエルの実家にエルシティアが赴いたりして結婚の準備も進めているのだ。

 ついでに結婚した後も引退できるまでは似たような生活が続くだろうから、商会を設立して暇すぎずかつ時間の融通が効くような勤務形態を確保した。会長特権である。貴族令嬢としての経験を活かして小さなアクセサリーや雑貨、またお茶会に使えるような珍しい茶やハーブ、お菓子や装飾も含めた総合プロデュースなどを令嬢としての社交予算や個人的な予算に収まるお手頃価格でご提供。今日の茶会も商会の宣伝を兼ねて参加したもの。貴族令嬢であるうちに人脈を利用しておこうという算段だ。

 今日のことは噂にくらいなるかもしれないが、マリス卿のナイスバリトンボイスもみんな聞いてるだろうしエルシティアとメディシエルの不仲とかより先に彼のギャップが広まるだろう。


 ――閑話休題。

「メディシーの同僚の方でしたら、その……」

 言葉尻を濁せば察してくれたらしく、マリス卿は表情を動かすことなく頷いた。

「ええ、今は同じ任務で」

 なるほどやはり。

 諜報部の中でも内偵に求められることが多いのは社交性、咄嗟の判断力、そして顔。人当たりが良さそうで整った、それでいて割と無個性で「なんか良い男だったな」という印象だけが残るタイプ。素質はあったメディシエルは見事に諜報部で才能を開花させてしまった。やりたくてやってる仕事ではないのでストレスが溜まるらしく、エルシティアと会える時は物理的にべったりになるので浮気を疑う余地もなかった。今回も疲れ果てた末の単なる失言である。なおふと気がついて覗き込むとその姿勢のまま眠っていたのでとりあえず寝かせておく事にした。

 でもってマリス卿も、まぁ、そういうことだろう。諜報部には女性もいるが、女性では危うい局面というものもあるのでそういう時に女装して内偵ができる者が所属していると噂に聞いたことはある。逆に内偵中に関わる令嬢や夫人に醜聞を作りたくないような案件の時は男装した女性が派遣されることもあるらしい。

「あの、一つだけ差し支えなければ教えていただけます?」

「答えられることであれば」

 耳に心地良いが視覚と合わさると混乱しそうなバリトンボイスに、エルシティアはつい疑問を投げかける。

「その……任務の際ですけれど、お声はどうしていらっしゃいますの?」

「音の高さを変える専用の魔道具がございまして」

「魔道具」

「仕組みはあまりわかりませんが、姿を変えるようなものよりも相当に安価だそうで」

 なるほどー。

 エルシティアも詳しくはないが、確かになんか声だけ変える方が簡単そうに思えるし、納得しつつ果実水の残りを飲み干して。

「ところで、メディシーは連れて行かれますわよね?」

「はい、……ここだけの話ですが、二週間以内には終わるかと」

「それは朗報ですわ。ですがまずそのためには、今のメディシーを何とかしなければなりませんわね……」

 腕をそっと動かそうとしてみる。動かない。

 力を込めてみる。動かない。

 だいぶ力を込めてみる。動かない。

 安らかな寝息とは裏腹にもう絶対動かないという鉄の意志が眠れる肉体を支えている。

「……本日は予定がないので警備隊に混じっておりましたが、明日の朝帰営すればいいように伝えておきます」

「まぁ、よろしいの?」

「メディスンは隊内での信用もあります。外泊先が彼の家か婚約者殿のお宅であることを確認するため、私が同行させていただき明朝は同じ場所に迎えに行く必要がございますが」

 少し考えてから、エルシティアは自分の家の方に送迎してもらえるように頼んだ。馬車は大きくはないが四人乗りで、婚約者とその同僚と侍女で乗り込むならまぁ貴族令嬢としてもセーフ。互いの家に泊まったところで結婚すれば平民になる自分達に醜聞が付きまとうことは滅多にないが、一応令嬢が自分の家族と使用人のいる側に婚約者を泊める方が、逆よりもちょっとまし。

 あとメディシエルを運ぶ使用人がどっちにしろ必要になりそうだし気心知れてた方がいい。

「馬車を表に回して参ります」

「待たせて申し訳ないと伝えてちょうだい、それと差し入れを」

 かしこまりました、と一礼して、侍女が扉を開けて給仕を呼んでからショーケースのある売り場へと向かう。そちらで御者への差し入れを買ってから外の馬車待ちで待っている馬車を表まで呼び出してくれるだろう。

 この間は給仕がドアを抑え、男二人女一人の密室にならないようにしてくれている。代わりに腹に抱きついて寝ているメディシエルがバレるけど、なんかもういいか、という顔になった。高位貴族なら噴飯ものであろうが平民になるし。メディシエルが出世したところで騎士爵夫人などほぼ平民だし。婚約者以外なら大ごとだが婚約者なら許容範囲。

「お手数をお掛けしますけれど、侍女が戻ったらメディシーを運ぶの手伝って下さいましね」

「わかりました、足の方をお持ちすれば大丈夫でしょうか」

「ええ、どうせ自分でしがみついてくれますもの」

 重さは侍女と御者に手伝ってもらって何とかする。割と昔からメディシエルはこうしてエルシティアに引っ付いて離れなくなるので使用人もそれなりに対処に慣れてしまった。

 というわけでマリスの手を借り証言ももらってエルシティアの家で一晩婚約者を補給したメディシエルは、迎えに来たマリスにヤダヤダとごねつつもまた出勤していったのであった。


 二週間後、とある侯爵の別邸で行われていた違法薬物を常習するパーティが騎士団によって現場を抑えられ、参加者含め全員が検挙された。

 参加するには既存参加者複数名からの紹介が必要なものとなっており、恋人なり愛人なりと、さらには夫婦で参加しての破廉恥な行為などもあったとか噂が流れてきて、再び腰にしがみついて離れなくなった婚約者を宥めながら、なかなか苦労の多い内偵だったのだろうとマリス卿とメディシエルの顔を並べて思い浮かべ納得するエルシティアであった。


 エルシティアとメディシエルの結婚式が行われたのはその三ヶ月後のことだった。次の長期任務が入る前にもう結婚するとメディシエルが叫び、準備もそれに間に合った。結婚するとなればよほど本人が出なければいけないような事態が発生しなければ婚前の内偵任務免除と新婚休暇が保証されるし、帰って来られない任務中以外は新居から出勤し新居に帰れる。浮かれ切りつつも『よほどの事態』に怯えていたメディシエルだが、幸いにして無事に結婚式と新婚休暇を迎えることができた。

 隣国からの風習であるというブーケトスを、もちろんエルシティアは取り入れた。流行最先端の商会主なので。

 しかし思いっきり投げたブーケはうっかり新婦友人達の頭上を飛び越え、新郎友人の中にいたマリスの腕の中にすっぽりと収まった。バッチリ騎士正装なのが逆に女性騎士であるかのように見えてしまい、女性陣の黄色い悲鳴と同僚騎士達のからかいを浴びたマリスは苦笑いし、結局エルシティアの同意を得てブーケから一本ずつ花を引き抜いて女性陣にプレゼントした。

 愛らしい顔からのバリトンボイスに混乱しつつもこなれた仕草や言葉と共に花を渡され、妙にファンがついたとか、あまりに小柄で無理してヒールで身長を稼ぎながら婚約者探しをしていたとある次期女伯爵がマリスに惚れ込んで猛アタックを始めたとか。

 話題になればなるだけ美味しいとばかりエルシティアはほくそ笑みつつ、新婚休暇を満喫し尽くすとばかりに一時も離れようとしないメディシエル、夫となった愛しい人の頭を満足気に撫でるのであった。

お読みいただきありがとうございました!

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