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偶然の賜物  作者: 臥亜


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7/7

『観測者の名』最終章

蒼は帰った。

泣き腫らした目で、それでもまっすぐ歩いて。

真白は橋に残る。

朝の光が川を裂く。

背後に気配。

「役目は終わりましたか」

振り向く。

老人が立っている。

昨日と同じ灰色のコート。

同じ穏やかな顔。

「あなたは、何者ですか」

老人は少し考える。

「あなたが見なかったものです」

真白は黙る。

老人は続ける。

「削られた一行。

 落とされた原稿。

 書かれなかった続き」

風が吹く。

「私は“もしも”の残りかすです」

真白の胸が静かに鳴る。

「では、あなたは消える?」

老人は微笑む。

「消えません。

 あなたが次に削るまで」

その言葉は、責めていない。

ただ、事実。

真白は問う。

「蒼の未来は?」

老人は川を見る。

「観測されたものは、形を持つ」

真白はポケットに手を入れる。

スマートフォン。

画面が光る。

メール通知。

件名:改稿版

差出人:蒼

震える指で開く。

本文は一行。

『それでも、明日は来ると信じてみる』

“信じている”ではない。

“信じてみる”。

わずかな違い。

だが、それは選択だ。

真白は笑う。

「観測されましたね」

老人が言う。

真白が顔を上げると、

もういない。

灰色のコートも、

足音も。

橋の上には風だけ。

その夜。

真白は会議室に座っている。

新人賞最終選考。

蒼の原稿が机の中央にある。

別の編集者が言う。

「最後の一行、少し甘くないですか?」

真白は一瞬だけ目を閉じる。

佐倉の便箋。

蒼の震える声。

橋の朝。

そして、灰色のコート。

真白は原稿を閉じる。

「いいえ」

静かに言う。

「文学は、未来に嘘をついていい」

部屋が静まる。

真白は続ける。

「その嘘が、誰かを今日まで連れてくるなら」

沈黙。

やがて、委員長がうなずく。

「……では、受賞作とします」

判が押される音。

それは派手ではない。

小さな音。

だが、確かな音。

数か月後。

書店の棚に並ぶ一冊。

帯にはこうある。

《第○回新人文学賞 受賞作》

著者名:蒼

その帯の隅。

小さく、選評。

――荒削りだが、未来を信じようとする意志を評価した。

真白は店の外からそれを見る。

中には入らない。

スマートフォンが震える。

非通知。

出ない。

だが、画面が一瞬だけ反射する。

そこに、

自分より少し年を取った顔が映る。

灰色のコートを着た。

瞬き。

ただの自分の影。

風が吹く。

真白は歩き出す。

橋は、もう振り返らない。

エピローグ


数か月後。

蒼は新作を発表する。

タイトルは

『偶然は救わない』

内容は、

“ある編集者に殺された作家の話”。

真白はそれを最後まで読む。

逃げない。

批評も書く。

言い訳はしない。

ここまでは贖罪の物語。

だが――

ある夜。

真白の机に、

一枚のポラロイド。

白いはずの写真。

そこに、数字。

【残り12時間】

写っているのは、

真白ではない。

蒼でもない。

見知らぬ少年。

線路のホームに立っている。

柵の向こう。

蒼の顔が青ざめる。

「……まだ、終わってない」

真白は写真を握る。

老人の声はしない。

誰も説明しない。

偶然は救わない。

それでも猶予は与えられる。

ただし——

今度は誰が加害者で、

誰が被害者か分からない。

物語はここで終わる。

数字は減り始める。

【残り11時間】

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