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偶然の賜物  作者: 臥亜


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『猶予はあなたのもの』 第二章

蒼に連絡を取るのに、三時間かかった。

電話番号は変わっていなかった。

呼び出し音が六回鳴ったあと、切れた。

もう一度かける。

七回目で、出た。

「……もしもし」

低い声。

生きている、と思う。

「白石です」

沈黙。

わずかな呼吸音。

「どちらの」

「三年前、原稿を持ってきた」

言い終わる前に、遮られる。

「覚えてますよ」

声は穏やかだった。

穏やかすぎた。

「どうして」

蒼が言う。

「今回は、電話なんですね」

胸の奥が冷える。

「今回は?」

一拍。

「……いえ。何でもないです」

背後で、電車の通過音がした。

屋外にいるらしい。

「会えますか」

真白は言う。

「話がしたい」

また沈黙。

線路のきしむ音。

「今日ですか」

「できれば」

「……何時」

時計を見る。

午後五時四十分。

写真を思い出す。

【残り15時間】

「今夜」

自分でも驚くほど、迷いがなかった。

蒼は小さく息を吐いた。

「分かりました」

通話が切れる。

真白は、しばらく受話器を持ったまま立っていた。

“今回は”。

その言葉が、指先に残る。

待ち合わせは、川沿いの歩道だった。

写真と同じ場所かどうかは分からない。

だが、似ている。

夕暮れの水面は、薄く濁っている。

蒼は先に来ていた。

柵にもたれ、川を見ている。

三年前より痩せた。

だが、立ち姿は変わらない。

真白は距離を保ったまま声をかける。

「久しぶり」

蒼は振り返る。

目が合う。

その瞬間、奇妙な感覚が走る。

懐かしさではない。

既視感。

まるで、この表情を知っている。

蒼は言う。

「七回目ですね」

空気が、止まる。

川の音だけが流れる。

「……何の話」

蒼は微笑む。

「いえ。冗談です」

冗談に聞こえない。

真白は鞄から写真を出す。

蒼の視線が落ちる。

一瞬だけ、目が揺れた。

「これ、あなたですよね」

蒼は否定しない。

写真を見つめる。

「よく撮れてますね」

「心当たりは」

「ありません」

だが視線は、【残り14時間】の表示に止まる。

「減ってますね」

真白の喉が鳴る。

「あなた、知ってるの」

蒼は写真を返す。

「白石さん」

その呼び方が、三年前と同じ。

「僕は、あなたに何度も会っています」

言葉が理解できない。

「今日だけじゃなくて」

蒼は柵に手を置く。

写真と同じ位置。

「最初は、怒鳴られました」

風が吹く。

「次は、泣かれました」

水面が揺れる。

「その次は、謝られた」

真白は後ずさる。

「でも毎回、同じことを言う」

蒼がこちらを見る。

「あなたは正しい、と」

息が詰まる。

そんなことは言っていない。

はずだ。

蒼は続ける。

「僕を救いたいんですよね」

違う、と言おうとして、声が出ない。

写真の数字が目に入る。

【残り13時間】

蒼は、柵の向こうへ視線を落とす。

「前回は、ここで腕を掴まれました」

真白の手が、無意識に震える。

触れていない。

まだ。

蒼が静かに言う。

「でも今回は、まだ掴まない」

“まだ”。

真白は、写真を強く握る。

「あなたは、生きている」

それだけを言う。

蒼は首をかしげる。

「ええ。今は」

夕暮れが濃くなる。

川面が黒く変わる。

蒼の横顔が、写真と重なる。

真白は、思い出す。

三年前の会議室。

「あなたには才能がない」

自分の声。

蒼の沈黙。

ドアの閉まる音。

そして一週間後の電話。

意識不明。

あの夜、

昇進祝いのワインを飲んだ。

グラスの赤。

蒼の血の色と、結びつけなかった。

蒼が言う。

「あなたは、僕を救えない」

断定。

「でも」

一拍。

「僕は、生きるかもしれない」

真白は顔を上げる。

蒼の目は、穏やかだ。

「許すかどうかは、別ですけど」

遠くで踏切が鳴る。

写真を見る。

【残り12時間】

数字は、確実に減っている。

蒼が言う。

「白石さん」

静かに。

「あなたは、何を選びますか」

その問いは、

川辺に向けられたのではない。

真白の胸の奥に、まっすぐ落ちる。

答えられない。

蒼は柵から手を離す。

まだ越えていない。

まだ。

「今日は、ここまでにしましょう」

蒼は背を向ける。

歩き出す。

真白は追わない。

追えない。

写真の数字が、わずかに滲む。

【残り11時間】

夜が落ちる。

川面に街灯が映る。

真白は一人、柵の前に立つ。

前にも、ここに立った気がする。

同じ風。

同じ匂い。

同じ問い。

選べ、と。

だが何を。

ポケットの中で、写真が熱を持つ。

真白は目を閉じる。

開ける。

柵の向こうに、誰もいない。

だが背後で、足音がする。

振り向く。

誰もいない。

ただ、遠くで電車が通る。

金属の軋む音。

胸が締めつけられる。

どこまでが偶然で、

どこからが必然なのか。

分からないまま、

数字だけが減っていく。

【残り10時間】

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