『猶予はあなたのもの』
言葉は人を救うのか。
それとも、傷つけるのか。
誰かの「正しさ」は、別の誰かの未来を削ってはいないだろうか。
封筒は、昼休みに届いた。
差出人の記載はない。
白い厚紙。切手も消印もない。
編集部の机に、それだけが置かれていた。
悪戯にしては手が込んでいる。
真白は封を切る。
中にはポラロイド写真が一枚。
川辺の橋。
柵の向こう側に立つ青年。
横顔。
見覚えがある。
喉がひりつく。
蒼。
写真の右下に、黒い数字。
【残り17時間】
心臓が、遅れて強く打つ。
裏返す。
文字。
《あなたの人生で、最も大きな偶然は三日後に起こる》
蒼は三年前、真白が担当した新人作家だ。
そして三年前、
橋から落ちた。
死亡記事は出なかった。
未遂だったからだ。
だが、その後、消息を絶った。
真白は椅子から立ち上がる。
窓の外を見る。
現実の橋は、遠くに見える。
写真と同じ角度。
同じ川。
時計を見る。
午後一時。
【残り16時間42分】
減っている。
思わず写真に触れる。
インクは乾いている。
加工ではない。
誰かが今、蒼を見ている。
いや。
“起こる”のではない。
“起こると知っている”。
真白の背中を冷たい汗が伝う。
スマートフォンを取り出す。
蒼の連絡先は消していない。
だが、発信ボタンが押せない。
三年前、最後に交わした言葉がよみがえる。
「偶然に救われる物語は、逃げだ」
自分が言った。
会議室で。
蒼は何も言わなかった。
ただ、原稿を抱えて立っていた。
その背中が、写真の横顔と重なる。
【残り16時間31分】
数字が減るたび、呼吸が浅くなる。
これは脅しなのか。
予告なのか。
それとも。
真白は封筒をもう一度見る。
内側に、小さな文字。
ほとんど見えない。
《猶予は、あなたのもの》
その瞬間。
デスクの上の電話が鳴る。
非通知。
一瞬、迷う。
出る。
沈黙。
そして、かすかな声。
「七回目だよ」
通話が切れる。
受話器の向こうは、無音。
真白の喉が震える。
七回目。
何の。
写真を見る。
蒼の横顔。
動いていないはずなのに、
今にも柵を越えそうに見える。
真白は立ち上がる。
編集部を出る。
理由は言わない。
誰にも。
エレベーターの扉が閉まる。
鏡に映る自分の顔は、
三年前と同じだ。
正しい顔。
【残り15時間58分】
数字は、止まらない。
物語が、始まる。




