9話 畑と、ラピの洗礼
そのために、私たちは農業を始めることにした。
この村には畑がある。
作物も育つ。
だが、土は痩せていて、
手をかけなければすぐに力を失う土地だった。
まず、ヤギ獣人の村長に相談した。
「この畑は空いている。使うといいよ」
ヤギー村長は畑を見渡し、
土を踏み、しゃがみ込み、指で確かめる。
「ただここは……痩せ細った土じゃ。
うまく育てんとな」
落ち葉を捨てないこと。
草を全部抜かないこと。
一度に耕しすぎないこと。
派手な話ではない。
だが、長く続けてきた人の言葉だった。
ラピは日に日に元気になり、
自然と畑仕事を手伝うようになった。
メリッサも、声をかければ黙って
道具を持ってきてくれる。
ある日の畑で、しろっぷは立ち止まった。
表面は乾いている。
けれど、指を入れると中は
まだ冷たく、湿っている。
「……今はいらない」
少し離れた、土の色が薄い場所へ移動する。
一気には流さない。
土が受け止める分だけ、静かに水を落とす。
「水の精霊たちを、この土に潤いを。ウォーターズ」
水は広がらず、その場で吸い込まれた。
「……大丈夫」
「うん。助かったよ」
それだけで、しろっぷは十分だった。
___________________
この日、ラピが十二歳になった。
朝、私たちは神殿へ向かった。
この村では、十二歳で洗礼を受ける。
それが、変わらない決まりだった。
神殿の奥で待っていたのは、ルシオスだった。
「前へ」
短い言葉に、ラピが一歩進む。
ふーぴょんが、そっと背中に手を添えた。
水晶の前に立つ。
ルシオスが手を伸ばし、水晶に触れる。
「名を」
「……ラピ」
ルシオスは静かに頷き、合図を送る。
ラピが石盤に手を置いた。
光は、強くない。
だが、迷いなく分かれる。
淡い茶色。
そして、澄んだ青。
「土と、水」
ルシオスが告げる。
声に揺れはなかった。
この村では、ほとんど見ない組み合わせだ。
しばらくして、光が消える。
ルシオスは一歩下がり、言った。
「……これが、この村で行う最後の洗礼だ」
ほどなくして、村の祭司が戻り、
ルシオスは城へ戻ることになった。
彼はその場を立ち去り、
振り向くことはなかった。
___________________
翌朝、ラピは一人で畑に立っていた。
村長に与えられた土地だ。
痩せているが、まだ使える。
ラピはしゃがみ、土に手を触れる。
冷たい。
軽い。
そして、どこか苦しい。
「……無理、してる」
言葉が自然に出た。
特別な光はない。
音もない。
ただ、土の状態が分かってしまった。
掘りすぎてはいけない場所。
休ませたほうがいい場所。
今、種を入れても応えない場所。
ラピは鍬を浅く入れ、触る場所を選んだ。
しろっぷが水を運ぶ。
私はすべてを手伝う。
「ここは、少しだけ」
水量が変わる。
ふーぴょんが落ち葉と灰を運ぶ。
混ぜすぎないように、広げる。
数日後、芽が出た。
揃い方が違う。
伸び方が安定している。
ヘルク村長が畑を見に来た。
一本、抜く。
「……いい苗だ」
「肥を、変えたか?」
「……土を、聞きました」
村長は畑を見回し、小さくうなずいた。
「いい畑になりそうだ」
その一言に、
みんなが飛び切りの笑顔になった。
しろっぷから水の魔法も教わり、
少ないながらも、新鮮な水を
出せるようになった。
少しずつ、
この世界での生活に、
喜びを感じる私がいた。
夏の収穫は、思っていた以上だった。
川から水を引き、
水車も作った。
麦の製粉は、驚くほど早くなった。
魔法だけに頼らず、
溝を掘り、流れを整え、
毎日、手で確かめながら畑に水を回す。
暑い。
汗もかく。
でも、土も畑も、応えてくれた。
キャベツはぎゅっと巻き、
トマトは枝がしなるほど実をつけ、
とうもろこしは背丈を越えた。
「……多くない?」
ラピが、収穫した籠を見下ろして言った。
「多いね」
「多すぎじゃない?」
「うれしいけどさ」
自分たちが食べる分を分けても、
まだ余る。
それも、はっきりと。
畑の端で、
しろっぷが指を折って数えていた。
「……売れる」
「だね」
「売れるよね、これ」
夏の間も、
固形石鹸づくりは続いていた。
鍋をかき混ぜ、
型に流し、
乾かす。
慣れた作業になっていた。
そこへ、ホクスがやってきた。
「よう。順調そうだな」
今日は、やけに機嫌がいい。
「石鹸、めっちゃ売れてる」
「西の町でも、隣の村でも」
「……正直、思った以上だ」
そう言って、
袋を差し出す。
中には、
まとまった額の金が入っていた。
「これが今の利益だ」
「で、相談がある」
「資金、どう使う?」
畑を見る。
籠を見る。
湖のほうを見る。
「……食堂、やらない?」
私が言った。
「だって、もう余ってるし」
「作るの、好きだし」
「人、集まると思うよ」
「学校給食のメニューを出そう」
「がっこう……?」
「給食?」
「みんなで食べる前提の料理」
「栄養があって、安くて、おいしい」
「店の名前は?」と、ホクス。
「……給食堂」
「それで決まりだな」
村人たちは、すぐに動いた。
ヤギー村長は、
湖畔の空き地を使っていいと許可をくれた。
「また、あのポトフが食えるならな」
木を切り、
壁を組み、
屋根をかける。
「風、気持ちいいな」
「水も近いし、いい場所だ」
夏が過ぎ、
畑は秋の色に変わる。
かぼちゃ。
さつまいも。
里芋。
にんじん。
「焼き芋、やろう」
「汁物も欲しいな」
建築を進めながら、
夜はみんなでバーベキューをした。
笑い声が増え、
文句も増えた。
でも、手は止まらなかった。
そして、秋。
湖畔に、
小さな食堂が建った。
看板は、ふーぴょんが作った。
木の看板に、
不格好な文字で書かれている。
――給食堂。
その下に、
私が小さく、日本語の文字を入れた。
扉を開けると、
湯気と匂いと、声があふれた。
ここから、
この村は、
もう一段、変わっていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もし「面白かった」「続きを読んでみたい」と感じていただけたら、
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をいただけると嬉しいです。
星の数は、率直な感想のままで構いません。
また、ブックマークしていただけると、とても励みになります。
一つひとつの反応が、次の物語を書く力になります。
どうぞよろしくお願いいたします




