5話 前編 神殿と、語られない加護
ふーぴょんの家を出る前、
シーナは戸口で足を止めた。
奥の部屋から、ラピが顔を出す。
「ラピ、少し留守番お願いね」
ラピはこくりと頷いた。
ふーぴょんが出かけるとき、
ラピはいつも一人で留守番をしている。
特別なことではない。
「帰ってきたら、一緒に料理しよう」
その一言に、ラピの表情が少しだけ和らいだ。
シーナはそれを確かめてから、家を出た。
村の空気は、朝でも冷えている。
建物は低く、石と木で組まれた質素な造りばかりだ。
装飾はほとんどなく、
必要最低限の形だけが残されている。
行き交う村人たちの服装も同じだった。
暗い色合い。
無駄のない形。
声は小さく、笑い声はほとんど聞こえない。
この村は、静かだ。
貧しいというより、何かを
抑え込んで暮らしているような静けさだった。
神殿は、村の外れに建っていた。
近づくにつれ、シーナは思わず足を緩める。
村の家々とは明らかに違う。
石材は上質で、壁も床も丁寧に整えられている。
「……意外と、立派」
そう呟くと、ふーぴょんが小さく頷いた。
「神殿だからね」
豪奢ではない。
だが、村の暮らしとは
切り離された場所のように見えた。
中へ入ると、空気が変わる。
静けさは同じなのに、張りつめ方が違う。
しばらくして、奥から足音が響いた。
現れたのは、ふーぴょんの知っている
神官とは違う人物だった。
落ち着いた佇まい。
整えられた衣。
無駄のない動作。
男は静かに名乗った。
「私は、王都神殿より派遣された
上位神官、
ルシアン・ヴァル=エリオス。
加護鑑定官、ならびに教義監査官を務めている」
その肩書きに、場の空気がわずかに引き締まった。
村付きの神官とは、明らかに立場が違う。
ふーぴょんが一歩前に出る。
「シーナの加護を調べてほしい」
ルシアンは二人を見比べ、ゆっくりと頷いた。
「いいだろう。
君たちは運がいい。
私は、村の神官よりも詳しく
加護を診る権限を持っている」
淡々とした口調だったが、そこに迷いはない。
ルシアン卿の視線が、シーナへ向けられる。
「君はいくつだい?」
一瞬、言葉に詰まる。
実年齢は二十六。
だが、目の前にいる私は誰から見ても、
明らかに十六歳ごろにしか見えない。
「……十六です」
ルシアン卿は軽く目を伏せた。
「本来なら、十二歳で調べるものだ。
君は、まだ加護を得ていない」
断定だった。
「理由はあるのかな?」
ある。はっきりと。
転生前の記憶があるからだ。
だが、いまそれを説明すべきではないと
直感的に思った。
思わず黙ってしまう。
「わかった」
ルシアン卿はそれ以上
踏み込まず、静かに頷いた。
「……まず、何をすればいいですか」
「まずは誓いだ」
「誓い?」
聖書が台の上に置かれる。
「神の加護は、正しい道のために使うもの。
人のため、世界のために
力を使うと誓える者にのみ宿る」
「聖書に手を添えて、示された言葉を口にしなさい」
シーナは言われた通りに手を添え、誓いを口にした。
声は驚くほど落ち着いていた。
誓いを終えると、ルシアン卿は奥へ
下がり、水晶を持って戻ってきた。
手のひらほどの、澄んだ水晶だ。
「この水晶に、手を当てて」
触れた瞬間、淡い光が広がる。
それは、ごく一般的な反応のはずだった。
だが次の瞬間、光は一気に強さを増した。
水晶は、ひとつの色に定まらない。
火でも、水でも、木でもない。
土でも、風でも、月でも、金でもない。
うっすらと、七色。
そして――
最後に、七色の光が静かに立ち上がった。
何かの文字が浮かび上がる。
シーナがそれを見て、つぶやく。
「……食?」
「しょく……とは。
私の歴史の中でも、初めての反応だ……」
思わず漏れたルシアン卿の声は低く、
戸惑いを含んでいた。
「君は……この文字が読めるのか?」
視線が、ゆっくりとシーナへ集まった。
「はい。私の国の字です」
神殿が、静まり返る。
「君の国は?」
「東の果てにあります」
ルシアン卿は、わずかに目を細めた。
「……かの、イーストエバーのことか」
聞いたことのない名前だった。
しかし、その場の雰囲気にのまれ、
私は厳かに頷いてしまった。
――これ、正解? やばいかな。




