42話 激戦の後と、カレーうどん
城の窓から差し込む月光が、王の間を白く照らしていた。
砕け散った核の破片が冷たい光を返し、歪んでいた魔の気配は消え、
石造りの城はただの城へと戻っている。
だが静寂は安堵ではなかった。崩れ落ちた第二王子の灰が玉座の前に淡く残り、
風に散るでもなく踏みしめられるでもなく、誰も近づけずにあった。
ユリウスはゆっくりと歩み出て王の間の中央に立ち、剣を床に立てて両手を重ねる。
「……弟として、王族として、私はこの罪をともに背負おう」
誰に向けたわけでもない言葉だったが、その声は石壁に吸い込まれずに残った。
ルシオスは横たわったまま目を閉じている。胸の傷は塞がっているが顔色は蒼白で、
ヴィレットが静かに脈を確かめ回復魔法をかける。
「鼓動は戻っています。ですが、しばらくは……」
「しばらくは、戻れないわね」
シーナは灰の前に立ち、焼けた匂いの奥に残るわずかな温度を感じ取る。
城からは他の魔物の声も物音もしない。テンが翼を広げて廊下を滑るように飛び、
各部屋を見回り、ドランとしろっぷも別の部屋へと足を向ける。
戻ってきたドランが首をかしげる。
「おかしいな、この城は、やつ以外いなかったようだな」
「この城は元々、ウルク王族の城だったんだよな」
ユリウスが問えば、ドランは遠い記憶を辿るように目を細める。
「確か百年前は、そのような記憶がある」
「寝室らしき場所もあったぞ」
「ルシオスを寝室に移そう」
ユリウスが告げると、ドランは軽々とルシオスを背負い、奥へと歩き出す。
「おーい、シーナ、キッチンもあるぞ」
ぴょんぴょんと跳ねながら戻ってきたふーぴょんとしろっぷの声が、石の天井に反響する。
「……料理を作ろう」
ぽつりと落ちた声は、戦場の後とは思えないほど静かで、しかし迷いはなかった。
「これでルシオスが回復するといいね」
しろっぷがにやりと口角を上げ、ふーぴょんの耳がぴくりと揺れ、テンの尾がふわりと弧を描く。
「手伝いします」
ヴィレットが口にくわえた紐で髪をまとめる。
古びた城のキッチンは埃に覆われているが、炉も釜も壊れてはいない。
「まずは掃除からね、三人も頼むね」
しろっぷとふーぴょん、テンが一斉に動き出し、風の魔法石床にこびりついた煤を削り落とし、
しろっぷ棚を拭い、炉を整える。
「綺麗にした場所から料理を始めようね」
食の籠が微かに光を帯び、冷気が溢れて空気が引き締まる。
取り出されたのは小麦で練った麺、玉ねぎ、人参、大根、豆腐を揚げた油揚げ、
サラマンダーの肉の残りと魚の干し物、そして黄色い香辛料だった。
戻ってきたユリウスが眉を寄せる。
「これは……」
「彼が、最後まで忘れなかった味です」
シーナは魔法で火を起こし、テンが羽ばたいて空気を整え、ドランが鍋と炉の位置を整える。
城のキッチンに街から持ってきた鍋が据えられ、水が沸き、
魚の干し物が入れられると香りが立ち上る。
玉ねぎの甘みを引き出すようにゆっくりと炒め、野菜と肉を重ね、
音だけが空間を満たす。切る音、炒める音、煮える音、混ぜる音が、
王の間とは違う静けさを作る。
小さな鍋と大きな鍋に分けられ、大きな鍋には香辛料が溶け込み色が深まり、
水溶き片栗粉でとろみをつけ、小さな鍋は、しばらく火を弱めて柔らかく煮込み醤油で味を調える。
ルシオスには煮込みうどんを、皆にはカレーうどんを。
王の間の隣、かつて広間として使われていたであろう大きな食卓に椀が並ぶ。
「私たちは先に食べましょ、どうぞ召しあがれ」
「待ってました、戦いの後の食事はたまらないね」
「いただきま、、、」
ふーぴょんが我慢しきれずに口をつけ、ドランが満足そうに頷く。
「スパイスの主張を認めながらなお、溢れ来る柔らかな旨味じゃな」
しろっぷが麺をすすり、ユリウスも緊張の抜けた顔で箸を進める。
「具のサラマンダーの肉も柔らかく、味が染み込んでいる」
何より、全員の呼吸が整い、傷の痛みが和らいでいくのがわかる。
やがてルシオスが目を開けた。
「食べられますか」
「ああ」
冷ました煮込みうどんをヴィレットが口元へ運ぶ、
やがてルシオスは自ら椀を抱え、ゆっくりと食べ進める。
「あれだけの傷、しかし回復している」
ヴィレットが静かに呟き、鍋の湯気が朝の気配と混ざる。
食後、それぞれが寝室に移り横になる。
シーナとふーぴょん、しろっぷは大型となったテンに寄りかかり、石の城に小さな寝息が重なる。
夜明けに差しかかる頃、ルシオスは自力で起き上がれるようになっていた。
「シーナ嬢、よいかな。この度は助けていただき感謝する。今までの非礼をお詫びいたします。あの食事を、殿下にもお持ちしても」
シーナは静かに頷く。
王の間に戻り、ルシオスはまだ弱い声で呼びかける。
「……殿下。あなたが人であった証を、ここに残します」
風が吹き、灰がわずかに揺れ、椀の前で静かに止まる。花ではなく、食で捧げる弔いだった。
ユリウスはその光景を見つめ、やがて視線を上げる。
視線はシーナへと向かい、王の間の高窓から夜明け前の青が差し込む。
長い夜は、ようやく終わった。




