38話 静けさと、異様な城
霧が晴れきった先に、それは立っていた。
魔人の城は、山を削り出したかのような黒い石で組まれている。
壁は高く、直線的で、装飾はほとんどない。
威圧のための誇示見るものを圧倒する
城壁には、蔦で覆われ長い年月を経た、風化した痕跡が見られる
まるで、この城そのものが、時間の外に置かれているようだった。
城門は閉ざされていない。
扉は半ば開いたまま、内側の闇を静かに晒している。
迎え撃つ意思も、拒む意思も感じられないが
禍々しい空気が流れる。
音がない。
鳥の声も、風の音も、旗がはためく気配もない。
石の隙間を抜けるはずの空気さえ、ここでは止まっている。
近づくほどに、違和感は濃くなる。
魔力は確かに満ちて、だが、暴走も、歪みもない。
整えられすぎた静けさが、城全体を包み込んでいた。
「城は、眠っているのではない、息を潜めているな」
ドランがつぶやく
「待っている。」
ユリウスが確信をもって言葉を発する
風が、城内から流れ出てくる。
冷たく、乾いていて、匂いがない。
「それにしても……静かすぎるな」
ユリウスが、足を止めたまま低く言った。
剣は抜かれているが、構えは取らない。
しろっぷが耳を伏せる。
ふーぴょんは、弓を引き絞ったまま、視線だけを動かしていた。
テンは、シーナの肩の上で、じっと動かない。
足音が、城門を越えた瞬間に変わる。
石の床は磨かれておらず、粗い。
それなのに、音が吸われるように消えていく。
生き物の気配が、ない。
兵士も、魔物も、召喚痕もない。
魔力の流れだけが、城の奥へ、奥へと引き込まれている。
「罠か?」
ドランが小さく呟く。
「……罠かもしれない」
そう答えたのは、ヴィレットだった。
視線は前を向いたまま、声だけが硬い。
「それでも進むしかない」
城内に入っても、状況は変わらなかった。
通路は続き、階段は上にも下にも伸びている。
松明は灯っているが、炎が揺れない。
風が、ない。
「音がしない」
しろっぷが、ぽつりと呟いた。
足音も、鎧の擦れる音も、呼吸音さえも、
意識しなければ、存在しないかのように薄い。
生きているはずの城が、
息を止めている。
ルシアンは、歩きながら周囲を見ていた。
壁、床、天井、魔力の残滓。
どれも異常はない。
異常がないこと、そのものが異常だった。
「迎撃が、ない」
確認するように言う。
「結界も、封鎖も、威圧もない」
「ここは……開け放たれている」
「誘ってるってことか」
ユリウスが一段、奥へ進む。
誰も止めない。
シーナは、城の中を見渡していた。
台所の匂いも、食料庫の気配もない。
人が生活していた痕跡が、きれいに消えている。
「……全部、片づけた後みたい」
言葉にした瞬間、
胸の奥に、重たいものが落ちる。
準備が終わっている。
迎える側の準備が。
遠くで、何かが鳴った。
鐘ではない。
金属でもない。
低く、深く、空間そのものが震えたような音。
「来るぞ」
ふーぴょんが短く言う。
だが、敵影は現れない。
代わりに、城の奥から、圧だけが広がってくる。
魔力だ。
濃度ではない。
意思を持った、重さ。
「……ようやく、気づいたか」
声ではない。
それでも、言葉だった。
全員が、同時に足を止める。
城は、静かだった。
だが、それは終わりの静けさではない。
始まりの、静けさだった。




