3話 前編 水の味と、はじめての料理
森を抜けると、小さな集落が現れた。
木と土でできた家が点在し、
獣人たちが静かに暮らしている。
うさぎ、羊、山羊、鹿、牛さんのようだけど獣人――
どこか草食系の獣人が多いように見えた。
彼らとは明らかに違う、四つ足の
私の知っている牛さんや羊さんもいる。
獣人たちの蹄が土を踏む音や、干し草を束ねる気配が、
夕暮れの空気に溶けている。
人間の姿は、いない。
少なくとも、しいなの目には映らなかった。
「ここが、僕らの村」
ふーぴょんはそう言って、少し胸を張る。
その仕草が、子どもらしくて、少しだけ誇らしげだった。
視線が集まる。
好奇の目。
警戒の目。
そして、戸惑い。
白衣姿の人間は、どうやら珍しいらしい。
ひそひそとした声が、風に混じって聞こえた。
「……ご迷惑だったら、すぐ出ます」
そう言いかけたしいなに、ふーぴょんは首を振った。
「いいよ。とりあえず、うち来な」
「今日は遅いし、飯もある」
「……ありがとう」
案内されたのは、村の端にある小さな家だった。
華美ではないが、壁の継ぎ目も床もきちんと整えられていて、
ここでの暮らしが、慎ましくも真面目であることが伝わってくる。
戸を開けると、ふわりと乾いた藁の匂いがした。
土の冷たさと、生活の温度が混じった匂いだった。
「ただいまー」
「……おかえり」
奥から、少し控えめな声が聞こえた。
そこにいたのは、小さなうさぎの獣人だった。
ふーぴょんより、ひと回り小さい。
耳も少し短くて、毛並みが柔らかそうで、
目が合うと、そっと伏せ目がちに微笑む。
「お兄ちゃん、この人だれ?」
「うーん……拾いもの」
「ひどい!」
思わず声が出る。
「こんばんは。急にお邪魔して、すみません」
「しいな、っていいます」
ぺこりと頭を下げると、
その子は少し驚いた顔をしてから、
にこっと笑った。
直後、こほこほ、と小さく咳き込む。
「……病気?」
「うん。ずっと」
「今日はふたりだけ?」
少し間があって、ふーぴょんが言った。
「とーちゃんとかあちゃん、呪いで死んだんだ」
「……呪い?」
「そう言われてた」
「ごめん。いきなり」
「いいよ」
「妹ちゃん、お名前は?」
「…ラピ」
か....かわいい。
耳も、声も、仕草も。
モフモフのお耳も
思わず、あとで撫でたいな、なんて考えてしまう。
その視線に気づいたのか、
ラピは一歩下がって、少し遠巻きにこちらを見た。
「今日は、いつものごはんだけど……」
ふーぴょんが気まずそうに言う。
そのまま、ふーぴょんは料理を始めた。
小さな手で鍋を扱い、さっと魔法で火をつける。
焚き木がはぜる音はなく、静かに、赤い火だけが灯る。
ラピは部屋の奥へ戻ったようだった。
壁の向こうから、こほ、こほ、と小さな咳が聞こえてくる。
しばらくして。
「ラピー、飯だよ」
テーブルに並んだのは、
固いパンと、薄い塩味の豆のスープ、ミルク。
干した魚が、申し訳程度に添えられている。
湯気はほとんど立っていない。
スープからは、豆と水の生っぽい匂いがする。
パンは乾いてひび割れ、触ると指が痛くなりそうだった。
正直に言えば、美味しそうではない。
でも、それを口に出すのは、違う。
「……ありがとうございます」
「いただきます」
失礼のないように、ゆっくり口に運ぶ。
ミルクは濃厚で、牛乳に近い味がした。
それだけは、悪くない。
スープは、鼻に残る生臭さがあり、
豆は芯が残っていて、噛むたびに歯に当たる。
パンは冷たく、油分がなく、喉の水分を奪っていく。
「……いつも、こんな感じ?」
しまった、と思った。
「こんな、って……」
「あ、ごめんなさい」
「失礼な言い方でした」
ふーぴょんは、気にしていない様子で肩をすくめる。
「まあ、こんなもんだよ」
「腹は、満たせる」
ラピは、少し咳き込んでいた。
「こほ、こほ」
「ラピ、大丈夫?」
「うん……ちょっと、だけ」
その小さな背中を見て、
胸の奥が、じくりと痛んだ。
――今まで、自分がどれだけ恵まれた環境で
食事をしていたのか。
しいなは、家の中を静かに見回した。
この食卓が、この家の当たり前なのだと、
改めて、突きつけられるように。




