28話 国の復興と、ビビンバと混ざる力
貴族であるエミナの邸宅は、地盤のしっかりした丘の上にあった。
ウルク王国において、厄災での大きな被害を免れた
数少ない建物のひとつで、白い石壁と広い庭を備えた屋敷である。
かつては賓客を迎えるための場だったというが、
今は復興に関わる者たちが集まり、自然と拠点のような役割を担っていた。
毎日忙しく、なかなか全員が揃うことはなかったが、
ロザンヌ町の仲間できるだけ一緒に食事を囲んだ。
その日の大きなリビングには、長い木の机が据えられ、
皿と椀が等間隔に並べられていた。
久々に全員集合、そんな日だから
「……料理をつくろう」
湯気はまだ立っていないが、奥の厨房からは、
にんにくと肉の匂いが静かに流れ込んできている。
シーナは火にかけたフライパンを前に、手を止めずに具合を見ていた。
油をひき、料理酒やすりおろしたにんにくに
漬け込んだオーク肉を入れた瞬間、
低い音とともに香りが立ち、室内の空気が食事のものへと変わる。
「今日は、大人気のビビンバにするわ」
その一言に、ふーぴょんが椅子に腰掛けたまま身を乗り出し、
しろっぷは背もたれに耳を預けながら、静かに目を向けた。
テンはシーナの足元で丸くなり、
ラピとメリッサは、久々のシーナとの料理に
目を輝かせながら手伝っている。
肉に軽く火が入ったところで、千切りにしたにんじんを加え、
シーナは焦らずに炒め続ける。
「にんじんは、甘さが出てから」
そう言ってから、もやしとゆでたほうれん草を加え、
最後に刻んだぜんまい水煮を重ねる。
かさのある野菜が次第に落ち着き、鍋の中で一体になっていく様子を、
誰も言葉を挟まずに見守っていた。
砂糖、ロザンヌ町特製の醤油。
調味料を加えるたび、香りが重なり、自然と腹の奥が反応する。
「……ご飯がすすむ匂いだな」
カジドランが腕を組んだまま呟き、
仕上げに白いりごまを加え、最後にごま油をひとたらし落とすと、
ラピが思わず息を呑んだ。
炊き上がった麦ごはんの上に、具をそれぞれ盛りつける。
混ぜずに、のせたまま。
白、緑、橙、茶色が、皿の上で役割を保って並んでいる。
「みんなで一緒に、自分で混ぜるのよ。好きな順番で」
最初に口をつけたエミナは、一瞬だけ動きを止め、それから小さく息を吐いた。
「甘めなのに、ちゃんと力があるわね。野菜が多いのに、食べやすい」
「おいしい!!」
「これは……止まりませんわ」
「ニンニクとゴマの香りがたまらんな」
「いろんな食材を混ぜ合わせて最高の味ができる、まるで私たちみたいね」
シーナが言うと、
「そうじゃな」
「じゃあ私は、報告上手だからホウレンソウかしら」
ヴィレットが言うと、
声が重なり、自然と笑いが生まれる。
立場も種族も違う者たちが、同じ机を囲み、
同じ料理を前に箸を進めていた。
シーナは、その様子を少し離れた場所から静かに見渡していた。
街は、復興に向けて新たな道を歩み始めている。
瓦礫は少しずつ片付き、炊き出しの列は短くなり、
仮設宿が教会を中心に整えられつつあった。
ルミナス卿を軸に、人と人との関わりが、もう一度組み直されている。
シーナの「すいとん」の炊き出しに支えられていた
街の栄養状態も、確かな回復の兆しを見せていた。
だが王だけは、城壁の修復に固執し、そこに力を注ぎ続けている。
権威の象徴である城壁だが、今なすべきことはそこではないと感じながらも、
言葉にできずにいた。
ヴィレットは帳簿を抱え、邸宅を忙しなく出入りしている。
エミナから宿の運営を任され、再建を進める彼女が
ハーフエルフであると知ったのは、つい最近のことだった。
常に状況を把握し、報告を怠らず、計画書を見直していく。
メリッサは、エミナの宿に併設された給食堂ウルク店で厨房に立ち、
「シーナの料理」を繋げていく準備を始めていた。
避難所となっていた校舎は再開され、
ミルルが手配した牛乳とともに、子どもたちは久しぶりに机を囲んでいた。
ラピはその横で、覚えたことを子どもたちに教えている。
復興を目指す中で、シーナを中心とし、
エミナが支援する一団が、いつの間にか形を持ち始めていた。
誰からともなく、その集まりは「シーナファミリー」と呼ばれるようになった。
多様な種族が同じ椀を手にし、毎日邸宅へ戻っては、同じ釜の飯を食べる。
それが、彼らの生活になっていた。
大雨の降りしきる夜だった。
フードを被った近衛騎士が馬に乗って丘を駆け上がってきた。
「遅くにすまない。ユリウス様から、伝言を預かって参りました」
名乗ったのはエアという使者だった。
正式な命令ではない、と前置きしたその言葉に、場の空気がわずかに揺れる。
シーナはすぐには答えなかった。
彼がどこにいて、何を背負っているのか。
想像しすぎないよう、心を抑える。
「殿下は、城へ来てほしいとおっしゃっています。あなたが必要だと」
シーナは集まった皆の顔を、一人ずつ見た。
それから、静かに首を振る。
「ごめんなさい。今は、行けないわ」
「まず、目の前の人と、この街を立て直す。
町のみんなが、自分の足で立てるようになるまで」
誰も反対しなかった。
ふーぴょんとしろっぷは黙って頷き、カジドランは小さく笑った。
夜が来る。
だが、もう闇ではない。灯りはともり、
湯気は消えず、人は前を向いている。
国の復興は、城から始まるのではない。
目の前の食からだ。
――約一年後。
復興は徐々に形となり、点だった営みは線となり、
街全体を巻き込む流れへと変わっていった。
それぞれ忙しくとも、夜になれば当たり前のように皆が集まる。
混ぜあい、共に食を囲むことで、力が湧くと理解していたからだ。
一方で、城ではなお、軍備と城壁にのみ目を向け続けていた。
そして復興の要である物流では、不安な影が静かに広がり始めていた。
街へ届くはずの穀物が遅れ、塩や油の入荷は不規則になり、
原因を尋ねても、明確な答えは返ってこなかった。




