24話 混乱と、涙の答え
外では、町へ続く道に灯りが並び始めていた。
夜明け前、ロゼンヌの給食堂はすでに動いていた。
釜に火が入り、水が張られ、米が洗われていく。
誰も大きな声は出さない。
必要な言葉だけが、短く交わされる。
「米、あと二俵」
「味噌は白を先に」
「塩、足りる?」
シーナは釜の前に立ち、手を止めずに全体を見ていた。
書状が来た後、いてもたってもいられずテンに乗り、城下町を上空から視察した。
すぐに言って助けたい、エミナにも会いたいそう思ったが、一人では何もできない
みんなの力必要そう思い引き返してきた。
頭の中では、城下町の地図が広がっている。
人が集まりやすい場所に井戸。
崩れた家屋の陰にならない場所。
――混乱する。それが、分かっていた。
ホクスが近くの町から馬車をかき集めてくれた。
カウルを中心に、みんなで詰められるだけの食材を積んだ。
テンの背中にも大きなの持つが乗せられた。
馬車が揺れながら城下町へ近づくにつれ、
土埃と、焦げた匂いと、泣き声が混じり始めた。
壁は裂け、石畳は波打ち、町だった場所は形を失っている。
石畳が割れ、瓦礫が道を塞いでいた。
馬の脚を取られる危険があった。
テンに乗ったシーナは上空からこの惨劇を間のあたりにする
呆然と立ち尽くす者や瓦礫を掘り返す者。
泣き叫ぶ子どもを抱きしめる人々
城下町の手前で、馬車は止まった。
これ以上は進めない。
シーナもテンから降りみんなと歩きは始める。
――これは、長くなる。
「ここから歩きます」
「みんな歩きますよ。荷物を持ってください」
その一言で、全員が荷を担ぎ直す。
釜は分解され、馬の背に乗せられた。
街の中心へ近づくにつれ、空気が変わる。
声が少ない。音が、沈んでいる。
ようやく広場に出た瞬間、人影の中から一人の女性が駆けてきた。
「……シーナ!」
エミナだった。
汚れたドレスの裾も構わず、そのまま抱きついてくる。
「無事で……よかった……」
シーナも、迷わず抱き返した。
「ええ。あなたも」
「……お父様、大変だったね」
エミナは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく頷いた。
「お嬢様ご無事で、心配しておりました」
涙をこらえ、ヴィレットがエミナに声をかける。
「うん、成長したね。ヴィレット、別人のようだよ」
「シーナ、今は生きている人を助けたい」
「うん、もちろん」
短い言葉で、話は終わった。
周囲では、人々がこちらを見ている。
期待と、不安と、戸惑いが混じった視線。
「王族の動きが、遅いの」
エミナが声を落とす。
「教会も……判断に時間がかかってる」
「ほんと、すぐ来てくれて、ありがとう」
その言葉に、シーナは首を振った。
「できることを、しに来ただけ」
そのとき、瓦礫の向こうから低い声がした。
「おい」
ドワーフのカジ・ドランが立っていた。
煤だらけだが、目は生きている。
「俺にもやらせてくれ。叩く以外も、できるぞ」
その隣には、以前宿でお世話ったなった女店主カーフもいた。
「私も、何か手伝わせて」
水を持つ者や、薪を運ぶ者列を整える者、シーナはそれぞれの役割を分担していく。
誰かが誰かを呼び、輪が少しずつ広がっていく。
釜が据えられ、火が入り、湯が揺れ始めた。
その様子を見つめながら、ふーぴょんが呟く。
「うん、これなら、みんなを助けられるね」
「みんな、ここからだよ。よろしくね」
シーナの声は大きくない。けれど、不思議と通った。
鍋が据えられ、釜が並ぶ。
ふーぴょんとラピが人の流れを整理し、
ホクスと石鹸工場の獣人たちが水を運ぶ。
「皆さん、間もなくできます。整列して並んでください」
「割り込まれた方には提供できません。
皆さん分ありますので、冷静にお願いします」
だが、列は最初から整っていたわけではなかった。
火が入ったと知れ渡ると、人は一気に押し寄せた。
前へ、前へ。
並ぶ余裕はなく、声が重なり合う。
「まだか」
「先に来たのはこっちだ」
「さっきあの人、もうもらったぞ」
空腹と寒さと不安が、疑心を生む。
高齢者と怪我人が、列の後ろに押しやられる。
最初の問題は、そこで起きた。
「待て」
黒衣の男たちが、炊き出しの前に立ちはだかる。
教会の紋章。
「施しは、教会の管理下で行う」
「無秩序な配給は、さらなる混乱を招く」
周囲がざわつく。
「今は食わせるのが先だ」
ホクスが低く唸る。
「順番と管理が必要だ」
「まずは王族、貴族、その後に民だ」
不満が声になり、疑いが言葉になった。
列が、再び揺れる。
シーナは一歩前に出た。
「ここでは、並んだ人から食べてもらいます」
「条件は一つ。奪わないこと、暴れないこと」
教会の男が言い返す。
「それでは秩序が――」
「では火を止めますか?」
シーナが答える。釜の中で、湯が揺れている。
オークの味噌汁、私の国では豚汁。
湯に酒を振ったオーク肉を下茹でし、
刻んだ大根と人参を加え、
これから味噌を溶いて仕上げる。
「今、止めれば」
「この匂いを嗅いでる人たちは、もっと荒れます」
言葉が詰まる、そのときだった。
「……ください」
瓦礫の影から、小さな子どもが出てきた。
母親が必死に頭を下げる。
「揺れた日から、何も……」
シーナは、すぐには動かなかった。
一瞬だけ、列を見る。
それから、頷いた。
「まずは、列に並ぼうね。すぐ回ってくるからね」
声はやさしい。
「おにぎり、先に! 急ぐよ」
炊き立てのご飯をにぎる。
熱さなんて気にしない。
米は指に吸いつく。
塩は、手際よく。
「こっちが先だろ」
「まだもらってない」
混乱は起きる。
だが、そのたびに列を整える。
「落ち着け。数はある」
ドランの声が響く。
ようやく味噌汁を受け取った子ども。
「待たせてごめんね。よく待てたね」
椀を抱え、一口すすり、止まり、そして泣いた。
「……あったかい。美味しいよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます。」
母親は何度も頭を下げる。
その声に、周囲の怒号は消え、すすり泣きだけが残った。
教会の男は、静かに一歩下がった。
「……私も手伝おう」「私も」「俺も」
食べ終えた多くの人が列を整える側に回る。
日が傾き始めた頃、ホクスが一度、炊き出しの場を離れた。
「テンの力を借りるぞ、この人数だ。今日だけで終わらせる気はねえだろ」
「よし行くぞお前ら、ここは俺らの腕の見せ所だぞ!」
商会の獣人たちを連れて動く。
「おお!」
「シーナ行ってくるね」
「テンちゃん気をゆけてね」
崩れた倉庫、無事な蔵、個人商の残り在庫。
値段交渉はせず、支払いは帳面に一行だけ残す。
「後で必ず払う。ぜってい逃げねえ」
それだけで、商人たちは頷いた。
立ち続け、叫び続け、日が傾くまで炊き出しは続いた。
深夜。ようやく火を落とし、
エプロンと三角巾を外しながら、
シーナは深く息を吐いた。
心の奥がざわつく。
もぞもぞとした不安が消えない。
ホクス商会のみんなが、明日の商材を探しに行ってくれている。
エミナも、焼け残った施設から食材を集めてくれている。
それでも――
明日も、足りるだろうか。
続けられるだろうか。
ふーぴょんが隣に立つ。
「……シーナ、大丈夫」
即答ではない。
それでも、釜を見る。
「みんなのため……」
一瞬揺れて、
「明日も、料理をつくろう
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