22話 カジ・ドランの武器屋と、村への帰還
しばらくして、シーナは村へ戻ることを決めた。
その前に、街の武器屋へ立ち寄っている。
引いたのでも、逃げたわけでもない。
ただ、今ここではないと判断しただけだ。
武器屋ドワーフ、カジ・ドランの工房には、
低く唸る炉の音と、金属を打つ乾いた響きが満ちていた。
「仕上がってるぞ」
短くそう言って、ドランは奥から武器を運び出す。
最初に差し出されたのは、しろっぷのものだった。
グリフォンの鉤爪を加工した、
湾曲した一対の爪武器。
重すぎず、だが芯のある重みがある。
「かなりいい仕上がりだ。ドラゴンの装甲も貫くぞ」
しろっぷが試しに装着する。
「嘘みたいに軽いよ。つけてないみたい」
軽くて丈夫。
これからのしろっぷの相棒だ。
次に、ふーぴょんの前へ置かれたのは、
細身の矢束だった。
グリフォンの牙を矢じりに、羽根を矢羽に用いた、
グリフォンアロー。
「力任せに使うなよ」
「風魔法を駆使すれば、狙ったところへ飛ぶぞ」
ふーぴょんは静かに頷き、
一本だけを大切そうに握った。
私の分も合わせて、お揃いの防具も整えてくれていた。
革と金属を組み合わせた緑色の軽装で、
動きを妨げず、急所だけを守る作りだ。
「これなら、お前さんたちを守ってくれる」
「ありがとうございます」
シーナは支払いを済ませ、礼だけを述べた。
「うん、いい客だ! いつでも来いよ」
城を発つ前、エミナは中庭まで見送りに来ていた。
イヤーナは庭園でお茶を飲みながら腰を下ろしている。
高齢で、ひどく疲れた様子だ。
村に来たときは、きっと必死だったのだろう。
今は肩の荷が下りたようで、それだけエミナを愛しているのだと伝わってくる。
エミナはもう、歩くことを恐れていない。
背筋は自然に伸び、顔色も安定している。
「……行ってしまうのですね」
「ええ。でも、終わりじゃないわ」
エミナは少し考え、それから、ゆっくりと頷いた。
「私、ちゃんと食べます」
それは誓いというより、
当たり前の生活を取り戻す宣言だった。
「それでいいですよ。身体を大事に」
「いつかお役に立てることがあったら、お任せください。
私も強くなります」
「はい。その時は」
シーナは、余計な言葉を足さない。
別れは短く、
抱き合うことも、涙を見せることもなかった。
だが、確かに区切りだった。
馬車には、ヴィレットが同乗する。
今回は付き人ではない。
料理を学ぶため、村へ同行することになったのだ。
「お嬢様のためにも、今は邸宅に残るより、
あなたから学ぶことが必要だと思います」
エミナは言った。
「寂しいけど、正しいわ。元気でね」
それだけで、話は終わった。
村には仲間がいる。
石鹸工場があり、畑があり、給食堂がある。
村へ続く道が見えた瞬間、ふーぴょんが足を止めた。
「あ……」
その声につられて視線を上げると、
村の入口に人影が集まっているのが見え、
次の瞬間、聞き慣れた声が重なった。
「ふーぴょん!」
「シーナさん!」
真っ先に駆け出してきたラピが、
息を切らしながら二人の前に立つ。
「おかえりなさい! 無事でよかった……!」
その後ろから、メリッサが大きく手を振り、
ホクスは腕を組んだまま鼻で笑い、
ミルルは少し遅れて小走りでついてきていた。
「まったく、心配かけやがって」
「でも、顔を見たら元気そうで安心したわね」
「……おかえり」
口々に投げかけられる声に、
シーナは一瞬だけ言葉を失い、
それから小さく息を吸った。
「ただいま」
その一言で、張りつめていた空気がふっと緩み、
ラピがぎゅっと拳を握る。
「今日はね、みんなで準備してたんだよ」
「凱旋ってやつだろ?」
ホクスが照れ隠しのように言うと、
ミルルが小さく頷いた。
村の中へ足を踏み入れると、
通りのあちこちから視線が集まり、
誰かが拍手を始め、
それにつられるように音が広がっていく。
「おかえり!」
「よく戻ったな!」
「無事で何よりだ!」
その中で、ふーぴょんは戸惑ったように立ち止まり、
シーナの袖を小さく引いた。
「……みんな、ありがとう」
シーナは少しだけ笑って、前を見る。
「大丈夫。迎えに来てくれる場所があるってことだから」
ラピが先頭に立ち、
メリッサとミルルが並び、
ホクスが最後尾で周囲を見渡す。
自然とできたその隊列のまま、
彼らは村の中心へと歩き出した。
拍手と声に包まれながら歩いていると、
ふとメリッサが周囲を気にするように視線を巡らせ、
少し声を落とした。
「……ねえ、シーナさん」
その呼びかけに、ラピとミルルも足を緩める。
「町の方で、変な噂が流れてたんです」
「教会と揉めてるって……本当なの?」
一瞬、村の喧騒が遠のいた気がして、
シーナは歩きながら小さく息を整えた。
「大丈夫。揉めたというより、考え方が違っただけよ」
ホクスが鼻を鳴らし、低い声で言う。
「だが、神殿絡みの話は厄介だ」
「旅人がな、村に来る前に言ってたんだよ。
給食堂の連中が目を付けられてるって」
ふーぴょんが、思わずシーナを見る。
「……だから、みんな来てたの?」
ラピがこくりと頷いた。
「心配だったから」
「何かあったら、ちゃんと迎えに行こうって」
ミルルは少し唇を噛み、
でも視線を逸らさずに続ける。
「噂は噂だけど……教会と聞くと、どうしてもね」
その言葉に、誰もすぐには返さなかったが、
歩調は自然と揃い、
誰一人として列を離れなかった。
シーナはその背中を一度見回し、
それから前を向く。
「心配してくれて、ありがとう」
「でも、ここは変わらない。
私は、戻ってきただけ」
その一言で、
ラピの肩から少しだけ力が抜け、
メリッサが小さく笑った。
「なら、よかった」
「帰ってきてくれたなら、それで」
村の入口を越える頃には、
誰も噂の続きを口にせず、
ただ歩く音と、人の気配だけがそこに残っていた。
夜。
誰もいない静かな給食室で、
シーナは釜を覗き込む。
「私はただ……料理を作ろう」




