16話 グリフォン肉と、貴族の来訪
二人と並んで村へ戻る道は、以前よりも明るかった。
日が落ちても家々には火が灯り、通りには夜市が立ち、
酒場からは笑い声と楽器の音が混ざって流れてくる。
この異世界に来て一年ぐらい。
気づけば、私はこの村の空気に溶け込み、
この村は隣町よりも賑わっているようにさえ思えた。
村長は通りを見渡しながら、そろそろ町への申請が必要かもしれないな、
と半ば冗談めかして言い、その声には確かな手応えが滲んでいた。
給食堂に着くと、ダンジョンへ向かう前から心配してくれていたラピとメリッサが、
揃って駆け寄ってくる。
メイド服姿の二人は今日もよく似合っていて、思わず表情が和らぐ。
シーナがアイテムボックスを開くと、次々と現れるグリフォンの肉に、ラピが思わず両手を広げた。
自分の体より大きな肉塊を前に目を丸くし、その様子に皆が吹き出す。
あまりの大きさに、自然と笑いがこぼれた。
明日は何を作ろうかと円になり、献立の話が始まる。
ふーぴょんは迷いなく言った。
「俺はやっぱ唐揚げかな」
それにラピが身を乗り出す。
「新しい料理も作ろうよ、シーナ。何か新しい献立、教えて」
シーナは少し考え、指を顎に当てた。
「うーん、野菜もいっぱいあるし、すみちゃんカレーの鶏だんご入りってどう?」
「カレーなのそれ」
「うん。私がいた町のおすもうさんが作るちゃんこと、カレーを合わせた料理なんだ」
「おすもうさん?」
「体の大きな人たちが、はっけよい合図の後、体をぶつけて押したり倒したりするの」
「なにそれ……よく分からないけど面白そう」
「野菜もいっぱいで、きっとおいしいよ。レシピ、書いておくね」
「お肉は私のアイテムボックスに入れておくね」
アイテムボックスはいつの間にか容量が増え、ギルドで部位ごとに解体された肉も
余裕をもって収まるようになっていた。
その夜は、村外れにできた温泉へ向かった。
温泉が出る場所がると聞いていた
そこでシーナが、ヤギ―村長に提案して作ってもらった、この村にはなかった共同浴場
昔に行った熱海の温泉を思い出して設計から、協力させてもらった。
そして今日はいよいよプレオープン!
「温泉~たのしみ、たのしみ♪……」
ラピが弾んだ声を上げ、シーナの腕を引く。
「シーナ、メリッサ、一緒に洗いっこしよね」
「私は……ちょっといいかな」
そう答えたシーナに、メリッサが意味ありげに微笑む。
「おんせんってすごい!岩の中にお湯が入ってる」
「大きいわね」
「うん」
「メリッサも!きゃはは」
「うふふ……」
思わず飛び出したラピの一言に、湯気の中で笑い声が弾ける。
少し離れた岩風呂では、ふーぴょんと村長が、頭に手ぬぐいを乗せたまま湯に浸かり、
何を話すでもなく、ただぼーっと湯気を眺めていた。
湯気の向こうで揺れる灯りと、肩まで浸かる湯の温もりに、
ダンジョンで疲れ切ったからだと、張り詰めていた心がほどけていく。
翌朝、湖畔はきらめいていた。
鳥の鳴き声が澄んだ空気を震わせる中、シーナは静かに息を吸う。
「さあ、今日もはじまる。料理を作ろう」
その横顔には、いつもの計算が浮かんでいる。
グリフォンの肉は、羽毛を落としたあとも獣と鳥の境目のような質感を残し、
包丁を入れた瞬間に伝わる反発は鶏肉より強いが、筋は素直で、
扱い方さえ誤らなければ応えてくれる素材だった。
下処理を終えた肉は、にんにく、生姜、香草、
調味液を合わせた漬け床に沈め、しばらく時間を置く。
漬け込まれていく肉を横目に、皆で野菜を刻み、洗い、鍋の準備を進めていく。
ダンジョンの話で笑いながらも、手は止まらず、空気は自然と整っていった。
麦粉を挽いた衣をまとわせ、油に落とす。
音が変わり、香りが立ち上がった。
口笛を吹きながらつまみ食いに来たふーぴょんが、噛んだ瞬間に目を見開く。
「うめぇ……なにこれ」
次の一噛みで、肩の力が抜けた。
「弾力もあって、旨みがすごい」
しろっぷも一口含み、ゆっくりと頷く。
「この少し野性味のある香りと、香草の爽やかさ……すごく合うね」
油の中で閉じ込められた肉汁が、衣を破った瞬間に舌へ流れ込み、
香辛料より先に「うまい」という感覚だけが体に届く。
最後に釜へ向き合う。
野菜を入れ、油で甘みを引き出し、干し魚から丁寧に出汁を取る。
異世界の素材でも、工程さえ守れば問題はなかった。
軟骨と胸肉を、ふーぴょんが驚異的な速さで叩き、しょうが、にんにく、
調味料と合わせ練り上げた後に、メリッサがまとめて鍋へ落とす。
大きめに切った煮込まれた肉汁は全体を包み込んでいく。
お椀に取り味見をする。
「……うん」
一口食べるたび、胃の奥から力が湧き、心が満ちていく感覚が残る。
この世界で、こんな懐かしい味に再び出会えるとは思わなかった。
すみちゃんカレーを前に、ふーぴょんは一瞬だけ動きを止めた。
「どした、泣いてんの」
ふーぴょんが顔を覗き込む。
「泣いてないよ。うれしいの」
「そうなの、僕も一口!!」
まずは一口。
口に入れた瞬間、最初に広がるのは野菜の甘みだった。
煮崩れる寸前まで火を入れた根菜のやわらかさが舌に触れ、
その奥から干し魚の出汁がじわりと追いかけてくる。
「……なんだこれめっちゃうまい!」
思わず声が漏れる。
カレーの香辛料が効いているのに辛さは控えめなのに、味が薄いわけじゃない。
むしろ、旨みが何層にも重なって、口の中で順番にほどけていく。
次に、肉団子をすくう。
箸を入れた感触はふわりとしているのに、噛んだ瞬間、こりっとした歯応えが混ざった。
「あっ軟骨だ。」
細かく叩かれた肉の中に散らされていて、柔らかさの中に確かな存在感を残している。
噛むたびに、肉の脂と軟骨の旨みが弾けるように広がり、そこへカレーの風味が重なって、
次の一口を呼びに来る。
「やばい……旨みが、爆発してるねこれ!」
ご飯と一緒にかき込むと、白米の中の麦の粒がほどよく歯に当たり、噛むリズムが自然と整う。
噛む、飲み込む、またすくう、もう考えてる暇がない。
だが、体の奥から確実に食欲を掴んで離さない。
「シーナすごいよ!これ絶対完売だよ」
昼時、給食堂は今日も満席だった。
献立はグリフォン定食、すみちゃんカレー、唐揚げ、そして葡萄。
不思議がりながらも注文は止まらず、どの卓からも笑顔とうまいの声が響き、
羊獣人の給仕たちが手際よく配膳を続ける。
「これうまいよ!最高だね」
「グリフォンって高級食材だろこんな安くていいの?」
「なんか力が皆がってくるな!」
「ステータスまた上がっちゃうな」
次から次へと村人、冒険者が集まる
「まだあるかな?定食お願い」
村長もまた、頬を緩めながら皿を平らげていた。
「もう残りわずかだね」
メリッサが疲れも見せず、皿を洗いあげている
ピークを越え、少し静かな時間が流れ始めた頃、外から馬車の足音が届いた。
現れたのは、村には不釣り合いな装いの貴族だった。
視線だけで周囲を値踏みし、汚い山小屋だ、給仕が獣人で臭そうだと吐き捨てる。
ひと段落下、ラピが静かに案内に出る。
「いらしゃいませ、お好きな席にお座りください」
「お好きな席だと? わしは貴族だぞ、貴賓室に通せ」
その前に、シーナが一歩進み出る。
「ここは、みんなの給食堂です。上も下もありません。みんなで喜びを分かち合う場所です」
「女が口答えをするな」
場が静まり返る。
ふーぴょんが、何も言わずに風を操り、残り少ないカレーの香りを店内にそっと巡らせた。
「……なんだ、この匂いは」
「今日のすみちゃんカレーです。ぜひ、召し上がってみてください」
差し出された一皿を口にした瞬間、その表情から張り詰めた線が消え、言葉数が減り、
定食をあっという間に食べ上げる。呼吸が深くなるのを、シーナは見逃さなかった。
「いかがでしたか」
「う、、、、、うまかった」
「なんだか。腹も空いて……。」
彼はようやく本題を口にする。
「実は……。」
シーナは皿を片付けながら、静かに頷いた。
……料理を作ろう。




