15話 隣町ギルドと、私の知らない転生者
ダンジョンから戻る頃には、日はすでに傾き始めていたが、
ふーぴょんとしろっぷの歩調は乱れることなく、
周囲の冒険者たちが無意識に距離を取るほど、二人の気配は落ち着いていた。
すれ違う冒険者たちが一度、二度と視線を向け、
言葉を交わさずとも「何かあった」と察する空気が生まれていくのを、
シーナは少し居心地悪く感じながら後ろを歩いていた。
グリフォンの素材は、さすがに給食堂へそのまま持ち帰るには大きすぎた。
「こんな大きな肉……私には捌けないわ」
シーナのその一言が、村より大きな隣町の冒険者ギルドへ向かう理由のすべてだった。
「ちょうどいい機会だし、ついでに冒険者登録でもしておこうか」
ふーぴょんが言う。
「そうね。私たちも冒険者デビューしてもいいよね」
しろっぷも、少しわくわくした顔で続けた。
「任せるけど……大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。気にしない」
ふーぴょんの軽いノリだったのも、事実である。
隣町のギルドは石造りの建物で、村の給食堂とは違い、壁に刻まれた傷や魔物の爪痕が、長い年月を物語っていた。
カウンターに、ふーぴょんが背負っていたグリフォンの素材を出した瞬間、空気が変わった。
「……おい」
「あれ見ろよ」
「グリフォンじゃねえよな」
ギルド内のざわめきが、ぴたりと止まる。
「これ、解体してもらえないかな。あと、冒険者登録も」
受付のエルフの職員が、完全に固まった。
透明感のある、見たこともないほど綺麗な髪のエルフだ。(すごく……可愛い)
「こちらを……ですか? 少々お待ちください」
ざわつく中、奥へ引っ込むと、ほどなくして現れたのは、白髪交じりの大柄な人間の男だった。
「ギルド長のギガスだ」
低い声でそう名乗り、素材と、ふーぴょん、しろっぷ、そしてシーナを順に見た。
「……これは、ずいぶん偉いものを持ち込んだな」
「お前さんたち、これが何か分かっているのか」
「うん。ダンジョンの最後に倒してきた……たしか、グリなんとか、でしょ?」
ふーぴょんが笑いながら言った瞬間、周囲が一気に騒がしくなる。
ダンジョンの最深部に現れる魔物、グリフォン討伐、それもほぼ無傷での回収。
「おいおい……本当かよ」
「信じがたいが……目の前のものを信じるしかないか」
「よし。グリフォンの解体は引き受けた」
「素材はどうする?」
「皮とか牙は、全部ギルドに渡すよ」
ふーぴょんが即答する。
「おう。じゃあ、換金できるものは換金してやる」
「ありがとう」
「僕らは、持てる分だけでいい」
シーナも、静かに頷いた。
「目立ちたくないの」
その言葉に、ギガスは一瞬だけ口角を上げた。
「……分かった。で、冒険者登録もまだなのか?」
「ますます規格外だなお前ら」
ギガスは楽しそうに笑う。
「ま、こんなことがあるからギルドはやめられん。気に入った。すぐ手続きをしよう」
「エルメス、頼む」
透明感のある、あのエルフの職員が頷いた。
ギルドの審査は簡単ではなかったが、結果はすぐに出た。
ふーぴょんとしろっぷは、冒険者登録と同時に、いきなりランクA相当と判断された。
拍子抜けするほどあっさりとした通達に、当人たちよりも周囲の職員の方が騒ぎ出す。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「聞いてねえぞ、いきなりAって」
視線が集まる中、ふーぴょんは少し困ったように頭を掻いた。
その後、シーナの加護についても調査が行われたが、ランク結果は不明だった。
ギガスだけが、じっとシーナを見つめていた。
「お前ら、ちょっと別室に来い」
「そこの二人は、こっちの部屋だ」
シーナだけが、エルメスとギガスのいる別室へ通された。
あとから聞いた話では、ふーぴょんとしろっぷはランクCとして登録されたという。あまりにも目立つための措置だったらしい。
「……もしや君は、転生者ではないのか?」
突然の問いに、シーナは言葉を失った。
ギガスは、小さく息を吐く。
「昔な。エルメスと俺がいたパーティーの勇者も、異世界人だった」
視線が遠くなる。
「世界を救って、魔王を倒して、平和が来た」
「そのあと、あいつは笑って言ったんだ」
「『飯を食ってくる』ってな」
それきり、戻ってこなかった。
その言葉に、シーナの胸が、静かにざわつく。
エルメスもギガスも、それ以上深く踏み込まなかった。
「詳しいことは聞かん」
「だが、俺は……いや、このギルドは、お前さんたちを支援する」
「それだけは、決めた」
手続きを終え、大量の素材の代金として金貨とグリフォンの肉を受け取り、三人はこっそりと裏口からギルドを後にした。
背中に向けられる視線を、振り返らずに。
村の給食堂へ戻る道すがら、シーナはグリフォンの肉と金貨を見下ろし、小さく息を吐く。
「こんな価値があるなんて、知らなかった」
「ただ……料理したかっただけなのに」
ふーぴょんが笑う。
「それでいいと思うよ」
しろっぷも、静かに言った。
「シーナのご飯で、私たちは強くなったんだから」
夕暮れの村に、灯りが一つ、また一つと点いていく。
給食堂は、今日も変わらず、湯気を上げている。
だが、世界は少しずつ、動き始めていた。
シーナだけが、まだ知らない形で。




