12話 給食堂と、成長する村
「……なんだ、ここ」
最初にそう言ったのは、革鎧を着た男だった。
剣を腰に下げ、土埃を払うように足を止める。
湖畔に建った、小さな木造の建物。
開け放たれた扉から、湯気と匂いが流れ出していた。
「……給食堂? 今まであったか?」
後ろから、別の真帆使い風の冒険者が首をかしげる。
「ついこないだまで、何もなかったわね」
「食堂ってことだな。ちょうど腹も減ってる」
「ああ、入るか」
中は、すでに賑わっていた。
村人の獣人が多く座っている。
作業着のままの牛の獣人もいれば、
寝起きのまま枕を抱えた猫の獣人もいた。
「はい、次どうぞー」
「熱いから、気をつけてね」
メリッサの声が通る。
以前よりも、ずっとはっきりした声だった。
釜鍋の前では、シーナが動いている。
「次、カレー三つ」
「揚げパン、追加ある?」
「あるよ。今、揚がる」
ふーぴょんが返事をし、
油から引き上げたパンを、手際よく並べた。
「……聞いたことのない料理だな」
革鎧の男が言う。
「そこのお嬢さん、おすすめは何だい」
呼び止められたシーナは、
「どれも美味しいけど……おすすめは今日の給食定食か
カレーライスかな」
「かれーらいす? 初めて聞くな。どんな料理だ」
「香辛料を加えた手作りのルーと、
オーク肉と野菜を煮込んだスープを合わせて、
ごはんにかけた料理です」
「……よくわからんな」
「あれです。今、食べているやつ」
「……なるほど。匂いがいいな」
「じゃあ、それと
「じゃあ私は定食を一つ」
カレーを受け取った冒険者は椀を覗き込み、
少し恐る恐るスプーンを口に運び、動きを止めた。
「……なあ」
「なに??」
「……うまい」
もう一口。 さらに、もう一口。
「うまい……香りと辛さが、
冒険の疲れを一気に消し飛ばす。
オーク肉も柔らかい。
これは……旨みの塊だ」
向かいの村人だと思われる山羊の獣人が笑うながら話しかける。
「力がみなぎるだろ?」
「おう」
「おたくらも、毎日食ってみな」
「畑でも、剣でも、違いが出る」
「……毎日?」
その言葉に、冒険者たちは顔を見合わせた。
――――――――――
時は少し進み、
給食堂は、いつの間にか「村の中心」になっていた。
シーナは、今日も給食を作り続けている。
朝は、まだ薄暗いうちから火が入る。
ホスクの部下たちが香辛料や食材を運び、
ふーぴょんが野菜を納品する。
その日に届いた食材を、その日のうちに調理する。
アイテムボックスの冷蔵庫も、フル稼働だった。
チーズやバターや牛乳をストックし、無駄なく使う。
昼前には、ニンニクや香辛料、スープ香りが路地まで流れ、
夕方には、釜の底が見える。
人々が集まり、 会話が生まれ、
笑顔が増えていく。
シーナも、ふーぴょんも、
少しずつ、それを実感していた。
最近は村人だけでなく、
噂を聞きつけた冒険者も、
頻繁に食べに来るようになっていた。
冒険者たちの間で、こんな話が交わされる。
「最近さ、あの村、活気出てきたよな」
「給食堂に行くと、その後、体調もいい」
「ステータス、なんか上がってないか?」
数字は、彼らの間で先に動き出していた。
討伐失敗率、わずかに減少。
軽傷の回復日数、短縮。
荷運びの持久時間、体感で一割増。
「給食堂」の噂だけが、広がっていく。
――食べるだけで、強くなる村。
村人たちは、まだ気づいていない。
畑に出る時間が少し伸び、
荷を担ぐ足取りが、軽くなっていることに。
体調を崩す者も、確実に減っていた。
だが、外から来た者は違った。
冒険者だけではない。
隣町の商人、城の巡回衛兵。
彼らの視線は、料理ではなく――数値に向いていた。
シーナは、その違和感を、薄々理解している。
スキルでも、補助魔法でもない。
食べることで、ステータスが上がる。
給食堂の人々は、いつも通りだ。
畑を耕し、野菜を収穫し、
ただ、美味しい給食を作り、提供する。
それでも、噂は噂を呼ぶ。
ステータスアップは、独り歩きを始める。
「給食……同じものを、うちでも」
釜を見下ろし、
シーナは、いつものように静かに言った。
「……料理を作ろう」
この世界が、 それをどう使おうとするのかは――
まだ、わからない。
ただ一つ、確かなことがあった。
この村は、もはや以前のそれではない。
明らかに、 町という枠を超えて、成長し始めていた。




