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EX2. 鬼神と奇神

 喧騒が中央街道を支配している。

 ある種の熱狂が、抑えきれない興奮が肌を通して伝わる。

 そこかしこで客引きの声が飛び上がり、縦横無尽に駆け巡る路地は複雑怪奇な模様を描きながらも円環をなしている。

 商人は根気強く顧客を得ようと声を張り、子どもは暇を潰すために走り回っている。

 ──〈イントロウクル世界線〉

 復興したとはいえ、〈アザークラウン世界線〉のように幾重にも世界が存在する訳ではない。

 たった一つの世界には唯一無二の光景が広がっている。


 迷路のような街を睥睨して、私は生命の堅実さを実感した。


 王城のバルコニーからの眺めは絶景という他なく、ともすれば窒息してしまいそうなる事務作業から一時的とはいえ解放された感動は計り知れない。


「お気に召しましたかねえ、時雨さん」


「多王先輩……リハーサルはいいのかしら?」


「はは、ぶっつけ本番も粋なものでしょうともねえ」


 むふふと不気味に哂う姿は懐かしさすら感じさせる。

 けれど、古茶色の髪を短髪に切り揃えて、白色のタキシードに蝶ネクタイを合わせた今の多王先輩は…………どうにも見慣れない。

 外見は私同様に七年前から変化のないものの、深く刻み込まれた額の皺のせいで老けたようにも思える。

 〈イントロウクル世界線〉を立て直すにあたって、彼の尽力は必要不可欠なものであったと聞く。

 老獪な世界線の王たちが植民地同様の利益を求めて領有権を主張する中、シャーシスが王位継承権を保有する一点で退けたのだ。

 加えて、先の対刻によって世界を追われた難民の定住先のために起こる折衝をも管轄し、住民のいない〈イントロウクル世界線〉に人的資源を蘇られせた。

 そして、ものの見事に序列六位まで引き上げたのだ。

 矢面に立ったシャーシスの胆力も称賛に値するが、宰相として辣腕を振るった元主もまた功労者と言えるだろう。


「息災でしたかねえ、時雨さん。貴女が大変な時に指一本も貸せなかった身で烏滸がましいとも思いますが」


「仕方ないわ。貴方も、東奔西走だったでしょう。私は……見ての通りよ」


「寛大なお心遣い痛み入りますねえ」


 しみじみと感服したように頷く彼だが、きっと本心ではあるまい。

 互いに互いの事情があって助けられなかった。

 その事実を追認させるための口実に過ぎない。

 相変わらず悪辣で陰険な話術だ。


「シャーシスは……」


 ふと、彼の隣にいるべき彼女の存在へ意識が向く。

 無意識下で私は彼女を高く評価しているのだと気が付いた。

 あの元主が惚れ込む女性として、名実共に大きく成長したからだろうか。


「ああ、そろそろ──」


「ちょっと、元主っ! ちょこまか動かないでよっ!」


 バタンッ! と開け放たれた扉から水色の長髪をたなびかせて、カツカツと苛立ちの分かる足音を響かせる女性。

 透き通るような水色のドレスに身を包んだシャーシスは、水面を彷彿とさせるミリソラシアとは異なり見るものに清澄な青空を想像させる。


「……? あ、あんたか。うるさいのと一緒じゃなかったから、てっきり来ないのかと思ったわ」


「心外ね。貴女の晴れ舞台だもの、来るに決まっているじゃない」


「言うようになったじゃない………………元気そうでよかった、時雨」


「……、貴女もね、シャーシス」


 くすりと微笑んだシャーシスは穏やかな雰囲気を纏ったまま、私の左隣まで歩を進めた。

 七年間一度も会わなかったシャーシスは角が取れたように感じる。

 誰ふり構わず敵意を振りまいていた彼女も、今となっては淑女然として温和になったのだろう。


 因みに右隣では多王先輩が秘書風の格好をしたアラクネ(アトラク=ナクア)に首根っこを掴まれている。

 あの人…………私に会いに来たのではなくて、リハーサルから逃亡している最中に私を見つけただけなのね。

 さっきまであんなに調子に乗っていたのに。

 今では見る影もない。


「初めまして、『大空位王』様」


 そして、もう一人。

 シャーシスによく似た怜悧な少女。

 その所作には王族のそれが染み付いて、一礼するだけで礼節が分かる。


 清廉な河川を彷彿とさせるようなシアン色の長髪に、髪色と同じような色合いのワンピース型ドレスを着こなしている。

 どことなく、元主のような掴みどころのない雰囲気を感じるが。

 もしかして?


「……? 貴女は…………アリアナ?」


「はい、アリアナ・ディアスですわ」


 なんと。

 前に出会った時はシャーシスのお腹の中だった。

 対刻を終えて〈イントロウクル世界線〉の復興を掲げたシャーシスと元主の婚約は必然だと思っていた。

 だから、第一子を設けたと言われた時は余程跡継ぎが欲しかったのかと邪推したものだ。

 だが、言葉を失った私を不思議そうに思い首を傾げるアリアナからは愛情をたっぷり注がれているように思える。


 今になって、私は私に失望する。


 この二人が、まさか政治の道具にするためだけに子を設けるなんて…………有り得ないことだと。


「アリアナ、一つ聞いてもいいかしら?」


「……? 何なりと」


「貴女は、ご両親のこと…………好きかしら?」


「…………? 意図を掴みかねます」


 それもそうか。

 初対面の女性に何を問われるのかと身構えると、脈絡のない質問が飛んできたのだから。

 どう思われているのか聞き出すチャンスとばかりに目を輝かせた多王先輩には悪いが、深く言及するつもりはない。

 ()()は醜い羨望だから。


 私が享受できなかった“愛”に、ただ一縷の希望を見出しただけだ。


「ごめんなさい、困らせるつもりはなかったの」


「いえ……構いません」


 ぶすりと不満を表情に表す姿はシャーシスそっくりだ。

 思わずくすりと笑ってしまった。

 おかげでアリアナはより一層不可解を額面へ表している。


「ところで、時雨さん。皆様はどちらに?」


「ミアに会いに行ったわ」


「と、いうことは…………大広間ですかねえ」


「いけません。まだ最終確認をしていないのですよ」


「おやぁ? 万事じゅんちょ──」


「──な訳ないでしょうが。あんたに限ったら立ち位置すら決まってないんだから。ほら、ナクア。連れて行って」


「勿論です」


 首根っこを掴んだまま、まるで荷物のように運搬される多王先輩には威厳は皆無だった。

 哀れ……とは思わない。

 きっと彼のことだ。

 準備段階から逃げ続けたのだろう。

 そのツケが回ってきたと思えば、まあ自業自得だ。


「騒がしくてごめんね。お城の中くらいなら案内したかったけど…………」


「私は大丈夫よ。貴女は貴女のことを」


「ありがと。その……あんたさ」


「歯切れが悪いわね。いつもの無遠慮はどうしたの?」


「あ、あんたこそデリカシーないわね」


 そうかな? いつだって明瞭に断言するのがシャーシス・ディアスという女性だ。

 決して短所ではない。

 彼女の誇るべき特色だったはずだ。


「あたしはまだまだ不甲斐ないけどさ。相談相手くらいにはなれる、と思う…………だから」


 聡明だ。

 彼女の目算通り、私の喪失感が消え失せた訳ではない。

 けれど、まさかシャーシスに見抜かれるとは思わなかった。


「……、ありがとう。まさか貴女が大人になるなんてね」


「ふん。素直じゃないやつ。行くわよ、アリアナ。時雨おばさんにご挨拶して」


「あら、貴女の方が年を喰っているじゃない」


「言い方には細心の注意を払いなさい? あたしは王女なのよ?」


「随分と横柄なのね。その調子だと早晩簒奪されるわよ」


「縁起でもないこと言わないで頂戴。絶対に長期政権にしてやるんだから」


「王政に長期もないでしょう」


「…………二人とも仲良し」


 それには異議を唱えたいわね、アリアナ? どこからどう見ても良好な仲とは言えないでしょう。

 けれど、そうね。

 悪い気はしない。


 対等に言い合える関係性がこんなにも心地いいなんて、知らなかったわね。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐






 コツコツと反響する足音を聞きながら、私は大広間へと向かっていた。

 ミリソラシアやナーラたちと合流するために。

 誰に自慢する訳でもないが、職務上王城へ出向くことの多い私にとってある程度の構造は知悉している。

 おかげで、多少の差異はあろうとも迷うことはない。


 それにしても、行き交うメイドたちの表情のなんと朗らかなものか。

 正式に王の即位を宣言する日だとしても、限度がある。

 まるで親類の祝辞を目前にしているような。

 どうやら、あの二人は想像よりも遥かに国民に愛されているらしい。

 我がことのように鼻が高くなる気分だ。

 そんな益体のないことを夢想していると…………ふいに視界が暗くなった。


「だぁ~~れだ~~?」


 ふわっと鼻孔をくすぐる甘い香り、ふにゅともふにゃとも判断付かない弾力が背中を支配する。

 つかみどころのない声色に、暖かな雰囲気。


「千百合、その不愉快なものを当てるのをやめなさい」


「怒らないでよ~~、時雨ちゃん」


「怒ってないわ。イラついただけで」


「怒ってるじゃ~~ん」


 わざとらしくめそめそとする千百合。

 黒のニーハイソックスにショートパンツ、零れ落ちそうな胸にはサラシを巻いているだけという痴女の誹りを免れないとんでもない格好をしている彼女。

 肩に羽織った軍服に袖を通せばいいものの、「おしゃれだからぁ~~」と断固として露出を敢行する態度には尊敬すらする。

 相変わらず【消失の刻印魔法】を駆使してふわふわと宙に浮かんでいる姿は『死神』と噂されるにたる。


「廟先輩はどこにいったのかしら?」


「うぅ~~ん? しらなぁ~~い。市場を見てくるって言ったきり~~」


「そう。まあ、あの人なら心配はいらないわね」


『黒死神王』の名は対刻後に世界中へ轟いた。

 何故なら、千百合は廟と共に千花の護った世界をその眼で見るために旅へ出たのだ。

 その間、諍いの仲介に入ったり…………まあ、八割方トラブルを巻き起こしつつ平定してきた。

 武者修行に繰り出していたイルアと共に“魔皇軍”の最大戦力として警戒される結果となったが。


 まさか、目の前であざとくも美しい造形美を誇る彼女が世界線程度片手で亡ぼせるとは、誰も思わないだろう。


「ミアちゃんは~~? どこにいったのかしら~~?」


「私も探していたところよ。多王先輩の話なら大広間にいるはずなのだけれど…………」


「いないみたいだね~~」


 その広大さから却って閑散とした大広間は、忙しなく働くメイドたちに埋め尽くされていた。

 備品を揃える者、テーブルの準備をする者、料理を運ぶために通り過ぎただけの者…………ん、あのメイド台座を組み立てるふりをしてつまみ食いをしているな。

 多王先輩やシャーシスの知り合いとはいえ私は所詮、外様だ。

 一々咎める権利は持っていない。

 まあ、後で報告だけして叱ってもらおう。


 違う、別にメイドたちを眺めに来たわけじゃない。


「仕方ないわね。【境界なき一体たる世界(ヨワリ・エエカトル)】」


「わぁ~~。見ない間に~~、すっごく洗練されてる~~」


「鍛えていたのは貴女やイルアだけじゃないのよ」


 頬を紅潮させて幾分幸福する千百合の様子を横目に、私は〈イントロウクル世界線〉へと張り巡らせた結界に意識を向ける。

 刻印源皇が消え失せた後でも、私たちの【刻印魔法】は変わらず刻まれ続けている。

 おかげで、“魔皇軍”は戦力の劇的な低下を免れたのだ。

 腹立たしいことに、【刻印魔法】がなくては…………少なくとも私は小娘にも劣る。


 我武者羅に鍛えてきた【守護の刻印魔法】は唯一、私が誇れる武器だ。

 第四段階まで解放し、最大練度まで研磨した結界はそんじょそこらの迎撃では破られない程に強固な防壁へと昇華させた。

 まあ、リードや廟先輩みたいな域外の生物に通用するかは分からないけれど。


「市場に降りているようね。私は合流するけれど……」


「もっちろ~~ん、私もいっしょにいくよ~~」


「そう。ならもっと寄りなさい」


「んふふ~~。ひっさしぶりに時雨ちゃんの結界に包まれるよ~~」


「そうね……本当に久しぶりね」


 それっきり、私たちの間に会話はなかった。

境界なき一体たる世界(ヨワリ・エエカトル)】で定めた地点に向けて、次元を捻じ曲げ瞬間的に移動する。

 結界と結界同士を結合させる作業に、わざと集中する素振りを見せて。


 私たちは、敢えて先を口にしなかった。

 自覚してしまうと、きっと郷愁に浸ってしまうから。

 今日は、しみったれた寂寥に身をゆだねるべきではない。


 だから、無言で目を、逸らすんだ。






 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐






 喧騒は王城から聞こえていた何倍にも膨れ上がっている。

 そこかしこで行き交う人々が思い思いに喋っている空間は、ある種の熱狂と興奮を肌で感じられる。

 そんな人で溢れる衆人監査の中で、突如として奇天烈な二人組が唐突に現れると…………人々に与える衝撃は想像に難くない。

 絶世の美女ですら裸足で逃げ出してショックのあまりそのまま引きこもってしまうであろう、美という領域を超越した二人の女性。


 “蒼”色を強調するスレンダーでクールな女性と、極端に肌面積の多い痴女然とした女性。

 というか、本当に千百合の格好は人目を引く。

 堂々たる痴女の様相には敬意すら払える。


 荘厳な王城を遠目に眺められる市場の一角に、私と千百合は時間を惜しんで移動した。


 本来なら白昼堂々と【刻印魔法】を多様すべきではないのだけれど、王城からちまちまと歩いていてはミアたちと行き違いになってしまう可能性もある。

 つまるところ、横着したのだ。

 けれど、その成果はあった。


 人混みの雑多の中にあっても、顕著に存在感を醸し出す一団。

 視線を巡らせると、万人の意識を固定してしまうであろう数人。

 お目当ての人物はいないけれど、きっと一時的に行動を別にしているのだろう。


 気配に聡い()はちらと視線をこちらに投げかけてきた。

 燃え盛るような赤髪に、詰襟に包まれた屈強な肉体。

 トレードマークである深紅のトレンチコートに、腰に佩いた一振りの刀。

 彼を見た者は一様に同じ感想を抱くであろう、正しく『鬼神』だと。


 千時剣聖先輩。

 “魔皇軍”では彼を差し置いて最強を名乗ることはできない程に、名実共に著名な剣士だ。

 時の対刻では刻印源皇を打倒する直接戦闘力の五指に数えられた傑物。


 正直に私はずっとあの人が何を考えているのか図り損ねている。

 なにせ、彼の頭の中はいつだって強さしかなく、無用な争いを忌避する私とはそもそも相性が悪い。

 けれど“愛”を重んじて、無為な諍いを望まない千花とは…………なぜだかとってもわかり合っていた。

 解せない。


 そんな彼は憮然とした表情で腕を組み、私たちから視線を外すと一点に意識を外した。


 金髪で活発な少女と、白髪でおっとりとした少女が戯れていた。


 うん。

 あれはただの犯罪現場だ。

 気難しい表情で仁王立ちする男の視線の先には年端もいかない少女が二人。

 通りすがりの善人であれば即座に憲兵へ通報する事案だろう。

 けれど、誰も千時先輩を不審人物だと決め付ける者はいなかった。

 それもそのはず。

 彼はただ少女を眺めているだけではない。


「父様父様! 見てください! 絵が変わりましたよ!」


「どうして変わるの? 父上はわかる?」


 そう、娘なのだ。

 千時先輩が父親なのだ。

 二人の少女の。

 …………だめだ。

 何度みたって異様な光景すぎて脳がバグを起こしたように感じる。


 だってあの千時先輩が、二児の父親ときた。

 いや、正確には三児の父親なのだが。


「久しいな、華彩」


「ええ、お久しぶりです千時先輩。お変わりないようで何よりです」


「ふん、随分と他人行儀だな」


「千時先輩は気にしないでしょう?」


「ああ。オレは千百合ではない」


「あら~~、お呼びかしら~~?」


「貴様の人懐っこさも変わらんな」


「剣聖くんは丸くなったんじゃな~~い?」


 まさか千時先輩から声をかけてもらえるとは思わなかった。

 思わず面食らって返答に窮してしまった。

 その間隙を埋めるように千百合が唇を尖らせて揶揄された扱いに不満を口にしている。


 ふと、違和感のある静寂に気が付いた。

 ついさっきまで耳朶を打っていたはずの、鈴の転がるような声色がなくなっている。

 引き換えにチクチクとした気配を感じる。


「ハルノ、楊妃(ようき)。この二人はオレの友だ。殺気をおさめろ」


 ぴしゃりと言い放った剣聖の言葉は以前の彼とは比べ物にならない程に柔らかかった。

 千百合の言説も捨てたものではない。

『鬼神』と恐れられる剣聖は、角が取れたように感じる。


「へぇ~~、ちっちゃいのにすごいわね~~」


「ありがとうございます?」


「違うでしょ、楊妃。ありがとうじゃなくてごめんなさいだよ」


「あ、そっか。ごめんなさい」


 何とも微笑ましい光景だ。

 こてんと首を傾げて見当違いな返答をする楊妃と、諭すように咎めるハルノ。

 鮮やかな赤の着物を着た楊妃はおっとりとしていて、冷然とした雰囲気のハルノは白いワンピースに小さなカーディガンを羽織っている。

 母親の血が濃いのか、柔和な雰囲気のせいなのか剣聖の娘だとは思えない。


 千百合が自己紹介を兼ねて二人の相手をしていると、がやがやと和気藹々とした数人の女性が晴れ晴れとした空気と共に近づいてきた。

 すると、そのうちの一人が私に気が付いたのか怪訝そうに眉をひそめた後、駆け出しそうな勢いで…………いや、走ってるぞあれは。


「……時雨か? 時雨だ!」


「ええ、私よ。キャンベラ」


「久しぶりだな、時雨!」


 清々しい笑みを浮かべるキャンベラは大きな胸を張って右手を差し出す。

 剣を振り続けてきたキャンベラの手は剣だこが目に付く。

 騎士の勲章でもある右手に敬意を払い、私は強く握り返す。


 さらりとした金髪を短くし、美脚を強調するようなデニムのパンツ、身体のラインがよくわかるぴっちりとしたトップス、肩に羽織った白いジャケット、そしてきらりと光るセンニチコウの髪飾り。

 他の誰でもない、『騎士王』キャンベラだ。

 溌剌に微笑むキャンベラは、かつての面影を残して七年の月日を感じさせない。


「ネメシアと白英も、久しぶりね」


「七年振り。二人とも元気そうでよかった」


「はい、時雨さんも、千百合さんも。綺麗なままでびっくりです」


 白に近い金髪のツインテールに赤いリボン、純白のワンピースを着こなしているネメシアは無表情のままに。

 白のワイドパンツに、桃色のブラウス、薄桃色のカーディガンに袖を通している白英は鈴が転がるように微笑んで。

 七年前と何ら変わることのない様子の三人は、自然と私を安堵させる。


 そして、もう一人。

 ネメシアの陰に隠れるように、じっと私を凝視する男の子がいた。

 まるで千時先輩の険を取って小さくしたような容貌には、少々の驚きがある。

 千百合もまた度肝を抜かれたのか、器用にも空中で蹈鞴を踏んでいた。


「ん、挨拶。この人たちは敵じゃない」


「は、はい……! キリアンといいます。よろしくお願いします」


 行儀よく頭を下げて自己紹介をする姿は、まるで千時先輩には似つかわしくなくてより一層の驚愕を引き起こす。

 おかしい……千時先輩の遺伝子が受け継がれてこんなにも健気で可愛らしい子が産まれる訳ない。


「おい、華彩。貴様、何を考えている」


「いえ、何も」


「ははは…………剣聖を知る者なら皆一様に驚くんだ」


「教育がいいのよ~~。三人のね~~」


 千時剣聖を知る者であればこそ、眼前の無垢な少年の存在を信じられない。

 私が三人の子に会ったのはアリアナと同様に七年前の赤ん坊の時分だった。

 そのために、成長して顔立ちの整っている三人に会うと混乱してしまう。


 ハルノとキリアンは双子で母親はキャンベラ、楊妃の母親は白英。

 ネメシアは魔導人形という性質上、子孫を残す機能は授けられていないらしい。

 けれど、三人は平等に愛情を注いでいるのだと、子どもたちの様子を窺えばわかる。

 無邪気に笑う女の子が二人、ネメシアの陰に隠れておどおどとしている少年が一人。

 どうしようもなく平和で、安寧が垣間見える。


「そういえば~~、ミアちゃんといっしょじゃないの~~?」


「ミア? ああ、先に王城へ行くと言って途中で分かれたぞ」


「入れ違いのようね……私たちも王城へ行きましょうか」


 もはやミアに避けられているのか? と思わなくもない。

 偶然の連続ではあるが、【刻印魔法】まで使って市場に来た成果はなかった。

 代わりに、とても尊いものを見れた気がするが。

 …………それにしても千時先輩、古巣では貴方の行動は咎められるでしょうね。

 三人の妻を娶るなど、近代法に対する挑戦状とすら言える。

 とはいえ、〈イントロウクル世界線〉には一夫多妻を禁ずる法律もないし、問題はないのでしょうけど。


「ああ、時雨。私たちも向かう。そろそろ始まるころだしな」


 何が? と問わずとも、その答えは耳に届いた。

 甲高いファンファーレと共に、王城の開門を告げる合図が響き渡ったのだ。


 あと数時間もすれば、新しい世界の王が誕生すると。

 声高に寿ぐように。

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