皿
「どういうことだ!」
目の前の男は、荒々しく声をあげる。
「ふざけるんじゃない。そんなの、聞いていない!」
話しているうちに、怒りのボルテージはどんどん上がってきているようだ。握りしめた拳は、わなわなと震えている。
「俺がどんな思いで――」
「お客様」
とうとう声の大きさが無視できないレベルまで到達したとき、私は声をかけざるを得なくなった。
「お客様」
私はけして立ち居振る舞いで相手に負けぬよう、つとめて冷静に繰り返した。
「ここはお食事を楽しむ場です。お話は、どうかお外で」
私は電話の向こうの相手にも聞こえはしないだろうかというかすかな期待を持って、少し大きめの声を出した。
「他のお客様のご迷惑になってしまいます」
私の体格が功を奏したのだろうか。スポーツで鍛えた体は、心なしか私の言葉に力を与えてくれた。
黙り込んだ男はいまいましそうに私の目を見てくる。すると、わざとらしい舌打ちをして、男は店を出ていった。
一応テーブルに料金は置いていったようだ。余った小銭はレジ横の募金箱にでも入れておこう。
「ありがとうございます、成田さん」
チーフの加瀬さんが、バックヤードでそっとお礼をしてくれた。
「ああいうとき、私体が固まっちゃって……。成田さんがいてくれて助かりました」
「いえ、お役に立ててよかったです」
その日、加瀬さんが特別に作ってくれたまかないは、とてもおいしいものだった。
あの男性を見て心が痛んだのは、なにもヒリつく店内の空気に怖気づいたからではなかった。
あの男性の怒声は、その怒りにうち震える拳は、私の父にそっくりだったのだ。
――「なにをやっている!」
恐ろしい怒声が響く。その声は、幼い私にとってどれほどの大きさだったであろう。
父は絶対的な存在だった。その雷鳴のような叱責は、いまでも脳裏にこびりついている。
しかし、それも結局はあの男性のような規模でしかなかったのだろう。
多感な少年の時期に家を離れた私は、現在の父がどうなっているのかを、少しも知らないでいる。
だが様々な経験を積むにつれ、年齢を重ねた視点で幼少期の思い出を思い返すことができるようになっていった。
――あれは、親父なのだ。
加瀬さんが作ってくれたまかないを食べながら、私の頭は静かに記憶を反芻していた。
幼き日の私はこれで報われるだろうか。いつか、こだわりを捨てられる日が来るだろうか。
私はそっと、食器を机に置いた。小さい頃に教えてもらったやり方で、一人分の皿を洗い流していった。




