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06. 炎上

「なぜそのような短気を起こしたのだ」


 憤慨する父を前にしても私は冷めていた。


 ここでアンドレア様の非道を訴えるのは簡単だ。一言一句たがわず、あのときのお言葉は覚えている。


 しかし訴えたところで父は私の味方にはならないだろう。


 外に愛人を囲う父は、アンドレア様と同族。アンドレア様の行いを責めれば、己の首を絞めることになる。


 娘より保身。


 娘より商売。


 それが父だ。


 いまさら期待はしない。


「申し訳ありません。以後気をつけます」


 なにを言われても、ひたすら同じことばを繰り返す。


 あのときの私の対応は適切ではなかったと認める謝罪である。けして、私が誤っていると肯定しているわけではない。


 頭を下げても私の価値は目減りしない。


 罵倒されても、毒づかれても、ジャムを売りさばいて獲得した自尊心はかけらも傷つかない。


 心はどこまでも凪の海ように平坦でおだやかだった。




 その後は特筆すべき事柄もなく、結婚式を行い、住まいを移し、新しい生活を始めた。


 庭つきのこじんまりとした邸宅を五人の使用人で管理させ、私はますますジャムの販売に注力した。


 結婚披露宴で記念品として参列者に進呈したジャムは好評だ。工夫が実り、客足も固まって、収益も足場を得た。


 次の問題は、ジャムの品質と供給の安定性。


 レシピ通りに作っても、果物の生育のちがいで微妙に味が変わると分かってから試行錯誤が続いている。


 季節の果物を取り扱うため一年の中で生産が偏りが出るのも気になる。保存食だから作ってもらって構わないけれど、生産が増えれば売れるまでの在庫の保管に場所代がかかるようになる。


 それらがちょうど中間になるような、程よい均衡が保てるやり方をさぐっているうちに一度目の結婚記念日が去り、さらに月日を重ねて私は男の子を出産した。


 大きなお腹をかかえて妊娠期間の大変さを実感できた。


 ジャム作りには多くの女性が関わっている。若い女性も少なくない。ジャムの品質を保ち生産を安定させるためには、多少の損をしても雇用に余裕が必要なのだと思い至る。


 またこのころになるとよそのお店でも紅茶用ジャムの取り扱いが目につくようになり、固定客もいくらか離れてしまった。


 お客様にもどってきて欲しい思いもあったけれど、それ以上に釈然としなかったのが、他店が「こちらが老舗である」と言い張って販売している点だ。その言い草のせいでうちのジャムも他店のジャムと同じだと思われている。それは違うと胸を張って主張したい。


 うちのジャムは、たくさんの人がたくさんの時間をかけて、あれこれと頭を悩ませ、何度も作っては改良を繰り返してきた。ジャムひと瓶ひと瓶に思いと手技と道程が詰まっている。


 これはさすがに傍観できない。


 よそとの差別化をはかるために、まずは夫の実家である男爵家の紋章をヒントにシンボルマークを取り入れた。


 効果は売り上げ金額ではなく、作り手たちの意欲に現れた。


「あのジャムは私が作っているって自慢しているんです」


 うれしそうに笑う彼女たちはさらに仕事に邁進してくれた。創意工夫を重ねジャムのレシピは増え続け、とうとう百をこえる。その記念に製本家に依頼してレシピを一冊の本にまとめた。



 その直後だった。


 屋敷が火事に見舞われたのだ。


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