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05. 決別

「ソフィさまは、なんだか変わられましたね」


「そうかしら」


「ええ、以前よりもずっと話しやすくなられたと思いましたの。親しみを感じますわ」


 行く先々でそう声をかけられる機会が増えた。


 そしてそのあとには必ずこう続いた。


「きっとご結婚されるせいね」と。




 一年の期間を経て、アンドレア様が留学からもどられた。


 なんだかんだと理由をつけて延長されるのだろうと思っていたから拍子抜けしてしまった。


 なにかあったのだろうか。


 疑問が浮かぶけれど、まさかご本人に「例の子爵令嬢に袖にされたのですか?」とお尋ねするわけにもいかない。


 御父君の男爵とともに帰還のごあいさつにいらっしゃった折には、親の仇でも見るような目でにらまれたこともあって、私は好奇心を押し殺し、折り目正しく沈黙を貫いた。


 幸い、そのあとすぐに屋敷のメイドが噂を仕入れてくれたので、うずうずせずに済んだ。


「アンドレア様は延期をご希望されて、男爵に叱責されたとか」


「あら、まあ」


 驚いた。てっきり男爵はご子息に甘いばかりだと思っていたので、叱っていただけるとは思わなかった。そろそろ結婚させなければならないと考える程度には、我が家を慮っていただけるようだ。平民の商家だと見下していても、ないがしろにするつもりはないようで一安心である。


「それから例の子爵令嬢は、ご婚約が調ったそうですよ」


「そう、おめでたいわね」


 だからといってアンドレア様があきらめるだろうか。


 私との婚約のせいで彼女と仲良くできない、死にたいと思い詰めるほどの男性が?


(ご令嬢ご本人から、あるいはご令嬢のご家族から直接、迷惑だと宣言された可能性も捨てきれないわ)


 むしろそうだったら面白いのに。


 いじわるにんでしまう傍らで、ふと、もっととげとげしい想像が働く。


 もしかしたらアンドレア様は、ご令嬢に拒絶されたのは、ご自分が私と婚約していたせいだとお考えになっていないだろうか。


 婚約のせいで愛を告げられなくて。


 あるいは婚約しているせいで、嘘の愛だと思われてしまって?


 結果、あんな恨みがましい目で見られていたのだとしたら……。


(つじつまは合うわ)


 しかしそれが真実だとしたら、彼の人としての器のせまさが悩ましいし、あまりにも的はずれだ。未来の夫として、男性として、人として、問題ではないだろうか。


 ――本当はとっくに気づいていたけれど……。


 アンドレア様は物語の王子様ではない。彼は私を拒絶していて、結婚を不満に思っている。


 私も、私を敵視する彼をうとましく感じている。


 私たちは潜在的な同類で、だからこそ余計にお互いの存在が気に障ってしまうのだ。


 いっそ結婚なんてなくなってしまうのが一番だけれども、両家の仲はいがみ合うほど悪くはないし、彼の学費と留学費用は我が家が支払った。婚姻によって得られる利益を加味すると、破談によって生じる不利益のほうが大きいのだ。お父様も男爵も、よほどの事情が生じない限り婚約を破棄したりしないだろう。


 私には変えられない。


 変えられないことは、変わらない。


 婚約者の行動を逐一観察して批判しても、彼の性根が急に正しくなることもない。


 ただ、楽しくなるように目を向ける先を変えることはできる。


 たとえば結婚式。


 結婚そのものは憂鬱でも、お式の準備はとても楽しい。いくら実家が裕福でも、こんなにたくさんのドレスを見る機会はそうそうない。ドレスに合わせたアクセサリーも、披露宴会場の装飾も、なにもかもが目新しい。貴族も関わる儀式なので父親も張り切っており、多少の贅沢も許される。生涯に一度しか経験できないのだから、楽しまなければ大損である。


 ジャムのほうも抜かりはない。


 流行が去ってやや時間が経ったので、結婚披露宴を機会にして再燃させようと商品開発を進めている。


 目新しさだけで売り押してきた今までとは異なり、今度は茶葉に合わせた仕上がりを目指している。かすかに漂う上品な香りが特徴の東部高山の紅茶には、控えめな味のイチジクやモモ類、柑橘の風味を楽しむ南国産にはオレンジや酸味の強いグロゼイユなど。もちろん使用を限定するのではなく、好みの組み合わせをお試しいただいて、選んでいただければいい。


 試行錯誤した商品が売れる場面を想像しただけで面映おもはゆい気持ちになれる。




「ずいぶんと楽しそうだな」


 底冷えするようなアンドレア様の声で我に返った。


 今日は、男爵様のご厚意で男爵家ゆかりの宝石商をご紹介いただき、男爵邸で結婚式用の首飾りを選んでいる。そのさなかに私に話しかけられたのだ、と気づいて驚いた。珍しい、彼が私に声をかけるなんて……。


「宝石どころか花の一輪ももらえぬ令嬢もいるというのに君ときたら……まったく浅ましい」


 瞬間、言いたいことが一度にたくさん鎌首をもたげた。


 そのご令嬢とは例のお嬢様のことですか。


 なぜ私ごときがお貴族様と比較されなくてはいけないのでしょう。


 平民と貴族を比べるなんて不敬ではありませんか。


 そのご令嬢が花をいただけないのは私のせいなのですか。


 男爵家の格式を守った結婚式セレモニーのための準備は浅ましいのですか。


 ――等々。


 けれど人間の口はすべてを一度に吐ける構造をしていない。


 優先順位をつけて折り目正しく批判すればよかったのかもしれない。ところがどの質問も等しい熱量を持っており、どの質問も我先に口から飛び出そうと躍起だった。結果、すべての質問が喉で詰まり、出てこなかった。


 飛び出すタイミングを失った言葉は肚の奥にずんと沈んだ。


(この方は本当に私のことが嫌いなのね)


 だったら接触しなければいいのに、貴族の矜持なのか、必要最低限は応じてくれるせいで衝突が起きてしまう。


 ああ忌々しい。いっそ没交渉なら楽だろうに。


「それではどうぞ、アンドレア様がお選びになって、そのご令嬢に贈呈されてくださいな」


「なに?」


 彼の形の良い眉が不愉快そうに跳ね上がる。


 お怒りになられると分かっていて提案する私も意地が悪いけれど、さすがに今日は言わずにはいられない。個人的な買い物ならまだ寛容になれたけれど、これは結婚式のための買い物なのだ。女性の影をほのめかすなんて場違いもはなはだしい。


「私はお花も宝石も自分で購入できますから。……そこのあなた、今日はアンドレア様のお買い物に専念して、後日、私のいえに来てちょうだい」


「なにを……おい!」


 怒鳴られると分かっていて長居するなんて愚かだ。


 私は足早に男爵邸を辞去した。


 後日、私は父からお叱りを受けた。


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