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14. 栄誉をたまわり

 夫婦関係を解消できるのが一番希望にかなうが、この国では離婚は一般的ではない。夫婦とは祝福である。神の御前での誓いが第一に優先されて、実生活は考慮されないのだ。


 真相を訴えて世間の同情を買っても、いままで当たり前だった慣習を変えるのはむずかしい。流れを変えて女性の地位を確率するまでは世間の意見、教会法の改正と時間もかかる。現実的ではない。


 その前提をふまえた上で、譲れない条件は三つ。


 一つめ、アンドレアさまとともに生活はしたくない。別居を足掛かりにして、没交渉を目指す。


 二つめ、子どもたちは私が引き取ること。夫のもとではどのようなあつかいを受けるか目に見えている。これまでも父親らしい態度とはいえなかった。このうえ私との関係が悪化すれば、私の子というだけでやつ当たりの対象にされかねない。彼はそういう人間だ。


 最後に、金銭的に彼に頼らない状況を作る。長く家計をあつかい、商売に身を入れて実感した。お金の問題は深刻だ。生活がなりたたなければ、身内を頼らざるを得なくなる。母親としては子どもたちの教育はもちろん、きちんとした衣食住を保障したい。――ただしこの三番目の問題については、ほとんど解決しているといっても過言ではなかった。




「朗報よ、認可がおりたの!」


 身なりを整えて男爵邸におもむくと、クロディーヌさまが頬を紅潮させて私の手をとった。


「おめでとう、あなたの努力のたまものよ!」


 彼女のことばが遅れて浸透してきた。


 認可――私たちのジャムが王室御用達と認められたのだ。お得意さまの侯爵家をとおして献上し、定期的にご購入いただくようになって数年。品質を保つ一方で飽きのこない工夫をこらし、ようやくここまでたどり着いた。


「ありがとう、ございます」


 じんわりと熱くなる胸をおさえる。


 王室御用達と認められることは一つの大きな目標だった。看板がいただければ押しも押されもしない箔がつく。宣伝効果が高いので顧客の安定性も高まる見込みだ。足場が固まれば、いままで控えてきた事業の多角化も、人材を青田買いして後進の育成にも励める。なにより、


「これであちらの計画も一歩前進ね」


 クロディーヌさまが私の両肩に手を添えられた。私を支えてくれる、心強いてのひらだった。


「はい。……アンドレアさまの動きが思った以上に早くてあせっていましたが、これでなんとか対応できるはずです」


 最近、我が家の経済状況は悪化の一途をたどっている。もちろん原因はアンドレアさまだ。彼の遊興費が家計を圧迫しているのだ。本来なら赤字になるところを、ジャムの販売利益のうち、私に割り当てられた報酬でまかなっている。持参金の補填が終わり余裕があるためかなった方法であり、商売がなければ破綻していただろう。


 皮肉なことだ。彼が捨てようとした事業が、彼を助けているのだから。


 もっとも彼は家計が穴埋めされているなんて知りもしない。我が家の財貨は自身がたっぷり稼いでいると思い込んでいるだろう。


 話し合いの場を設けて事情を聞こうと思ったときもあった。けれど彼は「だれのおかげで生活できると思っているんだ」と言い放った。彼いわく、稼いでいるのは自分であり、家計に最も貢献しているからこそ使って当然のお金だ、なのだそうだ。あまりにも堂々としていたので、つい「そう言われればそうかも?」と洗脳されかかってしまったけれど、彼よりも私のほうが収入が多いのだと正気にもどってことなきを得た。


 彼のおそろしさは、あの思い込みの強さだろう。


 好きな女性と結婚できなかったのは、私のせい。


 家計を狂わせているのは、妻。


 自分が感じる不愉快の原因もすべてあの女――つねにそう考えている。


 そしてシリルをはじめとした子どもたちは、そんな父親をずっと見ている。私は彼らに、大人とは、夫婦とはこうである、という考えにとらわれてほしくない。不満はひとのせいにするものではなく、みずからの行動で変えられるのだと考えてほしい。


 そのために私は動くのだ。


「まずは住まいを移します」


 私はクロディーヌさまに宣言した。


「すでに邸宅は手配していますので、明日にでも子どもたちと向かう予定です」


「気づかれたら面倒よ、大丈夫?」


「はい。使用人にもきちんと言い含めています」


 息子の誕生日パーティー以来、アンドレアさまは愛人の存在を隠さなくなった。屋敷には帰宅せず、商会と愛人に与えたちいさな家とを往復している。催し物が開催されれば愛人を同伴しているようだ。


 彼のあからさまな行動は社交界の反感を買っている。


 彼の両親からも、何度も状況確認の手紙が送られてきた。


 状況を伝えようにも彼とは会えず、愛人の家がどこなのか、そもそもあの愛人が何者なのか、私はまったく知らないので話し合うことすらできない、男爵家の名誉のためにもそちらから手配してほしいと懇願する旨を送り返した。いまごろ手を尽くしてくれているだろう。男爵家の名のために。


 神のみもとの婚姻は不可侵。愛人問題を表面化させるなどあってはならない――世間の厳しい目はいま、わたしの味方だ。


「応援しているわ。わたくしだけではなく、夫の不実に苦しめられているすべての女性がきっとあなたを支持するわ」


 なにかあったら遠慮なく連絡してね、と彼女のほほえみに励まされ、私は胸を熱くした。


 アンドレアさまとの婚約から二十年。


 私は攻勢に出る。


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