13. つまさきを向ける先
「あの茶番はいったいなんだ」
パーティーを終えて、最後に実家の家族にあいさつを、と思ったら、応接間に到着するなり詰め寄られた。
声をあらげるのは私の父だ。
いっしょにあいさつをと連れ添った息子のシリルは、祖父の剣幕にたじろぐ様子を見せた。日に日に精悍さを増しているとはいえ、まだ十代の少年である。大のおとなの怒気からかばうため、私は一歩前に出た。
「茶番とはなんのことでしょう」
「あのばかげた女のことだ! それもこれも、おまえが妻としてだらしないからだろう! 夫をつなぎとめもせず、なにが妻か!」
父の言い草に、私は眉をひそめる。
そのことばは、いまあなたの隣に立つ、私の母にもあてはまる。浮気を繰り返す父に、母は胸をかきむしって耐えていた。この男はいま、たったひとつのことばで、おのれの娘をなじり、おのれの妻を叱責したのだ。
母は生来のプライドで奮いたってきた女性だった。彼女の胸中はいかばかりか――と盗み見て、母の目が嫌悪を詰めこんで私を見ていることに気づいた。
「まったくだわ、自分の夫も御せないなんて恥ですよ」
それはあなたのことですか?
と、反射的に出ようとしたことばを無理やり押しとどめた。
もしも私が母の立場にあり、私の娘が私の立場に立たされたなら、私は全力で娘をなぐさめるだろう。みずからすすんで子を追いつめる「親」なんて、私の考える親の姿ではない。
同じ親として失望し、娘として絶望した。
この人たちはこんな人間だと知っていたはずなのに、私はいま、唐突に理解した。
親だからといって無条件に隷従できる娘時代を、私は通りすぎてしまった。
唇をこっそり噛んで、壁に寄る兄夫婦に視線を移す。
「お兄さま方も、同じご意見ですか」
とつぜん水を向けられた夫婦は、とくに兄嫁は、ひどく狼狽した。めんどうな話に巻き込むなと態度が語っていたけれど、最後通牒のつもりで問いを重ねた。
果たして兄はちいさくもたしかに「親父の言う通りだろう」と言い放ち、兄嫁は沈黙を返答とした。
アンドレアさまにぞんざいにあつかわれ、それでもどうにかおさまっていた怒りが爆発したのは、このときだ。なにもかもを吹き飛ばした圧倒的な力は、けれど次の瞬間、押し込められるように収縮し、なにものにも砕けない強固な決意に変化した。
急に呼吸がしやすくなった。
いまこそ、ずっとあたためてきた計画を動かすときだと直感した。
体が軽い。
こわばっていた顔がなめらかに動き、優美な微笑を作ってくれた。
「お父さま、お母さま、お兄さま方もよくお考えください。アンドレアさまはよくやってくださっています」
室内の空気が少し変わる。
両親も兄たちも、私のおだやかな声に耳を傾ける。
唯一、息子だけがなにか言いたげだったけれど、空気をよく読んでなにも言わなかった。
「お父さまからゆずられた商売も、以前の三倍の利益を計上するようになりました。それだけよくやってくださるアンドレアさまが、私では不足だと判断されたのです。でしたらアンドレアさまのおっしゃる通りでよいではありませんか。彼に従いましょう。私がおよばなかった、ただそれだけなのですから」
にこりと笑みを深めると、一瞬だけいぶかしげな空気が流れた。一方でだれも文句を言わないのは、私の言葉に一理あると半分は信じつつあるためだと確信できた。すかさず私は部屋のドアを開け放つ。
「さあ、ご納得いただけたでしょう。お引き取りください」
戸惑い気味でも、だれかの足が一歩動けば、あとは流れるままだ。ぞろぞろと辞去し、私とシリルだけが残される。
心配そうな息子の顔をしっかりと正面から見て、「シリル」と硬く呼びかけた。
「あなたは、この母を信じてくれますか?」
シリルはまっすぐ私を見つめ、深くうなずいた。
「僕だけではなく、弟妹たちもきっと同じだと思います」
声には確信があった。この母なら、自分たちを無下にしないという強い信頼だ。父親にはなにも期待していない裏返しでもある。父に頼れず、同年代の子どもたちよりもずっと背伸びしなければならなかったこの子たちのためにも、私はこれから行動しなければならないのだ。




