31話「嗅ぎつける獣」
(ユラネの場所まで直接向かうのは危険かも……? 念のために逃げる方角をずらそうか……)
公園からどのくらい私の姿が見えているのかが分からないので、あとで調査が行われた際に疑われないためにも、ユラネのいる路地の方向とは別の方向に向かって移動する。
残りの体力を考えると、そこまで遠くには逃げられないので、体力面と要相談しながらちょうどいい塩梅を探す。
ひたすら屋根を飛び越えて、遠くを目指す。混乱はあまり外に広がっていなかったようで、ドマンナカ公園から離れるほどに街並みには静けさが漂っていた。
(これなら、逃走の様子が誰かに目撃されていたとしても大丈夫かな……。混乱が街中に広がる前で良かった……)
混乱が起きなければそもそも現場からは逃げられなくなるし、混乱が起きすぎると今度は逃げ場所がなくなってしまう。
今回の計画は良く言えば大胆だが、悪く言えばかなり杜撰なものだった。
暗殺に成功する確証があったわけでもなければ、正体がバレずにいく保証もなかった。要は、抜け目だらけだった。
私も今思うとかなりリスキーな行動だったなと思う。
実力を身に付けなければ、この先こんな点と点が線ではなく点線でつながっているような綱渡りな計画は成功はしないだろう。
反省点は十二分にある。だがとりあえず今は、計画が成功したことを素直に喜ぼう。
私は建物の屋根から、人のいない路地裏へと飛び降りた。着地を成功させて、首を回してみられていないことを確認する。
(よし、あとはローブを脱いで終わり……!)
私は仮面を外して、フードに手をかけようとした。
そのときだった。
「犯人さん見ーっけた!」
「……っ!」
後ろから声をかけられて、私は肩をビクつかせながら硬直する。背筋がヒヤヒヤして、まったく身動きが取れなくなった。
普段から聞いたことのある声だった。何なら、毎日のように聞いている声。クラスメイトであり、友達であるムニミヤ・コネミだった。
私は背を向けながら目を泳がせる。動揺を隠し切れずに、足が震えてしまった。
(何でいるの……!? おかしいおかしいおかしい……! 分かるわけないのに……分かるわけないのに……!?)
私がそう思っていると、
「ふふっ、どうしてここが分かったの? って感じの反応にゃね〜! いいにゃ、教えてあげるにゃよ」
コネミが笑顔でそう言った。
コネミはそう言って話を続ける。
「ここが分かったのは、単にここが隠れるのに最も適している場所だからにゃ。追いかけるときに、私は途中で犯人さんを見失ったんだけど、ある程度の範囲さえ絞れれば、あとは隠れられる場所は限られている。だから、逆に見つけやすかったにゃね〜」
何もかも見透かされていたらしい。
私が絶対誰にも見つからない場所に隠れることを、逆に彼女に逆手に取られてしまったのだ。
私は、声を作りながら必死に聞き返す。
「いや、待て……! そもそもなぜ私に追いつける……? それに、最も隠れるのに適している場所なんて、事前に調べないと分からないはず……! なぜだ……何もかもおかしい……!」
コネミは、
「にゃ、興味津々にゃね? まあ、たしかに気になるのも無理はないにゃ。答えてあげるにゃ」
「……」
そう言って私の質問に答える。
「まず、屋根を飛び越えて逃げる犯人さんに追いつけたのは、私のレアスキルのおかげにゃ。全員が持っているわけではないけど、獣人種は『獣力解放』って言う身体能力を向上させられるレアスキルを獲得することができるにゃ。それを使えば手負いの犯人さんに追いつくこと自体は容易いにゃ」
「じ、じゃあ……。なぜ隠れ場所を予め知っていた……? 予知でもして事前に調べ上げるくらいしないと、そんな芸当は……」
「予知? そんなことできるわけないにゃ。私はただ推測と予測で突き止めただけにゃよ。ね、ナキネちゃん!」
「……………………」
私は驚きで声も出なくなる。
私が暗殺者であることは、どうやらとっくのとうにバレていたようだ。
どの段階で気付かれたのか。どうしてここまで私を泳がせたのか。新たな疑問が思い浮かぶ。
私が固まっていると、
「否定せずに沈黙を貫き通すってことは、そう言うことでいいにゃね。じゃあ、改めてなぜ分かったのかを説明するにゃ」
コネミはなぜ私が暗殺者であることを見抜いたのか、自ら説明を始めた。
「私が初めて魔王様生誕祭の話を持ちかけたときに、ナキネちゃんは脈絡もなく偉い人が誰かを聞いてきたにゃよね? 私はまずそこで違和感を感じたにゃ。あと私が話を持ちかけた瞬間から、様子がちょっと変だったし……」
「……」
「でも、この段階では何も分かってないにゃ。私は、何となく抱いた違和感の正体を突き止めるべく、ありとあらゆる可能性を模索することにしたにゃ。たとえば、ナキネちゃんが塗り替えられたこの国に深く興味を示している可能性。たとえば、ナキネちゃんが未だに家族を殺害されたことを良く思っていない可能性。たとえば、ナキネちゃんが一ヶ月前のテロ首謀者を殺害した謎のローブを着た人である可能性……」
「……!」
「そうやって連想させていくうちに、ある一つの結論にたどり着いたにゃ。『ナキネちゃんは魔王軍に強い恨みを抱いていて、魔王様生誕祭において何か不穏な行動を起こそうとしている可能性がある』ということに……。まあもちろん、この段階でも空想にすぎないんだけど」
「じゃあ……どこで確信に変わったのかな…………」
コネミが返す。
「ナキネちゃんが暗殺者だと確信を抱いたのは戦闘中のことにゃ。でも、ナキネちゃんが何かしらの良からぬことを企んでいるのではないかと本気で考えるようになったのは、私が話を持ちかけた次の日くらいだったと思うにゃ。今までやってなかったのに急に読書を始めたり、放課後にわざわざ体育館に向かったり、向上心を持ち始めたにゃよね? ちょうど魔王様生誕祭の話をしたタイミングから、行動パターンに変化が生じ始めた。ここで私はある種の確信に近いものを感じ始めたにゃ」
「…………」
「んで、あとはこの空想が私の考えすぎだと思うようにはしつつも、念のためにこうして路地裏やルートについて調べ上げたにゃ。結果的にはドンピシャだったみたいだけどね」
「…………」
「いやあ、苦労したにゃ! とくに難しかったのは、ナキネちゃんとユラネちゃんがグルであることを見抜くことだったにゃ。多少仲良くなった程度では、こんな重大な秘密を共有することなんてできない。つまり何かしら秘密を共有するに至るきっかけがあったということになるにゃ。そのきっかけこそがテロリストの殺害の件。うちの学園の生徒が巻き込まれたって話自体はあったから、そこでようやく結び付いたんだけど、なかなか話がつながらなくて苦戦したにゃね〜!」
「な……にを……」
「ん?」
私は仮面を外して、不安や恐怖でボロボロになった顔を曝け出しながら、コネミのほうを振り返って言う。
声も体も震えて、まともに喋れなくなっていたが、それでもむりやり声を出す。
「何が……したい……の……? 何を……する気なの……?」
「どういうことにゃ……?」
「計画のことも……全部バレてっ……。全部……失敗に終わってっ……。何もかも……終……わり……。何で……何で……! そんなへらへらした態度で喋るのっ……!? ば……馬鹿にして……私を嘲笑いにきたの……?」
私は涙を流しながら、想いを叫ぶ。
半ば自棄になりながら、ぐしゃぐしゃな言葉を相手に投げかける。
「いや、そういうわけじゃ……」
コネみが返そうとするが、私はそれを遮って言う。
「なら答えてっ……! どうせ……どうせ私がコネミを殺せないことも知ってるんでしょ……!? もうまともには動けないし、私は見知らぬ人間は殺せても、知り合いを殺せるほど優秀な暗殺者じゃないっ……! 何もかもダメダメな私を……一体どうしたいって言うのっ……!? 答えてよ……! ねえっ……!」
そこで私は涙が止まらなくなり、何も言えなくなってしまった。
計画が失敗に終わり、ユラネとの約束も果たせなくて、何も報われずに終わってしまうことに人生最大の絶望を抱いて、私はただ咽び泣く。
膝をついて、あふれ出て止まらない涙を何度も何度も手で拭う様は、とてもではないが暗殺者に相応しいものではなかっただろう。
私は家族を奪われて復讐もろくにできなかった中途半端な女として、不出来を呪い泣き続けた。
「…………」
コネミがバツの悪そうな顔をしながら近付いてくる。だが私は警戒を解かない。
不信を貫いて、泣きながらコネミを睨む。コネミは、膝をつきながら手を差し伸べてきた。
私はその手を弾く。怒りと悲しみ、そして絶望を込めて、馴れ馴れしくするなという態度を示す。
「……!」
コネミは拒まれたことに驚きを隠せず、目を見開きながら弾かれた自分の手を眺める。
それから悲しそうな表情を浮かべながら、手をぐっと握って、自身の太ももにそれを置いて、話を始める。
「ごめんなさい……出過ぎた真似をしちゃった……。覚悟を決めて必死の想いで行なっていたのに、それを踏みにじるようなことをしてしまった……」
「…………」
普段の語尾を使わない、心からの謝罪だった。私が黙っていると、再びコネミは口を開く。
「し、信じてほしいんだけど……本当に悪気はないんだ……。馬鹿にする気はないし、ましてや嘲笑うなんて絶対にしない……」
「じゃあ…………何でわざわざっ……!」
私が返すと、
「それを踏まえた上で、私はナキネちゃんの味方になりたいと思ったからだよ……」
コネミは、たしかにそう言った。
私が一切想定していない言葉。私の復讐のことを他の誰にも言わないという意思表示だった。
「えっ……? どう……して……?」
「魔王様を信用していないからかな……。獣人は元々、魔族の奴隷として不当に労働させられていた歴史があるんだ……。それ自体は過去のことだって割り切ってたんだけど、今回の魔王様からの言葉を聞いて不信感はさらに増した。五年も人間を不当に閉じ込めておいて、『どうか信じてほしい』なんて感情的に訴えかける人を、私は信用できない。そんな世界を、ナキネちゃんは少しでも変えようとしている……。だから、私はナキネちゃんの味方になりたいんだ……! 先に伝えておくべきだったね……。嫌な想いをさせてしまって、本当にごめんなさいっ……」
「……」
そう言って、コネミは深く頭を下げる。
コネミが何をしにここまで来たのか。その真意をすべて告げられて、私は絶望感が涙と共に少しだけ拭われたような気がした。
私は答える。
「頭を上げて……」
「……」
コネミが頭を上げて、互いに見つめ合いながら話をする。
「そういうことなら……分かった……。私も、最後まで話を聞かなくてごめんなさい……」
「うん……。仲直り……してくれる……?」
「もちろん……。これからもよろしくね……」
私とコネミは仲直りの印としてハグをした。
先ほどの拒みとは真逆の行動。すなわち抱擁だった。コネミがボロボロな体の私を労るように優しく包んで、私は痛む体をコネミに預ける。
抱き始めてから五秒ほどして、コネミが呟いた。
「多分だけど、あと五分もすればここにも暗殺の話が届くと思うにゃ……。ナキネちゃんはすっごく頑張ってたから辛いと思うんだけど、どうしてもそろそろ移動しなければならない……。私が支えるから、立てる……?」
私は返す。
「うん、ありがとう……。ユラネと会う約束をしてるから、まずはそこまで行ってもいいかな……?」
「分かったにゃ。じゃあ、ユラネちゃんのところまで送ったら、私は公園のほうに戻るにゃ。それじゃあ、立ちあがるにゃよ」
「うん……」
そのまま、ユラネに支えられながら私は立ち上がる。
肩を組みながら、私達はゆっくりとユラネのいる路地へと向かった。
「ところで、アゲコより私のほうを優先して良かったの……? アゲコの所にいないと、疑われるんじゃ……」
「ああ、それなら大丈夫にゃ。どうせアゲコは、今頃駆けつけてきた警備か警察に取り押さえられてるにゃ。勝手に飛び出して建物を破壊したんだから、逆に私は干渉するべきではない。適当に公園のほうに戻って時間を潰したら、あとは一人で学校に戻るにゃよ」
「それって大丈夫……なのかなぁ……?」
とにもかくにも、私の計画は無事に達成された。
私は、一人の暗殺者から一人の女子生徒へと戻り、コネミと共にまだ静かな街の中を歩いた。




