27話「心理的優位」
ムクロガミが話しかけてくる。
「お前は何のために混乱を引き起こした? 何が目的でこんなことをする? 教えてくれ」
私は声を作りながら返す。万が一にも昨日の接触がバレないように、見た目とかけ離れた低い声を作って。
「素直に答えると貴様は思うのか? たとえそれが動機であろうと、私は語る気は微塵もないが」
すると、
「いや、思わないな。下手に答えるくらいなら黙秘を貫いたほうがいい。だから深く聞く気はないさ。だが、一つ疑問に思ったことがある」
「……何だ?」
「なぜ俺だけを狙うのか、そこが少し気になった。襲ってきた兵士を返り討ちにはしたが、住民を襲うようなことはしない。つまり俺個人、または魔王軍に強い恨みを持っている可能性が高いということなのか?」
「……っ」
嫌な返し方をしてきた。
どんな疑問も黙秘する気でいたが、これでは私の沈黙が答えになっているようなものだ。
否定すればボロが出るだろうし、肯定はそのまま認めることを意味する。「何だ?」と聞き返した時点で、私は奴の策に乗せられていたのだ。
策にハマったからと言って何かが大きく変わるわけではないが、弱みを見せるのはこちらに取って痛手となる。
つまるところ私は、心理的に奴に優位を取られてしまったのだ。
ムクロガミが言う。
「まあいい、動機についてはお前を捕らえてから考えるとしよう。よりにもよってこの俺を暗殺対象にしたこと、後悔させてやる」
「…………!」
私が構えを保っていると、ムクロガミはついにスキルを詠唱し始めた。
「レアスキル発動《漆黒固め》」
詠唱と同時に、ムクロガミの周りに黒曜石のような黒い物質が発生した。
その物質が頭から足まで全身に張り付いていき、簡易的な鎧を形成するに至る。動きやすさを重視した格好だった。
ムクロガミの巨体のせいもあって、完全に大岩が立ち塞がっているようにしか見えなかった。
「では行くぞ……」
「……っ!」
今度はムクロガミのほうから攻めてきた。
考えなしのような正面特攻で、黒い物質で覆った拳を豪快に振るってくる。
私はステップを踏んで横に避ける。すると私の真横を拳が通り過ぎていく。喰らったら一発で意識が飛びそうな轟音が、耳に届いた。
(本に書いてあった通り大胆な動き……! 奇襲時とは打って変わって豪快だ……。距離を取らないと……)
私は前方に走り込んで、ムクロガミと距離を取る。振り向き様に、
「通常スキル発動《魔法付与・炎》……!」
私は短剣の刃に炎を宿して、ジグザグにステップを踏みながらムクロガミへと高速で近付く。
敵を翻弄しながらムクロガミの目の前まで来て、私は体を捻りながら回転飛びをする。
「はっ……!」
ムクロガミの巨体を飛び越しながら、短剣の刃を肩に刻み込もうとした。
(なっ……)
だがその瞬間、パリンッ! という嫌な音と共に、持っていた短剣の刃が鎧に砕かれる。
鋼の刃が、何と鎧の黒い物質にあっけなく負けてしまったのだ。私は武器を消失した。
柄だけを持っていても仕方ないので、持ち手部分をその辺に投げ捨てて、着地と同時にまた距離を取る。
互いに向き合いながら、
「無駄だ。生半可な武器や攻撃では、俺の体にダメージを通すことはできない。実際に、この状態の俺に痛みを伴わせたのは魔王様だけだ。お前程度には不可能だ。大人しく諦めるのが身のためだな」
そうムクロガミが言ってきた。
私は多少動揺しつつも、それを表には出さずに返す。
「ふっ……随分と自信があるようだな。積み重ねてきたものに酔いしれるのは構わないが、そうやって気取っているといずれ足元を掬われるぞ?」
「ならば証明すればいい。堂々とかかってこい」
「……」
私は、イメージしながら瘴気を剣の形に変えて武器にする。闇色の禍々しい刃をムクロガミはと向けた。
(オトナシ流の力を発揮できれば、きっとあの鎧を打ち砕けるはず……)
この一週間、懸命に木刀を振るって練習を重ねてきた。
結局、一度も幻影を発生させることはできなかったが、この剣を使えば十分な威力は見込めるはず……。
私は剣を持つ手に力を込めて、駆け出した。駆けながら、誰にも聞こえないように呟く。
「オトナシ流『珠音討ち』……」
木刀を振り上げながら、ムクロガミの腹部へと打ちつけた。
瘴気の剣が持つ殺意の力とオトナシ流の力の相乗効果。さらに剣を高速に振ることによって、最大限力を込めて鎧に浸透させる。
(良し……! 幻影は出なかったけどこれなら……)
多少なりともダメージは通るはず……!
だが……
「弱いな……。こんなものか?」
「……っ!」
まったく効いている様子がなかった。
しっかりと剣で打ちつけたのに、まるで初めから攻撃をされていないかのような態度で、私に問いかけてくる。
私は、まだまだこんなものかと体を捻りながら相手の首目掛けて高速で剣を薙いだ。
「オトナシ流『或香咲き』……!」
しかし、
「……」
「くそっ……!」
攻撃は通らなかった。全身全霊で攻撃を放っているというのに、それでも届かなかった。思わず私は愚痴を溢す。
まるで、流れ出る大滝に向かって水鉄砲を放つかのような気分だった。一瞬にして己の無力さを痛感させられることになり、私は焦りを感じ始める。
私は自棄になりながら、何度も技を放った。
「オトナシ流『歪深斬り』……!」
剣筋をうねらせる切先を悟らせない奇怪な一撃。
「『彩未乃舞』……!」
移動を重ねて撹乱しながら、あらゆる角度から切り刻む連撃技。
「『榎突き』……!」
一点に威力を集中させる刺突の技。
「『創十文字』……!」
前方に走り込みながら相手に十字の形を切り刻む、目にも止まらぬ瞬足技。
オトナシ流のすべての技を、私は余すことなくムクロガミに叩き込む。そうでもしなければ、まともに戦えないと判断したからだ。
向上させた身体能力に、発展途上ながらも多彩なオトナシ流の技。どれもムクロガミを屠るには十分な要素だった。
それでも、
「嘘っ……」
「豊富だな……。バリエーションだけは」
奴には届かなかった。
多彩な技は、奴から見ればただ種類が多いだけのものでしかなかった。喰らえば総じてノーダメージ。よって何の意味もない。
自棄になってしまったからこそ、自分の持つ手札がどれも通用しないことを強制的に理解させられることになり、私は絶望した。
敗北という言葉が嫌でも脳裏をよぎってしまう。そうして私が狼狽えていると、
「万策は尽きたようだな。なら、もう終わりにしよう」
ムクロガミが特攻を仕掛けてきた。
今度はこちらの番と言わんばかりに、豪快に拳を振るってくる。私はそれを避けるが、その度に拳を全速力で振るってきた。
何度避けても何度避けても、隙を見せることなく殴り続けてくる。距離を取れば詰めてきて、その場で避ければまた殴ってきて。反撃する隙も与えられず、ただひたすら追い詰められる。
(くっ……。避けるだけでも辛いのに、体力がジワジワと削られていく……。体が重い……)
いくら精神力が強かろうと、身体能力が向上しようと、体力自体は元の状態と変わらない。
避け続けていくうちに体力がすり減っていき、私は鉛のように重くなっていく体を思うように動かせなくなっていく。
「これで終わりだ」
「……え?」
ふと気が付くと、私の視線の先には拳があった。たしかに避けていたはずなのに、なぜか目の前にあった。
体力に限界がきてしまったのだ。どれだけ俊敏でも、疲れてしまえばその素早さも無意味と化す。私は拳を避けられるほどの体力を残していなかったのだ。
私はそのまま拳を腹にモロに喰らって、勢い良く吹っ飛んでしまう。
ステージの柱にぶつかって、私はその場に倒れ込んで苦しみ悶える。




