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25話「魔王生誕の式」

 私達は、前日祭において最初に確認を行なったゴール地点である路地裏で、準備を始めていた。


 私は、まず制服の上から短剣の付いたベルトを装着する。その後、鞄の中からくすんだ茶色のローブを取り出して、制服の上から羽織る。靴や靴下もローブの色に合わせて履き替えた。


 髪のリボンを取って髪型を崩したら、歪な仮面を顔に付けて、そのままフードを被る。身元がバレないようにするための最低限の衣装だった。


「よし……」


 中身のない鞄を、私はユラネに託す。


「それじゃあ行ってくる。これ、しばらくお願い……」

「分かった、気を付けてね……。私はずっとここで待ってるから……!」

「うん、必ず迎えに来る。行ってきます……」


 私はユラネに別れを告げて、路地を出た。人気が少ない道を堂々と歩いて、目的地へと向かう。


 周囲ではすっかり祭りは終わりのムードになっていて、この二日間のことを振り返ったり、散財したことを悔やんでいる者がたくさんいた。


 みんな自分のことや祭りのこと、それと式のことについて話していた。私の姿を気にかけるものは誰もいない。


 道中、街の拡声器から、アナウンスがされた。


『只今をもちまして、魔王様生誕祭・祭りの部を終了といたします。引き続きまして、魔王様生誕の式をドマンナカ公園で行います。休憩時間は設けていませんので、ご来場の方は速やかにお越しください』


 祭りが終わったので間を空けずに式を開催する。という内容だった。


 先ほどから街道に人気がなかったのは、休憩時間が設けられないことを知っていた住民が、前もって式の会場へと向かっていたからだった。


 今私の周囲にいるのは、式に行く予定を立てていない者だけ。数はかなり少ないので、今頃式の会場には大量の住民が押し寄せている頃だろう私は急ぎ足で向かった。


(見えてきた……。けど……)


 少しして、ドマンナカ公園の入り口までやって来た。会場はすでに住民であふれかえっていて、その人混みは入り口にまで到達していた。


(多いなぁ……。行けるかな……?)


 私は、計画実行のために、小声で呪文を詠唱する。もっとも、大声を出そうが住民の話し声にかき消されるのだが。


「通常スキル発動|《感知低下》」


 私はスキルを発動して、人混みの中に突っ込んだ。


 スキルの効果は、名前の通り自身の存在感を一時的に低下させるというもの。


 これを使うことで、私という存在を周囲にいる者は認識しづらくなるのだ。いること自体は理解できても、それが何なのかを理解することができない。そういうスキルだった。


 私はスキルの効果を発揮しながら、小柄な体を駆使して人混みの中を掻き分け、すり抜けていく。


 誰かにぶつかったり挟まれたりすると終わりだが、小柄な体故に回避する力には長けていた。


 テロリストがテロを起こしたあのときのように、私は住民の不規則な流れに反しながら、最前列の辺りを目指す。


「あー、あー……。マジックテスト。マジックテスト。テステス……」


 すると、式の舞台のほうから声が響いてきた。もしかしなくてもムクロガミの声だった。


 声量を大きくして遠くにまで音を響かせる音響魔法を使っているようだ。響くような声が耳に届いてくる。


 テストを終えたムクロガミは、


「えー、これより魔王様生誕の式を始めますので、ご来場の皆様は静粛に願います……」


 住民達に向けて声を慎むよう指示を出した。


 住民達は、心でも操られているのかというくらい、すっと話すのをやめて黙った。


 騒がしいざわざわとした会場に、一瞬にして沈黙の空気が漂った。魔王への忠誠心の高さが窺える。


 会場が静かになったことを確認したムクロガミは、


「ではこれより、魔王ラムファ様の六千六百六十四歳の生誕を祝う式を開催いたします。司会及び進行は、私ムクロガミ・クロカードが務めさせていただきます」


 いよいよ挨拶を始めた。魔王生誕の式が始まりを告げた。


 式の流れは開会の宣言→貢献者の表彰→魔王からのメッセージの読み上げ→閉会の宣言となる。


 私が奇襲をかけるのは閉会の宣言の最中なので、とくに焦る心配はない。


 私は、ムクロガミが挨拶を済ませている間に、とくにアクシデントもなく無事に最前列一歩手前の辺りまで来ることができた。


 圧倒的な人口密度で暑苦しいなか、私は二列目で人の波に揉まれながら機会を窺う。最前列ではなく二列目なのは、このローブ姿が目に入らないようにするためだ。


 私は周りの住民に比べると身長が少し小さい。小さいというのは、視界に入らず目立ちにくくなって、一見いいことづくめと思うかもしれない。が、実際にはそんなことはない。


 小さいというのは、逆に目立つこともある。住民が一列に並んでいると、周りの者の身長がある程度均一なために、どうしても私の低身長が浮き彫りになってしまうのだ。


 種族差だとか男女差だとかを考えても、私の身長は大抵の者に劣るだろう。ローブを着た低身長。普通に考えて目立たないわけがない。


 なので私は二列目で待機するのだ。二列目なら前に大きな壁があるので、後ろで隠れて様子を窺える。


 住民という壁があるせいで、隙間からじゃないとムクロガミの姿が見えないが、ある程度の位置さえ補足できれば、あとは話の内容から式の流れが分かるのでとくに問題はない。私はベストな位置で待機する。


「続きまして、貢献者の表彰式を行います。まずは……」


 話を聞いていると、ムクロガミが開会の宣言を終えて、表彰式に移った。


 この国に貢献した者がムクロガミに名前を読み上げられて、前まで出てきて賞状を受け取る。


 受賞者はたくさんいるようで、かなり時間をかけて行われていった。


 通常ならば退屈で耐え難い時間のはずなのだが、住民達は真剣に聞いて、受賞者が表彰される度に懸命に拍手を送っている。


 気怠そうな様子はなく、しっかりとムクロガミの声に耳を傾けていた。


(心から魔王を尊敬しているだけなんだろうけど、私から見れば洗脳にしか見えないな……)


 思わず私は薄気味悪いと思ってしまった。


 これは、私が大衆とは異なる考え方を抱いているからであって、決して住民等が間違っているわけではない。だが、そう思ってしまうのだ。


 これを口に出せば、当然袋叩きにされてしまいそうなので、私は心の中に閉じ込めておく。


「最後に、当国ギルドマスターの……」


 しばらくして、最後の受賞者の表彰が成された。のっそりとした男が、ふらふらと前に出てきてムクロガミから賞状を受け取る。


 到底ギルドマスターとは思えない仕草をしていたが、しっかりと功績は残しているようで、住民からは温かい目で見られていた。


 その男が舞台を降りて、ムクロガミは何かのメッセージが書かれた紙をポケットから取り出す。


「続きまして、魔王ラムファ様からのメッセージを賜っております。こちらのほうを、今からそのまま読み上げますので、どうかご静聴ください」


 魔王からのメッセージだった。


 住民は興奮する気持ちを抑えて、魔王からの有難いお言葉とやらを静かに耳に入れようとする。


 私はこの間に呼吸を整えながら、腰の辺りにある短剣の柄を、ローブの下で見えないように握りしめた。


 ムクロガミが読み上げる。


「──ごきげんよう、プラネッタ国の同胞諸君。《《妾》》は第十代目魔王、ラムファと申す者だ。昨年同様、今年も様々な……」


(妾……)


 妾。一人称の一つで、女がへりくだって自分を言う言葉だ。つまり、このラムファという魔王は女なのだろうか。

 思えば、私は魔王のことをまだ何も知らないな……。種族も性別も姿も何もかも不明なまま。

 復讐をする以上は絶対に接触する機会があるだろうし、あらかじめ調べておく必要が……。


(いや、今は目の前のことに集中しないと……)


 私は余計なことを考えずに、ムクロガミの話す姿を見つめ続ける。


「──さて、今年は、人間が市民権を得てから行われる初めての祭りになる。まずは人間の皆に謝罪させていただきたい。領土獲得という名目でそなたらの住む地を乗っ取り、自身の大義のためにいたずらに兵士や住民の命を奪い、一時は不当に牢に閉じ込めたこと。これは到底許されないことであり、贖いきれないほどの罪だ。妾なんぞが口にするのも烏滸がましい大罪だ。それでも、改めてここで詫びさせていただきたい。誠に申し訳ない……」

「…………」

「しかし、どうか理解してほしい。妾はそなたらを敬重している。もう牢に閉じ込めたり、自由を奪うようなことは決して行わない。自分の意思で選択して、未来を切り開ける。そんな環境を作り上げようと妾は考えている。受け入れられないかもしれないが、精一杯人間がこの世界に馴染めるように努力を尽くすつもりだ。だからどうか信じてほしい……」


 私は何も思わなかった。余計なことを考えないと、たった今決めたばかりだからである。


 計画をやめる気はない。一度決めた以上は、必ず最後まで遂行するつもりだ。


 正しいか間違っているかで物事を推し量らない。それが私の選択であり、私の意思だ。


 私は動揺することなく、構えを解かずに待機する。その後も、ムクロガミは語った。


 住民に向けての話や、元オトナシ国。つまり、現プラネッタ国についての話を、長々と語った。


 しばらくして、メッセージは終わりを迎える。


「──以上が、ラムファ様からのメッセージです」


 その言葉を聞いた瞬間、住民は皆一斉に拍手を送り始めた。耐える気配のない大きな拍手の音が、町中に響き渡るくらいの勢いで鳴る。


 住民の中には涙する者やありがたみをかんじて祈る者すら現れていた。心からの拍手であることは、すぐに分かった。


 拍手は十数秒ほど続いて、やがて式の進行を妨げないように自然と消滅した。場が静まったことを確認して、


「最後に、閉会の宣言を述べさせていただきます」


 ムクロガミはそう言った。


 私は、その瞬間全神経を研ぎ澄まして、ムクロガミを倒すことだけを考える。


 成功や失敗なんて後先のことを考えずに、ムクロガミを倒すという今のことだけを考える。


 最もムクロガミが警戒を解くであろう瞬間を決して見逃さないように、目を大きく見開いて一時的に呼吸を殺す。


「来年も賑やかな場を……」


(今じゃない……。まだここではない……)


 ムクロガミの話している様子を見て、奇襲に最も適しているタイミングを見極める。


 狩るという一点に集中する様は、周りからは野生の獣に見えていてもおかしくはない。


 だが問題ない。住民は魔王を想っているのであって、ムクロガミや私を見ているのではない。盲目的に魔王を崇拝してる彼等に、私の姿など見えていないだろう。


 だから堂々としていればいい。獣のごとく牙を向いていれば、獲物は勝手に背を向けてくれる。


 有象無象は、ただただ怯え突っ立っているか逃げるかしかできない。それを最大限利用してやればいい。


 私は、集中状態を保ちながら、ムクロガミのことだけを考えた。


 すると、ムクロガミは最後にこう述べた。


「これにて、魔王様の六千六百六十四歳の生誕を祝う式を終了とさせていただきます。本日はお集まりくださり、誠にありがとうございました」

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