24話「計画実行当日」
──翌日。魔王生誕祭当日。朝八時のこと。
私は、いつも通りにベッドの上で目を覚ました。体を起こして伸びをして、ベッドから降りようとする。
「あれ、もう準備できてるんだ……? 早いね……?」
勉強机のもとには、すでに制服を着て準備万端なユラネの姿があった。
いつもは私が起こしてから二人で準備を始めるので、いつもとは違う光景に私は思わず呟いた。
「うん……。緊張でソワソワしちゃって……。早朝からずっとこうしてたんだ……」
「べつに、ユラネが気にすることないのに……」
私はベッドから降りながら、朝の準備を始めるために洗面所へと向かった。
歯磨きをしたり、顔を洗って目を覚ましたり、モーニングルーティンを着々と済ませていく。
それらを終わらせると、髪を結ったり制服に着替えたりして、ようやく準備が整った。
朝食を食べに行くので、ユラネに声をかける。
「おまたせ。ご飯食べに行こっか」
「うん……」
「?」
少し元気がなさそうにも思えた。気のせいだろうか。とにもかくにも、私達は靴を履いて、食堂へと向かった。
昨日もそうだったが、廊下にも食堂にも、どこにも生徒の姿は見当たらなかった。
朝食を街の屋台で済ませようとしているのと、そのままお祭りを楽しめるのと。そういった理由が重なったことにより、学校の中はからっきしの状態になっていた。
私達は、各々好きなものを注文して、がらんとした席に座った。
今回私が注文したのはチキンカツ定食だ。
白米と味噌汁とサラダとチキンカツ。それとサバの味噌煮。バランスの良い構成でできていた。
今回チキンカツを注文したのには理由があった。それは、名前に勝利が入っているからだ。
今回の作戦の成功を祈って、チキンカツを食べて英気を養うというわけだ。
ちなみに、トンカツではなくチキンカツなのは、単に私が鶏肉のほうが好きだからである。
「……」「……」
私達は、黙々と食事を始めた。
喧嘩をしたわけでもないのに、ちょっと気まずい雰囲気が流れていた。
食堂が静かすぎるというのもあるが、それを踏まえても何だか気まずかった。
私が、チキンカツのザクザクとした衣を堪能していると、
「ねえ、ナキネちゃん……」
突然ユラネが口を開いた。
どこか儚げな表情で、何かを憂いている様子だった。私が視線で応じると、ユラネが話し始める。
「申し訳のないことを言うんだけど……。実は私、ナキネちゃんの復讐は失敗に終わると思ってる……」
吐露だった。正直に、思っていたことを私に打ち明けてくる。
「……」
私は何も言わずに受け止めた。否定する道理がないからだ。ユラネは、私の反応を見て話を続ける。
「ただ、止める気はないんだ……。それがナキネちゃんのやりたいことなら、私は応援するよ……」
「……」
「でも、必ず帰ってきてほしい……! 成功しても失敗しても何でもいいから、無事に帰ってきてほしい……。それだけは、絶対に約束してほしいの……。お願い……」
それがユラネの真意だった。
私のやることに口を出すつもりはないが、必ず帰ってきてほしいという意思表示。
私は、ユラネの言葉をしかと受け止めて、答える。
「分かった……。ユラネの前からいなくなったりなんてしない。それだけは約束するよ……。でも……」
「で、でも……?」
「復讐は成功させるから……。ムクロガミは殺すし、無事にユラネの下まで帰ってくる。どっちも成し遂げるよ。だから、ユラネはただ待っているだけでいい」
ユラネはそれを聞いて、
「分かった……。信じてるね……!」
微笑んでそう言った。
「うん、任せて……!」
それから、私達は談笑を交えつつ朝食を済ませた。
私の好物がカルボナーラだと知っていたユラネが、作戦成功のためとわざわざ私のために一口くれたり。
チキンカツを注文した理由を話して、「必ず成功させるって豪語したわりには、意外と根拠のないことで自分を鼓舞しようとしてるんだね」と、ユラネから痛いところを突かれたり。
これから、一つの国を混乱状態に陥らせる復讐計画を実行しようとしているのに、まったく緊張感のない会話をして、私達は心を弾ませた。
食後。私は、計画の実行に必要な荷物を鞄に詰めて、それを持ったまますぐに寮の部屋を出た。
しばらく歩いて、学園の門をくぐって街に出る。この時点で時刻は九時半。
式が始まるまでは残り二時間半あったので、私達はその辺を歩きながら時間を潰すことにした。
ユラネが呟く。
「うどんはあるかな? 昨日は見つからなかったけど」
「まだ言ってる……。ま、まああるんじゃない? 町中の屋台を巡れば可能性はある。時間的に無理かもだけど……」
私がそう返すと、
「じゃあ聞いて回るね。ついてきて」
そんなことを言い始めた。
「う、嘘でしょユラネ……? どこで行動力発揮してるの……?」
普段は臆病で引っ込み思案なのに、ここにきて急にコミュニケーションを積極的に取ろうとしている。
原動力がうどんであることに私は驚きを隠せなかった。私が返すとユラネは、
「そ、それくらいうどんが好きなの……! この魔王様生誕祭でうどんを食べられなければ、私は不機嫌になって理不尽に喚き散らすつもりだもん……!」
「は、はあ……」
よく分からない答えを寄越してきた。
何だこいつ、狂ってやがる……。饂飩信者め……。
「すみません。この近くにうどんが売ってあるお店はありませんか?」
「え、本当に聞いてる……?!」
ユラネは、所構わず通行人に声をかけまくり始めた。
ああ、これはもう止められないな。私はそう確信して、うどんに狂うユラネにただひたすらついていった。
男に聞いて女に聞いて。鬼に聞いて魔族に聞いて。ゴブリンに聞いてオークに聞いて。聞いて聞いて聞きまくって、ようやくうどん屋が見つかった。
隠れ家のような、私が計画に使用する路地並みに見つけるのが困難な場所にそれはあった。
ユラネは、キャラ崩壊でも起こすように唾液を口からダラダラと垂らして、目をキラキラさせながら我を忘れて屋台へと突っ込む。
明らかに興奮状態になっていた。
「うどんっ……! くださいっ……!」
「お、おう……。まいどありぃ……」
屋台の店主をも物怖じさせるほどの勢いだった。
一瞬私は他人のふりでもしようか迷ったが、ユラネを牽制できるのは私しかいなかったので、私はユラネの保護者兼仲介役として割って入った。
人は好きなものにここまで狂えてしまうのかと、私はユラネの知らない一面を見て思った。
「わあ……!」
ユラネはうどんを受け取った瞬間、先ほどまでの興奮状態が嘘のように落ち着き始めた。
手の付けられない異常者から、途端に世間知らずのお姫様のような雰囲気に成り変わって、その場でうどんを啜って食べる。
周囲にいた住民がユラネの変わり様に驚くなかで、ユラネは言った。
「美味しい……!」
「よ、良かったね……」
とりあえず、元に戻ったようで良かった……。
もし計画実行までにうどんが食べられなければ、ユラネが不機嫌になって計画に支障が出てしまう恐れがあったので、何とか事なきを得られた。
うどんごときで。と思うかもしれないが、ユラネが持つ独特の感性のことを考えると、決して油断はできない。とにかく大事に至らなくて良かった。
(これから大事を起こす人間が、何でうどんを巡って冷や冷やさせられているのだろう……)
私は思うが、口には出さなかった。
ユラネがうどんを食べ続けている間に、私は近くにある時計台を見て時刻を確認する。
現在の時刻は十一時半。式が始まるまでは残り三十分を切っていた。
(そろそろ行かないとな……)
私は気持ちを切り替えることにした。
深呼吸をしながら、雑念を取り払って意識を計画へと集中させる。
このときをもって、私は一人の女子高校生から、国家を揺るがす暗殺者へと変わった。誰も気が付かない、心の中だけの変化。
私は肩にかけている鞄の紐を強く握って、気を張り詰めた。
うどんを食べ終えたユラネが、ゴミ箱に容器と割り箸を捨てて、私に声をかける。
「おまたせ。行こっか」
気負いの一切感じられない、いつも通りのユラネの姿だった。人相のいい顔で私に微笑みかけてくる。
私は表情を変化させずに返した。
「うん、行こう」
計画実行のために、路地裏を目指して歩いた。




