23話「魔王生誕・前日祭」
学園から歩いて二十分。
何度も道を曲がった先に、気が付かずに通り過ぎてしまいそうな小さな路地があった。人同士がすれ違うにはあまりに心許ない。
私達は一列になって、転ばないように足元に注意しながら歩く。
ユラネが呟く。
「ここがゴール地点?」
「うん。候補自体は他にもあるけど、基本的にはここまで逃げてきて、ローブを脱いで学園まで戻る予定。人通りも少ないから、バレないかなって」
魔王生誕祭の式は街の中心部で行われる。
この場所は、街の中心部からはかなり離れていて、学園からも適度に離れている。身を隠すにはもってこいの場所だった。
私は、鞄の中から街の縮図を取り出して、路地裏のあるあたりに丸をつける。ちゃんと逃走ルートとして機能するかどうかの印だった。
逃走ルートに使う可能性のある路地はまだまだたくさんあるので、変に路地ばかり通って疑われないためにも、早めに終わらせたい。
「次はこの近くにある二つの路地を確認する。疲れたらそのときは休憩するから、いつでも言ってね」
「分かった。ナキネちゃんも無理ないようにね」
私達はまた歩き出す。
この調子で、私達はいくつもの逃走ルートを確認していった。幸いにも街の開発などは一切行われておらず、封鎖されている路地もまったくなかった。
街の様子が変わっていないので、計画については、奇襲さえうまくいけば成功させられるだろう。
(まあ、問題はその奇襲なんだけどね……)
この一週間。毎日のようにオトナシ流剣術の練習を行ったし、最低限必要な通常スキルに関してはすでに獲得済みだ。
できることはすべてやったし、やることもすべて頭に入っている。それでも届くかどうかは分からないが、ここまできたらあとは信じるしかない。
臆せず進もう。
しばらく歩いていると、街の中心部へと辿り着いた。中心部、つまり式が行われる場所である。
元々は公園の広場だったところに会場が設置されていて、まるでステージのようになっていた。
会場には、関係者と思われる者達が明日行われる式の準備を進めている。そこにムクロガミの姿は見られなかったが、近くにはいるだろう。
ユラネが呟く。
「ここが会場……。この五年の間に設立されたのかな? すごく大きい……」
私は返す。
「だね……。すべての国民は魔王を心の拠り所としているから、大勢の人を集められるようにあえて大きめに作ったのかもね。普段使いすることも考えると、コスパは良さそう……」
「誰が使うのかな……?」
私は、会場を軽く見て、その周りの様子などを確認する。
ある程度地形の把握が済むと、その場を離れるようにユラネに指示を出す。
「よし、行こう」
「あれ、もう行くの?」
「うん、長居は無用だよ。準備ならもう整っているし、今日ここへ来たのはルートの確認だけだから」
「分かった」
私達は、会場から最も近い場所にある最後の逃走ルートの確認へと向かった。
公園を出てから十秒もしないうちにある路地の前まで行く。
人一人ですら通るには少し狭い、肥満体型であれば確実に通れないであろう小さな路地だった。
広い路地もあるにはあるのだが、大抵そこは人通りが多いので、私はあえて狭い路地ばかりを選択した。
私が先頭を行き、ユラネが私の後ろにつく。
「ここが最後だっけ?」
「うん。ここを通り抜けられたら確認は終わり。あとはユラネの行きたい場所に行こう。どこか行きたいところはある?」
「うーん……。そうだね……」
ユラネが後ろで考えている間に、私は路地の曲がり角にたどり着く。ここを一度曲がれば、路地を抜けて再び大通りへと出られる。
私は曲がろうとした。
そのときだった。
「……!」
「おっと……」
曲がり角の向こうから、私達と同じように人が歩いてきた。お互いぶつかりそうになって、少し身を引く。
道は一方通行ではないが、人と人がすれ違えないほど道が狭いので、私は顔を上げて道を譲る旨を伝えようとする。
「あ、ごめんなさい……。私達が戻りますから、どうぞお通りくだっ……」
相手の顔を直視した瞬間、言葉が詰まって最後まで喋れなかった。
目の前にいたのは、タキシード服に身を纏った、二本のツノが生えた黒髪の長身男。ムクロガミ・クロカードその人だった。
暗殺対象の人物を前に、私は気圧されてしまった。私が何もできずにいると、ムクロガミが話しかけてくる。
「すまない。まさかこんな狭い路地で対面してしまうとはね」
「い、いえ……」
「レディーファースト……。いや、市民ファーストかな。未来を担う子供に道を譲らせる気はないよ。私が退こう」
「あ、ありがとう……ございます……」
ムクロガミはそう言うと、私達に背を向けて向こう側へと歩き始めた。
私は殺気を気取られないように、平静を装いながら大人しく後ろを着いていく。ユラネも萎縮こそしていたが、怪しまれないように頑張っていた。
道中、ムクロガミが呟く。
「ところで、魔王様生誕祭は楽しめているかい? 君達人間はまだまだ不安なことも多いだろうから、少しでも心を晴れやかにできるように尽力してはみたのだが……。正直に申し上げると不安でね……」
私は返す。
「ち、ちゃんと楽しめていますよ……! まだ完全に誤解は解けていないとは思いますけど、少しずつ学園にも溶け込めているので、不安も今はあんまりありません……」
ユラネも返す。
「です……! 私も彼女に同意です……!」
ムクロガミはそれを聞いて、
「そうか……なら良かった。では、引き続き楽しんでいってくれ。ただし、支給されたお金を使いすぎないようにね」
国の代表らしいことを述べ始めた。
信用を勝ち取るためなのか、単に心からそう述べているだけなのか。
彼の口ぶりからは意図が読めず、私は警戒心を解くことができなかった。
「あはは……。気を付けます……」
少し歩いて、ようやく路地を抜けた。
道は長くないはずなのに、突然の出来事に緊張しすぎて、果てしなく長い時間を過ごしたように思えた。
ムクロガミは振り向いて、薄く微笑みながら言う。
「それでは失礼するよ」
私達も返す。
「は、はい……。道を譲ってくださり、ありがとうございました……」
「ありがとうございました……!」
ムクロガミは最後に、
「ああそうそう。名乗っていなかったが、私はムクロガミと申す者だ。この国の代表で、明日の魔王生誕祭当日でも進行を務める予定だ。心境的にも複雑かもしれないが、良かったら見に来てくれると嬉しい。では……」
そう言い残して再び路地へと歩き始める。すぐに姿は、見えなくなった。
私は緊張の糸が切れて、肩の力を抜きながら大きく息を吐いた。
「はあ……疲れた……」
想定外のアクシデントだった。
殺害対象との鉢合わせ。あくまで平静を装ったつもりだが、果たして本当に動揺を隠せていただろうか。
動揺していること自体が未熟者の証だが、今は仕方がない。とにかく、無事に切り抜けられて良かった……。
「な、ななななっ……ナキネちゃんんんんっっ……!」
ユラネに至っては震えが止まらなくなっていた。
私の腕にしがみついて、その震えを共有させてくる。ユラネの震えのせいで、私も同様にガクガクと震える羽目になった。
「あばばばばばっ……! 気持ちは分かるけど、震えがががががっ……!」
「あ、ごめん……」
ユラネが離れる。
だが震えが伝染してしまったのか、私の意思に反して体が少し小刻みに震えるようになった。
二人して震えているので、周りから見たらおかしなことになっていることだろう。
ユラネが喋る。
「それにしても、まさか本人と出くわしちゃうなんて……。怖かったね……」
私は返す。
「ま、まあね……。隙はあったけど、攻撃を仕掛けても倒せる気がまるでしなかった……。それこそ、化け物と対峙するような……」
奴の体格は私よりもはるかに大きかった。
正確には分からないが、私の身長が百四十ニセンチメートルなのに対して、奴は目測でさらに五十センチメートル以上はあった。
ただの感覚の話であって事実ではないのだが、何となく刃も攻撃も通らないのではないか。不意にそんなことを思ってしまった。
「そ、そんな……。それじゃあ、計画は失敗に終わるんじゃ……」
「いや、そんなことはないよ。そう思ったのは、私が生身の状態だから。レジェンドスキルを駆使すれば、倒せるようになるとは思う……」
「そっか……。でも、いいのかな……?」
「ん、何が?」
「あの人、私達のことを心配してくれていたし、人間のこともちゃんと考えてくれてるって感じで……。殺したせいで、逆に人間に不利益が障じないかな……? あ、いや……ナキネちゃんを否定しているわけじゃないんだけど……」
「ああ、大丈夫。ちゃんと分かってるよ。でも……」
「で、でも……?」
私は言う。
「私は理屈で動いているわけじゃない。利益のみを追求するのであれば、そもそも復讐をすること自体が間違いだよ。それに、市民の崇拝対象は魔王だし、奴が死んだだけで人間が直接不利益を被ることになるとは思えない。だから、心配することはないよ」
ユラネは、
「……分かった。じゃあ、私は信じて待つことにするよ。頑張ってね」
理解を示してくれた。
「うん……。それじゃあ、今度はユラネの行きたいところに行こう。どこに行きたい?」
私が訊ねると、
「じゃあ、うどん屋さん!」
ユラネは笑顔で答えた。
「あ、あるかな……」
私とユラネは、屋台を巡って歩き始めた。
その後私達は、魔王生誕祭の前日祭を大いに楽しんだ。




