2話「レジェンドスキル」
牢獄に入ってから、生活が何もかも変わった。
元々王城で何不自由ない生活を送っていたせいでもあるが、牢獄内ではプライバシーがあまり守られていないのもあって、本当に窮屈で仕方がなかった。
監獄内は男子棟と女子棟で分けられていて、その中で二人一組で狭い部屋の中に閉じ込められる。
腰を下ろす度にキーキー鳴るベッドに、完全には仕切られていない洋式のトイレなどが部屋には置かれていて、自由時間はそこで待機させられる。
壁や床は古臭くて錆さびていて、衛生面にも配慮されている様子はない。
これからここで過ごさなければならないかと考えただけで、私は気を失いそうになってしまった。
しかも、生かされているだけでもありがたいと言わんがばかりに、魔物の看守は平気で暴言を吐いてくるし、少しでも不満を感じると暴力まで振るってくる。
それに少しでも反抗的な態度を取れば、別室に連れて行かれて、そのまま二度と帰ってこれなくなる。なので受け入れるしかなかった。
一日のルーティーンは決まっていて、朝から夕まで毎日肉体労働を強いられる。
ご飯は一日二食。昼と夜のみ用意されていて、口に入れるだけで吐き出したくなる不味い飯を食べることになっている。
お風呂に入る自由は当然ないし、ましてや私語すら許されていない。
魔物の監視下の中で心身を酷使させられるので、実質的に扱いが奴隷と変わりなかった。
一応、魔王様とやらは保護しているつもりらしい。虐待を保護と呼ぶのは正しいとは思えないが、それを口に出せば殺される。
私は、そんな生活を毎日のように送っていた。
捕まる前は純粋な心を持っていたが、過ごしているうちに心境に変化が訪れるというもので、今ではすっかり荒んでしまった。この口調はその最たるものである。
まともに体も洗えないので体臭はすごいし、髪はベッタベタ。元々はさらさらの銀髪だったはずなのだが、もはや見る影もない。
さらに、つぶらな瞳は鋭い目つきへと変貌を遂げてしまった。目の中にハイライトはなく、不気味な赤い目がただただ露出している。
顔が自然とこわばるようになってしまったからか、いつも誰かを睨むような顔つきに変わってしまって、そのせいで時々看守に理不尽に殴られる。何だその反抗的な態度はって。
普通に考えて、この人権もクソもない生活を送らされて純粋さを保てるほうがおかしいと言うものだ。
もちろんそれは私だけではない。ここで過ごす人間達全員がそうだ。
年代にばらつきこそあるが、皆が子供で、捕まる前は幸せな生活を送っていた。
だが、捕まってからこんな生活をしているうちに、例外なくその清き心を腐らせていった。まさにバッドエンドである。
おかげで、自由時間であってもピリついた空気がいつも漂っている。
一言でも言葉を発したら、鋭い目が一斉にこちらを向いてくるだろう。それくらいに空気は最悪だった。
──だからこそ、復讐心が絶えることもなかった。それから、五年後のことだった。
「…………」
今年で十六になる私は今日も、部屋の壁に背を預けて、俯きながら憎しみを抱いていた。
なぜこうしているのか。それはそうする理由が明確に存在しているからである。
突然だが、この世界にはスキルという概念がある。鍛錬を重ねたり、教えを受けることで習得できるものだ。
種類によって様々だが、炎の球を放ったり、誰かを回復させたり、用途によってありとあらゆることが可能になる。
スキルには位があって、下から通常スキル、レアスキル、レジェンドスキルがある。位が高いほど習得も扱いも難しくなっていので、厳しい修行が必要になる。
それで、なぜこの話をしたかというと、私はここでこうして憎しみを抱き続けることで、スキルを獲得することができてしまったからだ。
捕まってから一年後、私は毎日のように殺意を抑えていた。今すぐにでもあふれ出してしまいそうな湧き上がる怒りを、ギリギリで保ち続けていた。
すると、ある日突拍子もなく自身の脳内にこんな声が流れた。
【通常スキル『荒れ狂い』を獲得しました】
(は……? 何今の……。まさか……)
人生初めてのスキルを、一年以上執念を燃やし続けたことによって入手できてしまったのだ。
効果を確認するとバレてしまうので内容を確認するまではできなかった。
しかし、この力があれば奴等に一矢報いることができるのではないかと少しは希望を見出すことができた。
それから二年後。捕まってから三年が経ったある日、今度は脳内にこんな声が流れた。
【通常スキル『荒れ狂い』 が進化し、新たにレアスキル『闇堕ち』を獲得しました】
スキルの進化だった。
レアスキルと名がつくくらいなので、当然通常スキルに比べて入手難易度は格段に上がる。
だが、こうして執念を燃やし続けるだけで、いとも容易く獲得することができた。
少し難しい部分があるとすれば、それは、そもそも生き物は殺意を長時間持続させるほど器用ではないということにあるだろう。
どれだけ怒りを抱いたとしても、数時間が経てば自然と時間が心を落ち着かせてくれる。感情とは、そういうものだ。
誰かを恨んでいたとしても、寝て起きた瞬間や、何かに没頭しているときは一瞬だけ怒りを忘れてしまう。
一瞬でも怒りを忘れてしまえば、このスキルを獲得することは不可能なのだ。
では、なぜ私がこうして怒りを絶やさず生きていられたのか。
それは、私の人生そのものが、ここにいる人間とはまったく異なるからである。
言われようのない批判を一方的に受け続けて、それでも強くあろうと生きて、最終的に両親を殺されて家族共々バラバラになってこの様である。
王族から奴隷囚人。ここまで天地がひっくり返ることはそうないだろう。抱いた絶望もその辺の有象無象とは格が違うのだ。
何一つとして報われない人生を歩んできて、それでいて毎日過酷な労働を強いられ差別される。
執念を燃やし続けられる理由としては十分すぎた。だから私は怒りを抱き続けられた。本当は抱きたくもないが。
そうしてさらに二年。今すぐに何かにぶつけたくなるようなこの尋常でないほど激しい怒りを、私はひたすら内に秘め続けて今に至るというわけだ。
私は、少しも衰えなかった怒りを閉じ込めながら、虚空を眺める。
最近は怒りが蓄積されすぎて目がガンギマリ状態だし、過呼吸が止まらない。
下手すれば、スキルを進化させる前に死を遂げてしまうかもしれない。
だが、それでも私は怒りを絶やすことはしなかった。死んだほうがマシだという生活を、これまで五年もここで送らされているからだ。今さら死など怖くない。
私は、限界がきていて震えの止まらない体を保ちながら、ひたすら殺意を持続させた。
そのときだった。
【レアスキル『闇堕ち』が進化し、新たにレジェンドスキル『暴走信者』を獲得しました】
そんな声が自身の脳内に流れた。
ついにレジェンドスキルを獲得することができた。五年間殺意を持続することによって、ようやく入手条件が満たされたのだ。
人生の三分の一ほどを殺意が占めている事実に驚愕するが、とにかく私は切り札を手にすることに成功した。
私は五年ぶりに笑みを浮かべた。一応、精神状態がおかしくなって笑いが止まらなくなった時期もあったが、それは含まれないだろう。
私は安堵し、体の力を抜いた。
その瞬間だった。私は意識が朦朧とするのを感じた。
(あ……れ……?)
どうやら心身共にとうに限界を超えていたらしい。スキルを獲得するという目的が、今まで私の意識をギリギリで保たせていたのだ。
スキルを獲得してしまった今、私の心をつなぎ止める何かはもうない。
私は、牢獄の中でぶっ倒れた。意識を暗闇に転じさせたまま、しばらく戻ることはなかった。