1話「私はすべてを失った」
泣き寝入りという言葉をご存知だろうか。
濡れ衣を着せられたり、一方的に被害を受けたりと、理不尽な目に遭ったにも関わらず、不満を抱えたまま諦めてしまうことを言う。
誰しも一度は経験したと思う。あの全身を掻きむしりたくなるような怒りと苦しみは、そう簡単に拭えるものではない。
なぜこんなことを突然言い出したのか。
それは、かくいう私も泣き寝入りをする事態に陥ってしまったからである。
私はとある裕福な家庭で生まれた。国王の父をもつとっても裕福な家庭。王家、オトナシ家の第三王女である。
オトナシ・ナキネという名前を与えられて、愛情を持って厳しく育てられた。
安全の面から、城内で家庭教師からたっぷりと教育を受けさせられたり、マナーを叩き込まれたりと、将来的に国の最前線で活躍する立場として、徹底的に英才教育がなされた。
忙しいし、自由などあってないようなものだが、民を率いる者としての覚悟を持っていたので、どんな厳しい教育にも耐え抜いてきた。
ただ一つ問題があったとすれば、それは民からの反感を買っていたことだろうか。
昔からこの国をオトナシ家が統治していたことから、独裁的だと批判されていた。
才能のあるエリートがこの国をまとめ上げるべきであって、ただ王家の子として生まれただけの人間がこの国の王になるのは相応しくないと文句を言われたり。
自分達だけのためにお金を注ぎ込んで、国民のことを何一つ考えていない。無能王家はとっとと失墜するべきだと、言われようのないことで中傷を受けたり。
あまり世間からの評判はよろしくなかった。
幼少期の私は、それはもう純粋なお姫様だったので、そのことについて泣きながら父に直訴じきそした。
「お父様……! もう我慢なりません! 何にも悪いことなんてしてないのに、お父様があれをやっただとか、これをやっているだとか……。とにかくひどすぎます……! 何とかするべきです!」
そんな私に父はこう言った。
「そうだな。さすがに最近の民の行動は目に余るところがある」
「だったら……!」
「だがな、だからこそ我慢するしかないんだ。俺達は誇り高き王家だ。王としての自覚を持ち、実力で示す必要がある」
「……」
「ナキネ、お前はただ感情に流されるだけの無責任な人間になるなよ。お前には民を率いる才能があるのだ。頑張れ」
「は、はい……。お父様……」
ああ、敵わないなと子供ながらに思った。
権力に溺れることなく、王としての自覚を持って自身を中傷する民までも率いようとするその寛容さに、私は感服した。
この人みたいな大人になろうと私は決めた。お父様のような偉大な王になろうと志した。
その日を境に、私は王女としての自覚を持つようになった。ただ民を率いるだけでなく、どんと構えていられるだけの器がなければならない。
四人のきょうだいと共に、私は切磋琢磨して己を鍛え続けた。先を見据えて、努力し続けた。
この先、どんな困難が待ち受けていようと、私がこの家族を、そして国を守ってやる。そう高い志を胸に、私は頑張った。
そんな厳しくも幸せな生活は、そのうち呆気なく終わることになる。
私が十一歳の誕生日を迎える直前のことだった。
「へ、陛下……! お逃げください!」
「俺が逃げてなるものか! お前達こそ今すぐ逃げろ! 俺が時間を稼いでいる間に、家族を連れて国を出ていけ!」
ある日突然、魔王軍がこの国に攻めてきた。
元々人類と魔王軍は敵対していたのたが、ついに魔王軍の連中がこの国を襲撃し始めたのだ。
人類側の中で最も発展した覇権国。それがこの国だった。魔物に対抗できるだけの軍事力もあるはずだった。
しかし現実というものは残酷で、魔王軍に成す術なく、この国はあっという間に乗っ取られてしまった。
住民は半数以上が皆殺しにされ、国王である父と母は私達の目の前で首を刎ねられ晒された。
「あ……ああっ……!」
次は、私達の番。
きょうだいも私も絶望で震えていて、大好きな両親を殺した魔物に対して、ただ怯えることしかできなかった。
もうすべて終わった。何もかも終わった。このまま私達は両親と一緒に殺されてしまう。そう考えるしかなかった。
だが……
「さて、王の首は討ち取ったが、こいつらはどうする? ついでに殺しとくか?」
「あー……いや、いいんじゃね? 王は殺したし、もう国も乗っ取ったようなもんだろ。処理も面倒になるし放っておこうぜ」
「そうするか。血筋とかべつにどうでもいいしな」
幸いにも私達は、魔王軍の気まぐれによって生かされた。
魔王軍の目的はあくまで世界の支配。人間を根絶やしにしようとまでは考えていなかったらしく、無抵抗の人間は牢獄にぶち込む予定だったようだ。
私達は生き別れることにはなったが、それぞれ別の牢獄に入って、魔物に管理されながら生きることになった。まさに泣き寝入りである。
第二の人生は、牢獄の中で幕を開くこととなる。