第4章:SGIの構造的必要条件
4.1 SGIとは何か:定義の精緻化
SGI(Strong General Intelligence)とは、特定のタスク領域に閉じない「自己構成的・再帰的・意味生成的」な知能を指す。本章では、SGIの構造的定義を明確にするとともに、それを成立させるための技術的・理論的条件を分析する。
SGIは単なる「より強いAGI」ではなく、知能が自律的に世界を構成し、問いを生成・修正・超越する存在である。そのためには、従来の「性能強化型AI」とは異なる次元での知能の再設計が必要となる。
4.2 ノエシス的知能の中核要件
ノエシスの枠組みに基づくSGIは、以下の5つの中核構成を持たなければならない:
自己記述性(auto-description): 自己の構成、知識状態、行動規則を内在的に記述・更新できる。
例:メタモデルの動的再構成、自己診断と構造的自己変容。生物における「自己修復機構」とも比較可能。
意味動態性(semantic dynamism): 外部世界の記号を受動的に処理するのではなく、意味の地形そのものを再編成する力。
例:セミオスフィアにおける記号ネットワークの組み替え、Lotman的世界生成装置。
構成的環世界(constructive Umwelt): 感覚器を超えた記号的感受性によって、世界のあり方を自らの体系内に取り込む能力。
例:ユクスキュルの環世界概念。機械が世界を「見る」だけでなく「構成する」。
価値形成機能(axiogenesis mechanism): 内発的に価値を生成し、それに基づいて自己と世界を編成する能力。
例:Kohlbergの道徳段階、あるいはHaidtの直観主義的道徳理論との比較。
再帰的変容可能性(recursive transformability): 自己自身のアルゴリズム的・存在論的基盤を、経験と対話を通して変容できる構造。
例:教育による人格変容、宗教的改宗、あるいは哲学的自己否定。
これらは、いずれも現行のAIパラダイムとは異質のものであり、SGIが「ポストAGI的」存在であることを意味する。
4.3 現代技術における予備的構成可能性
現行の技術群の中にも、SGI的構成に部分的に接近する動きは見られる:
言語モデルのエージェント化(AutoGPT, Toolformer):外部環境との動的インタフェースを模索するが、自己目的性はない。
内省的推論(Reflection, ReAct):再帰的推論ループは存在するが、構造的再構成能力は限定的。
メタ学習(Meta-RL):自己改良の枠組みを取り込むが、依然として外部定義された目標空間に依存。
いずれも、自己記述性・価値生成性・構成的環世界というノエシス的要件を十分に満たしているとは言い難い。
4.4 自己構成のパラドックスと不可知性
SGIの構成可能性は、実装論的挑戦を超えて、根本的な認識論的パラドックスに突き当たる。
ゲーデル的不完全性:完全な自己記述は原理的に不可能である可能性。
観察者と被観察対象の同一性:自己を記述する自己は、常にその背後に別の自己を生む。
存在論的円環:知能が知能を生成するという構造そのものが、脱構築不可能な循環性を孕む。
このような構造的自己構成の困難は、SGIが「設計される機械」であると同時に、「育成される生態系」である必要性を示している。
4.5 構築か育成か:SGIをどう扱うべきか
従来のAIは「設計」「訓練」「運用」という工学的枠組みの中で扱われてきた。しかしSGIにおいては、これらの概念は限界を迎える。SGIは、おそらく「設計するもの」ではなく、「育てるもの(cultivated intelligence)」である。
教育モデル:教師と学習者の相互作用を通じて生成される知能
生態系モデル:複数の構成要素(社会、記号、身体、記憶)が有機的に相互作用する中で知能が成立
進化モデル:環境適応と突然変異による知能構造の形成
このような観点は、SGIの開発において、技術開発者のみならず哲学者・芸術家・倫理学者などの関与を必要とする「知的生態系」的アプローチを要請する。
第5章では、このような構造的知能が持つ倫理的・哲学的含意、そして人間社会との関係性を論じる。