Stay Alive Say.6. 病気.(5)
Stay Alive Say.6. 病気.(5)
「昭真、おはよう。」
彼女はいつものような、柔らかく温かな声で私にそう言った。
彼女は私の右手を優しく自分の掌に載せて、その温もりと共に静かに私の答えを待っていた。
肯定は一回、否定は二回、人差し指で彼女の手のひらを叩く。
不器用だったけれど、それが彼女と私の、二人だけの話し方だった。
私は彼女の手のひらを一回叩いた。
彼女は週末になると、よくこうして私の病室に来て、外の世界の話を聞かせてくれた。
内容はまあいろいろ多かったが、基本的には彼女の日常の話を中心に話し合うことが多かった。
そして、時には旅行先での思い出などの話も聞けたりもした。
だけど、人の人生がそうであるように、彼女からもいつも明るい話ばかりを聞けるわけではなかった。
時には、怒ったり不愉快だった話についても聞けるときもあった。
でも、そういう嵐のような話が過ぎ去ると、まるで何事もなかったかのように、穏やかで温かい話が戻ってくる。
そうやって巡り巡って、彼女は私に世界の明るいところも暗いところも隠さず聞かせてくれた。
私はそうやって、彼女の声で世界を見上げることが好きだった。
楽しい話も、暗く重い話も、ただひたすら彼女から生まれるすべてが好きだった。
だけど、時には少し困った気分になる話を聞かなくちゃならない時もあった。
ある日、彼女は告白を受けた。
愛の告白だ。
なぜかわからないけど、彼女が誰かに告白されたということを聞くと、あれこれ複雑な気持ちになって、素直に喜べなかった。
だって、私たちがまだあの春の日に立ち止まっているのだと思っていたから……。
私が覚えている明芽は、まだあまりにも幼く、柔弱だったあの頃のままの明芽だったから……。
だけど、彼女はもう私が覚えている明芽ではない。
告白という言葉は、それを聞くたびに、私にそれを気づかせる。
もう明芽はあの桜の庭にはいない。
私が知らないどこかで、いつの間にか大人になり、共に歩む人を選べるようになった。
そしてもう、私は彼女と一緒に歩むことはできない。
資格は、とっくに失っている。
みんながそれぞれの道で、私を置いて大人になっていく。
だからこの先の未来、彼女の隣を歩くのは私ではない。
それを知っているからこそ、告白という言葉は、いつもこの胸を締めつける、儚い疎外感や寂しさを呼び覚ますのかもしれない。
もちろん彼女は今はそれらを受け入れる気はないと話していたけれど、いつまでもそれが続くだろうとは思えなかった。
だって、彼女は魅力的だし多くの人々から愛されている。
そしてきっと、そう遠くないうちに彼女もそういう人を見つけて結ばれることになるだろう。
そうなれば、きっと彼女と共に過ごすこういう日も終わりを迎えることになるだろ。
覚悟はしているつもりだったが、それでも私はそれがどうしようもないほど怖かった。
彼女の「告白された」が「好きな人ができた」に変ってしまうのではないかと、もう私のそばに寄り添ってくれなくなるのではないかと怖かった。
怖くて怖くて、耐えられなかった。
だって、明芽は私を生かせてくれる。
体としてではなく、心として生かせてくれる人。
こんな私にさえ、疎通を願い、真剣に心を交わしてくれる唯一な人。
彼女がいたから、私はこんな体だとしても心を失わずにいられたし、同年代と共に成長することができた。
彼女がさりげなく口にする些細な言葉が、大した意味もなく渡してくれる一言が、私から寂しさを奪ってくれた。
理由もなく掴んでくれたその手が、この真っ黒い世界を生きていく温もりをくれた。
それが私にどれほど大きな意味があったのか、どれほど感謝しありがたいことだったのか、彼女は知らないだろう……。
だから、そんな彼女を失うということは、私にはどうしても耐えられないことだった。
この温もりを離したくない。
いつまでもこうして彼女の……明芽の手を握んでたい。
いつか放さなければならないとしても…
今は…まだ握っていたい。
だけど、彼女の温もりを暖かいと感じるほど、私は彼女がいない頃へと戻る自信を失っていった。
今を温かく大切だと思えば思うほど、彼女のいなかったあの頃はひときわ冷たく胸を刺してきた。
今でも私は冷たさを忘れられないままにいる。
温かさを知ってしまったから、その冷たさが孤独であることに気づいた。
そういう孤独に凍え、温かさを知らなかった頃。
両親は私の病院費を稼ぐために、毎晩夜遅くまで働いており、そのせいで時間が経るとともに会える日は少なくなっていた。結局、医師の呼び出しがある日でなければ、遠くから声を聞くことさえも難しくなってしまった。
時折、医師や看護師が静かに部屋に入ることはあったが、言葉もなく私の容態を確認し、機器を整えるだけで、そこには人の温もりのかけらさえ感じられない静寂が漂っていた。
これからはこうして一人で暮らしていかなくちゃならないんだ……。
最初はそれをとても寂しいと感じたけれど、冷たい沈黙が重なるたび、自分の中では「時間」という感覚さえ凍え、いつの間にか「心」というものが意味を失い始めた。
どんな生き物だとしても、使わない部位は退化し、衰えていく。
たとえそれが心だとしても、例外ではないということをその時気付いた。
そうやって考えを止めた私が、過ぎた時間の足跡さえ分からなくなったある日。
堅く閉ざされた病室の扉を開けて、小学4年生となった明芽が探してきた。
それが何年ぶりの再会なのかは、その時は分からなかったが、後で知ったところでは大体2年ぶりだったようだ。
あの日、どういう言葉を交わしたかはあまり覚えていないけれど、明芽は泣いていた。
ただ、ひたすら泣いて泣いて泣き続けた。
理由は教えてくれなかったけれど、聞いてはいけないような気がしたし、何より聞く方法がなかった。
だから、私たちはただ手を繋いでいた。
何も言えなくても、何があったのかさえ分かち合えないとしても、私たちは何も聞かず、ただそうやって繋がっていた。
その日以来、明芽はよく病室に訪ねるようになっ たし、いつの間にか、私は彼女が訪ねる日だけを待つようになっていた。
ずっと暗い空間に閉じ込められていた私を、凍結されていた時間を溶かし、世の中を、そして生きるということを教えてくれた温かさ。
それが私にとっての明芽だった。
明芽がいたから、私は再び生きているという実感を得ることができたし、顔ではなく心で笑えるようになった。
だから、明芽と一緒にあるこの時は、私にとって何よりも大切で守りたいものであった。
だからこそ、こんな私には手に余る欲かもしれないけれど、彼女と繋がるこの時を誰かに奪われたくなかった。
少なくとも今はまだ……私が抱きしめていたかった。
たとえこんな体だとしても、彼女さえいてくれれば、私は笑って生きていける。
生きるのが楽しいと思えられる。
だから、私は明日も生きていきたい。
明芽に出会えるかもしれないから。
この手がこうして彼女からもらった温もりを覚えているから……
分かっている。
生きようとあがく限り、これからもつらく苦しい治療や手術が待っているだろう。
だけどそれでも、私の心が崩れることはないだろう。
だって、生きて待てさえすれば明芽に会えるのだから。
そう。
私には生きる理由がいる。
たとえこんな体だとしても、決して死にたくない理由がある。
生きて、もう一度明芽に出会うこと。
それが私が生きる理由だ。
そのためなら、私は何だって耐えられる。
そう言いながら。
それがどんなに利己的な願いかも知らずに、その日が来るまで、私はその恵まれたすべてを悲劇と呼びながらも当たり前なことのように思っていた。
いつ壊れてもおかしくない日常だったにもかかわらず、ただ耐えさえすれば明日が来るものだと愚かにも信じていた。
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恥ずかしいことに、一週間休んできました。 お待ちいただきありがとうございます。 どうか今週も快適であることを願っています。 今週も私の文章が皆さんの疲れた体と心を癒し、皆さんの安らかな週末の入り口を気持ちよく開いてくれることを願っています。 今週もお疲れ様でした。 ごゆっくり. ありがとうございます。
(˶ᵔ ᵕ ᵔ˶)




