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(1)――「キミはもう二度とこの部屋から出られない」

「今からキミを、この部屋に軟禁する!」

 猛暑の気配が残る夕暮れどき。

 大学で夏休み前最後の講義を受け、スーパーで食糧品を買い、ネット通販で買った諸々の受け取りを終え、ようやく一息つけたところで、彼女は高らかに意味不明且つ不穏な宣言をしたのだった。

「今度はどんな映画を観たんだよ、ユカリ」

 僕はスーパーで買った安いカフェラテを飲みながら、それだけ返した。

 所謂「ごっこ遊び」が突発的に始まる程度、僕と彼女の間柄で考えれば、特段珍しいことではない。

 僕と彼女。

 五十嵐(いからし)紫鶴(しづる)とユカリ。

 人間と守護霊。

 十数年前に出会い、それからずっとこの関係は続いている。

 だから僕は、これも地続きの日常だとばかり思ったのだけれど。

「わたしは本気だよ、紫鶴。キミはもう二度とこの部屋から出られない」

 ユカリが真剣な声音でそんなことを言うものだから、僕は思わず居住まいを正した。

「……それで、今回はどういう設定なんだ?」

「違うちがう、遊びじゃないんだってば」

 ぱたぱたと両手を横に振って否定しながら、ユカリはすいっと僕の前まで浮遊してくる。

 重力に縛られない守護霊の動きは、すっかり見慣れたそれだ。

 僕の目には生きている人間と同じように見えているのに、他の人の目には映らないという現実も、ずっと昔に飲み込んだ。

「本気で紫鶴をこの部屋から出さないつもりだよ、わたしは」

「どうして?」

「それは教えない」

 そう言われて、僕は思わず頭を抱えた。

 守護霊が男子大学生を部屋に閉じ込めるに至る理由が、全くわからない。

 果たして僕は、彼女にここまでさせるほど怒らせる真似をしてしまったのだろうか。ざっと記憶を掘り返してみたが、思い当たるような事案はない。

 或いは、積年の恨みだろうか。ユカリとは友好な関係を築けていると思っていたのだけれど、それは僕の独り善がりな思い込みだったのかもしれない。

「別に、怒ってはないよ。そこは勘違いしてほしくないな」

 長いこと一緒に居るからだろうか、ユカリは僕の心を読んだように発言する節がある。本人曰く、守護霊にそんな能力はないとのことだから、単に彼女がそういった感情の機微に敏感なだけなのだろう。

「……うわ」

 今回ばかりはユカリの言葉を信じきれず、僕は部屋の窓を開けようとした。

 しかし、鍵を開けても、窓は開かない。見えないなにかに押さえつけられているかのように、微動だにしない。それは、玄関のドアも同様だった。

 いや、まだ希望を捨ててはいけない。僕の力で開けられなくとも、誰か別の人なら、或いは可能かもしれないじゃないか。

 そう思って友達に連絡しようとスマホを取り出したが、うんともすんとも言わなくなってしまった。バッテリーはまだ残っていたはずなのに、どのボタンを押しても全く反応がない。大学生の一人暮らしに固定電話なんてあるはずもなく、僕は呆気なく外部との連絡手段を絶たれてしまった。

 こうなってしまえば、僕はこのワンルームに閉じ込められてしまったと認めざるを得ない。

「ね? これでわかったでしょ。わたしは本気なんだって」

 思わずしゃがみ込んだ僕に、ユカリは後ろからそんな言葉を投げかけた。

「……マジ寄りのマジ?」

「マジ。大マジ」

 不幸中の幸いは、食糧を買い込んできたばかりだということか。あれだけあれば、しばらくの間は外に出られなくとも、餓死することはない。

「……ん? なあ、もしかして、この間から僕に防災の話をしまくって、今日スーパーで保存がきく食品を大量に買わせたり、あまつさえ、室内ゲームの熱いプレゼンをしてネット通販であれこれ注文させたのって……?」

「そのとおり。全てはこの為だよ」

 恐る恐る尋ねた僕に、誇らしげな笑みを浮かべ、ユカリは答えた。

 計画は数日前から始まっていたということか。どうやら、まんまと術中に嵌っていたらしい。

「どうしてこんなことするんだ?」

 再度投げかけた僕の質問に、ユカリは、

「教えないって言ったでしょ。今はまだ秘密」

と、有無を言わせぬ微笑みで返したのだった。

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