Food
その家の食事は暖かい。プチ飯テロなのでご注意ください。
「ただいま、おばさん。」
「おうおかえり~」
その後まっすぐ帰宅して、僕を暖かい言葉で迎えてくれるのは、この家の主であり、僕の母の年の離れた妹の帆山風花。母が若干26で僕を産んだ時、まだ18であったという彼女は、とある事情から、今17歳になる僕の保護者をやってくれている
「また病院行ってきたんだろ?待ってな、料理作るから。」
そう言って、ひらがなで『ふうか』と書かれたエプロンを付けて台所に行くあの人の背中は小さい。発育は全て姉貴に持っていかれたと酒の席では決まって愚痴る彼女の身長は驚異の139㎝。夜道を歩けば補導され、居酒屋に行けば追い出され、バイクを運転すれば通報される。高校生で友達と遊園地に行ったとき、一人だけ身長で引っかかってジェットコースターに乗れなかったときは本気で涙が出たとアルバム片手に語る背中には哀愁が漂っていた。
リモートワークや株でお金を稼ぐ才能はピカイチで、気のいい人なのだが未だに旦那さんがもらえないのもこの身長のせいだろう。快活で多趣味な彼女は、確かVRも楽しんでいた記憶がある。奇妙な男に告げられたゲームも知っているかもしれない。
「ほれ、親子丼だぞ。」
出来上がった暖かい料理の入った丼を食卓まで持って行く。出汁のうま味が閉じ込められたとろりとした玉子が絡まったごろごろした大きめの鶏肉を、卵からあふれた出汁を染み込ませたご飯と共に、七味を振りかけて頂く。卵の中に混じる大きく切られた噛み応えのあるネギがいい味を出す。丼が六割ほど空になったところで、僕は口を開いた。
「叔母さん、アーマナイト・サバイバースって知ってますか?」
「んぎゅ!?」
ゲームの質問をしただけなのに、水を飲んでいた最中の叔母さんは変な声を挙げた後盛大にむせた。
「お、叔母さん?」
「孔麻、お前………どういう風の吹きまわしだ?医者になるためにそんなものにうかうかしてられねぇって言って、ゲームなんて触ろうともしなかっただろ。」
そう、僕の夢は医者だ。シズのこともあるが…………小さい頃から医療系のドラマとかが好きだった。人の命を助ける仕事に就きたい、たくさんの病気を無くして笑顔にしたい。そんな無垢な願いで、子供の頃からいわゆるガリ勉だった。シズの件があってから色々あって、他の友達とも学校が分かれてしまった僕は、それまではあった友達との遊びの時間も減らして勉強に打ち込み、シズへのお見舞いが休憩時間のようになっていた。
「しかも、電車の電光掲示板とかでCMやってそうなゲームじゃなくて、あの悪名高いアーマナイトと来たもんだ。」
「悪名高い?それはつまり………」
「うんにゃ、お前が想像してるものじゃねぇ。クオリティは文句なしの神ゲーだ。ただ、難易度がな。」
「上級者向け?」
「少なくとも初心者のやるゲームじゃねぇ。ロボゲーだが最初はロボなし。一介の歩兵から始めて常に死の危険を孕んだ任務で金を集め、ロボを手に入れにゃ一番の醍醐味を楽しめねぇ。プレーヤーの約半数がこの下積み時代でリタイアする。」
僕はゲームに詳しくないが、世間一般でそれはクソゲーというんじゃないか?と思ったが、ロボのバリエーション、軍事レベルの最新技術が使われたNPC、獣人などのファンタジー要素を盛り込んだ世界観等、その半数のリタイアを乗り越えた時楽しめるその電脳世界は途轍もなくハイクオリティらしい。
「まぁ体が闘争を求めてるガチ勢御用達のゲームだ。ネットとかゲーム好きの間じゃ有名だが、お前がこの名前に興味を持って聞いてきたのはやっぱ意外だな。マジでどういう風の吹き回しだ?」
「…………いや、ちょっと、久しぶりに友達にあってさ。それで、久しぶりに一緒に遊ぼうって誘われたんだ。」
嘘だ。僕はとっさに嘘をついた。あの頃の友達とはもうかれこれ2年間は言葉すら交わしていない。時折メールで話す程度だ。あんな写真の話をしても、信じられるかすらも怪しい。なにより、お世話になってるこの人に、僕を心配させてこれ以上負担をかけたくなかった。
「ごちそうさまでした。それじゃあ………」
「おう、勉強だな。邪魔しねぇから安心しろよ。っと、せっかくだから、皿洗い終わったら今日はアーマナイトやるか~」
そう言って皿洗いに取り掛かる彼女に、ありがとうとお礼を言って二階の部屋に向かう。そして部屋の戸棚の一つを開けば、そこには頭につけるタイプのフルダイブ型VRゲームデバイスと、一つのカセットケースがあった。それは教材用に買ったVRゲーム『アメリカン・ホスピタル』アメコミヒーローを題材にしたマルチプレイ対応型非対称戦略ゲーム『ワールドヒーローズアクション:アンリミテッド』の付属として配信されたゲームで、様々な症例や本格的な手術の医療シミュレーションができるというポイントから勉強用の教材として使用しているゲームだ。ちなみに本体のほうは叔母さんの部屋にある。
息抜きがてらに時折プレイすることがあったそれは触らずに、ヘッドギア型のゲームデバイスを手に取り、装着する。椅子に座ってフルダイブを開始。ストアの画面を開き、検索してゲームを探す。
『アーマナイト・サバイバース』大型のロボットが鎮座し、その横でパイロットスーツ姿らしきアバターが銃を構えるイメージイラストのそのゲームを選択し、ダウンロードする。
「高難易度………か。」
上等だ。たとえいくら難易度が高かろうと関係ない。僕は彼女に会いに行く。その道がどれだけ厳しくとも。
数十分後………
僕のアバターは固めた決意ごと、チュートリアルといわれて戦場に飛ばされた直後に降ってきた榴弾に吹き飛ばされた。
ワールドヒーローズアクションは5VS1の非対称型ヒーローアクションです。1人のヴィランが町を荒らして崩壊させるか、5人のヒーローがそれを食い止めて相手を倒すのか。ガンガン戦闘することを推奨してるデドバみたいな感じです